はじめによんでください
ヘルスコミュニケーションの倫理学
Ethics of Health
Communication
池田光穂
☆
健康情報とメディアにおける倫理的現象について考える。健康情報は、それが流通するメディア(情報媒体)があって、はじめてコミュニケーションが成立す
る。健康情報に関するコミュニケーションをヘルスコミュニケーションと呼ぶ[■1]。ヘルスコミュニケーションは、[1.目的]人々に健康をもたらすため
に、[2.アウトカム]人々の行動様式や考え方に変化を与えるような、[3.現象]健康と病気と予防に関わる情報の展開のことである、と暫定的にここで定
義しておく。健康情報、メディア、ヘルスコミュニケーションの関係を、このようにまず整理しておきたい。
健康情報には、ただ単に健康になるための有益な直接情報だけではなく、病気に関する情報や、生物医学に関する基本的な知識、そして何らかの予防行動の形成
に影響を与えるような行動の指針などが含まれる。これらの情報・知識・指針をどのように価値づけるのかということがヘルスコミュニケーションの生命倫理学
の課題となる。健康情報はそれらを得ることで人々の病気や予防に関する考え方が変わったり行動が変化したりするために、健康に関する〈啓蒙活動〉としての
側面をもつ。従って、情報に信憑性がなかったり、特定の医療行為や商品の販売目的が隠されたりするという〈意図の隠蔽〉があったりすると、情報の利用者=
〈受信者〉に誤った情報がもたらされるだけでなく、その行動の帰結としての不利益や危害すら起こることが予想される。
ヘルスコミュニケーションに関わる社会的活動では、したがって、様々な倫理と責任が生じる。この多くは情報倫理に関わる。ただし、臨床倫理や医療倫理のよ
うに直接に患者と医療関係者が関わるものとは異なり、情報倫理には趣を異にした規範と責任が求められるであろう。メディアに健康情報が介入してゆく社会現
象は、生命倫理学に新たな課題をもたらす可能性がある。テレビやインターネットでの健康情報流通のように、不特定多数の人に様々な影響を与えるが、その時
には、これまでの生命倫理では扱われなかった情報倫理や研究倫理などの隣接する社会現象での倫理や責任が生じているからである[■2]。本章で私は、メ
ディアが多様化することは、中長期にわたり異質な関係者や事象間のより一層のヘルスコミュニケーション現象を引き起こすだろうということを指摘する。異質
な関係者や諸事象を、本章ではエージェントやアクターと呼ぶこととする。そして生命倫理学がアクターやエージェント間の関係を取り結ぶ新たな「公的対話」
の可能性を生み出すことを最後に指摘する。
| 健康情報とメディアにおける倫理的現象について考える。健康情報は、それが流通するメディア(情報媒体)があって、はじめてコミュニケーションが成立す
る。健康情報に関するコミュニケーションをヘルスコミュニケーションと呼ぶ[■1]。ヘルスコミュニケーションは、[1.目的]人々に健康をもたらすため
に、[2.アウトカム]人々の行動様式や考え方に変化を与えるような、[3.現象]健康と病気と予防に関わる情報の展開のことである、と暫定的にここで定
義しておく。健康情報、メディア、ヘルスコミュニケーションの関係を、このようにまず整理しておきたい。
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| 健康情報には、ただ単に健康になるための有益な直接情報だけではなく、病気に関する情報や、生物医学に関する基本的な知識、そして何らかの予防行動の形成
に影響を与えるような行動の指針などが含まれる。これらの情報・知識・指針をどのように価値づけるのかということがヘルスコミュニケーションの生命倫理学
の課題となる。健康情報はそれらを得ることで人々の病気や予防に関する考え方が変わったり行動が変化したりするために、健康に関する〈啓蒙活動〉としての
側面をもつ。従って、情報に信憑性がなかったり、特定の医療行為や商品の販売目的が隠されたりするという〈意図の隠蔽〉があったりすると、情報の利用者=
〈受信者〉に誤った情報がもたらされるだけでなく、その行動の帰結としての不利益や危害すら起こることが予想される。 |
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| ヘルスコミュニケーションに関わる社会的活動では、したがって、様々な倫理と責任が生じる。この多くは情報倫理に関わる。ただし、臨床倫理や医療倫理のよ
うに直接に患者と医療関係者が関わるものとは異なり、情報倫理には趣を異にした規範と責任が求められるであろう。メディアに健康情報が介入してゆく社会現
象は、生命倫理学に新たな課題をもたらす可能性がある。テレビやインターネットでの健康情報流通のように、不特定多数の人に様々な影響を与えるが、その時
には、これまでの生命倫理では扱われなかった情報倫理や研究倫理などの隣接する社会現象での倫理や責任が生じているからである[■2]。本章で私は、メ
ディアが多様化することは、中長期にわたり異質な関係者や事象間のより一層のヘルスコミュニケーション現象を引き起こすだろうということを指摘する。異質
な関係者や諸事象を、本章ではエージェントやアクターと呼ぶこととする。そして生命倫理学がアクターやエージェント間の関係を取り結ぶ新たな「公的対話」
の可能性を生み出すことを最後に指摘する。 |
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リ
ンク
文
献
- 『医療情報』(シリーズ生命倫理学第16巻)板井孝壱郎・村岡潔編、丸善出版(担当箇 所:第12章「ヘルスコミュニケーションの生命倫理学」Pp.234-256)260pp.、2013年9月30日
引
用文献
- [1]池田光穂、2012「ヘルスコミュニケーションをデザインする」『Communication-Design』6巻、1-16頁
[2]日本医師会第XI次生命倫理懇談会編、2010『「高度情報化社会における生命倫理」についての報告』日本医師会
[3]Shannon, J. and W. Weaver, 1949, The Mathematical Theory of
Communication. University of Illinois Press.
[4]ネグリ, A.とM. ハート、2005『マルチチュード』幾島幸子訳、上・下巻、日本放送出版協会
[5]国立健康・栄養研究所, n.d.,
「『健康食品』の安全性・有効性情報」https://hfnet.nih.go.jp/contents/sp_health.php
(2013年1月28日確認)
[6]Post, S.G., ed. 2004, Encyclopedia of Bioethics, Macmillan
Reference.
[7]ペンス, G.、2000-2001『医療倫理』宮坂道夫・長岡成夫訳、全2巻、みすず書房
[8]ジョンセン, A.R., 2009『生命倫理学の誕生』細見博志訳、勁草書房
[9]池田光穂、2010『看護人類学入門』文化書房博文社、123-124頁
[10]Schiavo, R., 2007, Health Communication: From Theory to Practice.
Jossey-Bass, pp.8-10
[11]日本ヘルスコミュニケーション学会, n.d.,
「ヘルスコミュニケーション学とは?」http://healthcommunication.jp/hc.htm (2013年1月28日確認)
[12]AMRO/PAHO, 1996, Communication, Education and Participation: A
Framework and Guide to Action. WHO (AMRO/PAHO), Washington
[13]中川米造、1996『医学の不確実性』日本評論社
[14]Callon, M., 2001. Actor Network Theory, International Encyclopedia
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Baltes(eds.), Elsevier., p.62
[15]Caplan, A., 1993. What bioethics brought to the public, The Hasting
Center Report vol.23, no.6, S14-15.
[16]Goffman, E., 1959, The Presentation of Self in Everyday life.
Penguin.
[17]Bensing, J., 2000, Bridging the Gap: The separate worlds of
Evidenced-Based Medicine and Patient-Centered Medicine. Patient
Education and Counseling vol. 39, pp.1-9.
[18]日本インターネット医療協議会編、2007「e
ヘルス倫理コード2.0」特定非営利活動法人日本インターネット医療協議会(JIMA)(http:
//www.jima.or.jp/ehealth_code/about.html)(2013年1月28日確認)
[19]Szasz, T. and Hollender, M., 1956, A contribution to the philosophy
of medicine: the basic models of the doctor-patient relationship,
Archives of Internal Medicine vol.97, pp.585-592.
[20]Foster, G.M. and B.G. Anderson, 1978. Medical Anthropology. Wiley.
[21]日本医師会・医療事故調査に関する検討委員会、2011『医療事故調査制度の創設に向けた基本的提言について』日本医師会(http:
//dl.med.or.jp/dl-med/teireikaiken/20110713_2.pdf)
[22]最高裁判所、n.d.,
「医事関係訴訟事件及び地裁民事第一審通常訴訟事件の処理状況(平成7年〜平成16年)」(http:
//www.courts.go.jp/saikosai/iinkai/izikankei/index.html)(2013年1月28日確認)
[23]アンダーソン, B., 2007『定本・想像の共同体』白石隆・白石さや訳、書籍工房早山
[24]Strauss, R., 1957, The nature and status of medical sociology,
American Sociological Review vol. 22, pp.671-96.
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CC
Copyleft,
CC, Mitzub'ixi Quq Chi'j, 1996-2099