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先住民と四分類人類学

World Indigenous Peoples and Quadran/ General Anthropology

解説:池田光穂


 四 分類人類学 Quadrant Anthropology

 1.先史考古学 Archaeology

 2.言語学(言語人類学)Ligustic Anthroplogy

 3.生物人類学 Biological Anthropology

 4.民族学・民俗学・文化人類学 Cultural Anthroplogy

人類学の守備範囲は、その学問がどの国で発達してきたかによって微妙に異なり、民族学、民俗 学、文化研究、比較文明学などさまざまな類義語がある。日本では、人類学というと生物人類学(=形質人類学や自然人類学という旧名がある)と文化人類学の 2つの領域をさすことが一般的である。前者には 日本人類学会、後者には日本文化人類学会という学会がある。言語人類学系の研究者が後者の研究領域に参画することもあるが、考古学は歴史研究に属している ことがおおい[→日本文化人類学小史]。

先住民(研究対象者のひとつ)との関係修復が、21世紀の文化人類学に重要な課題に なったために、文化人類学を四分類人類学(総合人類学)のひとつの分野として、他の隣接三分野との連合をめざすことが重要になってきた。

この人類学は言語・考古・自然・文化の4分野の総称である。グローバル規模の「先住民の回 帰」は、研究対象としての先住民という枠組みに反省を迫っている。言語学は言語復興運動に寄与し、形質人類学は法人類学的鑑定を補助する活動が始まってい る。博物館学では、器物・資料の返還や共同展示が実施されている。だが、それらの試みは分散的であり、先住民との関係を反省のもとで新しい学問としての再 生には未だ遠いのが現状だ。コロニアルからポストコロニアルへの移行期といえる現 在、客体としての観察対象(phase I)から最終的に、研究者と協働する先住民の尊厳(phase III)へと社会と密接に結び付いた学問として、人類学の新たな再生にむけた提言をおこなう必要が、文化人類学者の間で高まっている。

コロニアリズムを背景に成立してきた学問は、21世紀を迎える現在大きく変容している。たと えば、コロニアリズムの正当化とともに成立した国際法は、いまでは脱植民地化の再創造である先住民運動をエンパワーする(e.g. James Araya 1996)。征服、布教活動とともに歩んだ記述言語学は、自らの蓄積を還元するかのように、先住民の言語復興に寄与するようになっている(Summer Institute of Linguisticsの活動、Judy MaxwellやNora Englandらの仕事)。身体計測などをおこなったスティグマを帯びた形質人類学も、内戦の暴力を立証する証人である司法人類学(forensic anthropology)となり、先住民に貢献している (グアテマラではFredrick Snowの仕事)。日本の状況においては、最近、考古学では「先住民考古学」が脚光を浴びている(国際考古学会:京都2016, Mark Hudson)。そのような状況に比べれば、確かに一部の例外(土地権原をめぐる先住民たちの訴訟に証言者として資料を提供)はあるものの、それは個人と しての積極的関与であり、文化人類学として理論化された介入とはいいがたい。(例:佐々木利和(2010)と大塚和義(2011)の論争)。文化人類学 は、先住民の現在には不要な学問なのであろうか?そうでないとすれば、どのような寄与が可能なのであろうか?

人 類学の四分類復権と先住民

住民と人類学との新たな関係を目指すとき、人類学は広く4分野(言語、考古学、自然= 形質、文化)として捉えるべきである。なぜなら、現状ではそれぞれの分野が同一の歴史的制約の下、研究を進めざるをえないからである。たとえば、4分野す べてが、研究対象からの研究許可と了解、研究対象への知識の還元要請(=「私たちにはどのような利益があるのですか?」)、研究そのものへの批判(=「人 類学には植民地主義時代からの反省がないのですか?」「なぜ我々の発話をさえぎって私たちに発言させようとしないのですか?」)に直面しながら、学問を実 践せざるをえない状況にある。これらの制約は、現在でも脱植民地化の影響が継続していることの証である。

移 行期における先住民研究の位相

植民地状況(Leiris 1950)における先住民の位置づけ(Phase I)から独立期の脱植民地初期の開発人類学的状況(Phase II)における開発の「主体」への変貌、さらには、21世紀の脱植民地化の再創造される先住民(Phase III)の時期に直面している。この研究の提唱では、21世紀における脱植民地化の再創造として先住民を捉えたとき、文化人類学を含めた広義の人類学(4 分野)とその周辺(e.g. 博物館学)を相互連携し、ポストコロニアルという移行 期にある現在、人類学という学問が先住民と、どのような関係を結ぶことができるのか、その一つのモデルを提示したい。とくに、日本において文化人類学を実 践するとき、日本の先住民の存在を無視できないわけであり、アイヌ(そして、琉球の民)と文化人類学との新しい関係を模索したい。

国 内外の研究動向を踏まえた実践的な社会還元への模索

1980年代中盤から世界の先住民族間での国際連携は、21世紀になり歴史的変革を促 した。2007年、国連における「先住民族の権利に関する宣言」が、その好例である(窪田・野林 2009;太田 2012)。一方において、先住民族の活動家たちは近代国家の枠を超え連携する中、他方において、先住民運動に関心をもつ研究者は、ローカルな状況への配 慮のためか、国際的ネットワークを築いているとはいいがたい。たとえば、(世界の先住民運動を牽引してきた)ラテンアメリカの研究者は、オセアニア、アジ ア、北欧地域などの先住民族運動研究者との連携を築けていない。それどころかグローバルなレベルで展開する先住民族運動では、文化人類学者・民俗学者と先 住民族活動家が衝突する状況すらもあり、その痛手を被った研究者は象牙の塔から専門的な学術的な場において抽象的で高度な「批判」をおこなうという悲劇す らおこっている。総括すれば、先住民族運動という現象の急激な変化に、研究者が対応できていないといえる(e.g. 太田2010)。先住民族どうしの国際連携についてはどうであろうか?国際先住民の10年(1994-2004)に国際交流NGO/NPOがグアテマラの 平和運動家を招致しアイヌ民族との交流をおこなっているが市民を巻き込む持続的な活動には現在のところ結実していない。そのなかで人類学(4分野)の復権 は急務であり、それぞれの分野が、先住民とどのように取り組もうとしているかの情報とその公開からのフィードバックは急務の課題となっている

先 住民の問いかけに真摯に答えること

20世紀の最後の10年間における文化人類学、カルチュラル・スタディーズの動向は、 ディアスポラという概念が流行したことでも明らかだが、移民をモデルとして展開した。移動、混淆、越境がキーワードであった。反対に、先住民は定住、本 質、伝統などの諸概念と結びついて構想されてきた。移民は近代を、先住民はいまだに近代的存在ではないかのようである。しかし、このような対比は誤りであ る。そればかりか、21世紀において国際法の主体として先住民が歴史へと回帰してきた事実は、いまだにわたしたちに対し先住民への責任を問う。先住民は、 すべての人類学者に「ポストコロニアルになれるのか?」と問う。

リンク

文献

その他の情報

Copyleft, CC, Mitzub'ixi Quq Chi'j, 1997-2099

Franz Boas, 1858-1942