クールーとカニバリズムの謎
Mystery between Kuru disease and Kuru illness: On endocannibalism
パプアニューギニア・ゴロカにて(撮影:奥野克己)
疫学研究は、人間と文化、人間と保健制度、人間の病気や病人に対する心のあり方を、さまざまな形で教えてくれる。
黒死病→国民国家の誕生、商業経済の拡大化、宗教改革などについて、我々に教える。 コレラ→検疫や、疾病の国家や共同体による管理、公衆衛生学の考え方の登場について、我々に教える。 性病→人と人の性行為を通した交わり、ジェンダーやセクシュアリティについて、我々に教える。 ハンセン病→人間にとって生物医学上の疾病理解がいかに困難で、神秘的な理由にしたり排除することを、我々に教えた。 |
だが、ニューギニア高地のフォーレ族のあいだにのみ拡がり、そして終焉したクールーと、牛海綿状脳症BSE(と変異型クロイツフェルト・ヤコブ病[vCJD])は、果たして同じ病気だったのか?
1900 民族誌研究では、北部フォーレで始まり。その後、親族の喰人行為により南部で発生したのではないか(Glasse 1963,1967; Lindenbaum 1979)。
1920 北部からフォーレ地域にクールーが侵入したのではないか(Glasse 1962の仮説)。
1920年後半から1930年初頭 南フォーレに到達(Glasse 1962の仮説)。
1940 国境近くまで拡大した(Glasse 1962の仮説)。
1957 このころまでにクールーの疫学のマッピングが完成した。
1957 ガイダシェック(ガジュセック)とジーガスはフォーレ/フォーレイ(Fore)族とその姻族や子どもたちに発生や、特定の家系に多いことを指摘した(Gajdusek and Zigas 1957)。
1958,1959 ベネットらはクールーが、常染色体遺伝子による遺伝性疾患で、女性が優性で男性は劣性であることを指摘(Bennett et al 1958,1959)。
1959 W.J.ハドローは、クールーとスクレイビーの臨床と病理学の所見が類似していることを指摘した(Hadlow1959)。
1962 GlasseとLindenbaumは、クールーは近年の現象であり、最初のケース(つまり感染症の可能性)がある可能性を示唆した。
1966
ハドローの指摘を受けて、ガイダシェックらは、霊長類の脳内に犠牲者の脳の抽出物を接種し、最大で50か月(4年2か月)に発症することを 指摘した(Gajdusek et al. 1966)。これにより、クールーは共食いによる伝播する、潜伏期間の長いウイルス疾患(スローウィルス感染;SVI)だと指摘。
1967
Alperらは、核酸を破壊する紫外線が羊のスクレイピー感染性を破壊しないことを発見した(Alper et al 1967
)。その指摘を受けて、Griffith(1967)は、スクレイピーの感染力は正常な細胞タンパク質のコンフォメーションの変化に起因する可能性がある
と提唱した。
1968 最初のクールー患者の喰人は、それを食べた人の数年後の発症を説明することができた(Mathews et al 1968; Klitzman et al. 1984)
1971 マシュー(Mathews 1971)は、もし、遺伝性疾患なら、宿主が亡くなることなしに、南フォーレで高い発生率を説明できないと反論。
1979
文化人類学者ウィリアム・アレンズ(William Arens, 1941-2019)が『人喰いの神話 :
人類学とカニバリズム(The man-eating myth : anthropology and
anthropophagy)』を書いて、全世界の人喰いは西洋人による妄想の産物と批判する。しかし、これに北米人類学者たちの反発は強く、4年後の
1983年には、北米心理人類学会からPaula Brown and Donald Tuzin編で『人喰いの民族誌(The ethnography of cannibalism)』や、Eli Saganの『人喰い:人間の攻撃性と文化型( Cannibalism : human aggression and cultural form)』が出版される。前者の書籍は、アレンズの著作の1年後の1980年にワシントンDCでおこなわれたシンポジウムの記録である。
1982
Prusinerは、クールー、BSE、およびvCJDは、人間と動物に特定の変性疾患を引き起こす感染性病原体がタンパク質で構成されて
いる可能性を示唆し、スクレイピー剤の生化学的精製に成功(Prusiner 1982; Science
216;136-144)。そのため、このタンパク質を、ウイルスやウイロイドと区別してプリオンと命名。transmissible
spongiform encephalopathies (TSEs)の原因物質であったが、当時は、異論を唱える学者もいた(→1992)。
1986 BSEの最初の症例が特定。獣医師たちは羊のスクレイピーとの酷似を指摘した。
1992 プリオンは、核酸を修飾する手順による不活化に抵抗する微小タンパク質性感染性粒子として定義された(Collinge&Prusiner 1992:7)
今日では、プリオン病には、プリオン病には、スクレイピー(羊と山羊)、牛海綿状脳症(BSE)、伝達性ミンク脳症(ミンク)、ラバ鹿とエルク の慢性消耗 病(CWD)、およびゲルストマン-シュトラウスラー-シャインカー症候群(GSS)、致命的な家族性不眠症、クロイツフェルト・ヤコブ病(CJD)、お よびヒトのクールー病(Collinge&Prusiner 1992:6–7)がある。プリオンの変性は、遺伝によって引き起こされるが、実験的に感染させることが可能という2つの特徴をもつ(Anderton et al 1992:3)。また、遺伝も感染の事実も特定できない散発性の発症もある(Prusiner 1995:48)。
【病理所見】
病気はゆっくりと脳組織を攻撃し、脳組織に自然に発生する異常な形のプリオンタンパク質(PrP)の蓄積を特徴とする微細なスポン ジ状の穴を残すことがある。マウスでの最近の研究は、感染性プリオンが臨床的兆候がない場合に蓄積することを示しており(Hill et al 2000)、明らかに健康な人間からの医原性感染、および牛と食事への曝露の両方に関して、公衆衛生に重要な影響を与える。BSEの流行の起源に関する最 近の理論では、この病気は従来のスクレイピーに感染した羊ではなく、BSE自体に感染し たままの牛の飼料のリサイクルに由来することが示唆されている。最初の症例は、遺伝子変異の結果として病気を発症した牛に起因している可能性がある。かつ ては原因と考えられていた肉製品のレンダリングプロセスにおける規制の緩和も無視されますが、レンダリングの過程では、感染性病原体を完全に不活化するこ とはできなかったことによる。したがって、BSEの普及に寄与する社会的状況は、工業化された農業に関連する予期せぬ危険、ならびに政府官僚機構の 不備および牛肉産業の監視を担当する政府機関の共謀に起因すると言われている。これを報告した英国政府の調査結果であるフィリップスレポートは、2000 年10月27 日に公開された(Guardian2000)。
Brain tissue of a cow with BSE showing the typical microscopic
"holes" in the grey matter - Bovine spongiform encephalopathy (BSE).(→狂牛病・牛海綿状脳症・BSE)
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【課題】
ここでは、ニューギニアのクールー(Kuru)を取り上げます。以下の口頭説明を聞いた上で、皆さんがお持ちの他の知識を援用しながら、 クー ルー(Kuru)をどのように学生に教えればいいか、そして、そのことを通して、どのような結論を導けばいいかについて考えてください。
【テキスト】
(1)クールーの描写
クールーは震えから始まった。ニューギニア高地の南部フォーレ族の女性は、発作的な震えを感じながらも、最初は掘り棒にすがり、サツマイモ 畑の雑草を取ったり、子どもの世話をしたりといった仕事をすることができた。しかし、数ヶ月のうちに、筋肉運動の協調が悪化し、他人に支えてもらわなくて 歩くことができなくなってしまった。視線が定まらなくなり、発音は不明瞭になった。興奮すると小脳の機能不全の症状は悪化し、簡単な刺激で、分別のない笑 い声を上げるようになった。1年以内には、もう身体を起こしていられなくなり、低い草屋根の家の炉辺に寝かされたままになってしまった。死は避けられな かった[マッケロイ&タウンゼント 1995: 49]。
(2)クールー邪術
フォーレ族の言葉で、震えや恐れを意味するクールーは、疾患名だけでなく、クールーを起こすと信じられている、ある種の邪術も意味する。邪 術を使ったものを見つけ出すために、予言の儀式が行われた。すると、近くの評判の悪い集落に住む嫉妬深い男が邪術師として疑われた。女性が注意深く捨てた はずの古いスカート、髪の毛、食べ残し、糞便などを盗んだとして告発された・・・犠牲者の親類の男性は、告発された邪術師を殺したが、皆がその罪を理解す るように、死体に印をつけるのが習わしであった[マッケロイ&タウンゼント 1995: 49-50]。(魔法、魔術を邪術に言い換えた:奥野)
(3)近代医療による発見
1950年代中期、それまで医学的に知られていなかった新しい疾病--クールー--が、ニューギニア東高地に住む南部フォーレ語を話す人口 約15,000の集団の間で発見された・・(中略)・・クールーの医学的特徴は、中枢神経系の進行性の変性であり、最終的には完全な機能喪失まで進み、し ばしば嚥下困難におちいる。初発症状から、一般には6ヶ月から12ヶ月で、飢餓、肺炎、床ずれなどの合併症で死亡するが、まれには2年ほど生き延びる症例 も見られる[フォスターとアンダーソン 1987: 36-7]。
(4)クールーの特色
1.発症はほとんど女性か子どもに限られていた。その背景に、フォーレでは、男性と女性の生活の明確な分離があった。
2.フォーレ族と親しく交流する近隣のほかの部族や現地に入ったヨーロッパ人には発症者はいなかった。
3.クールーは、家系的に発生していた[波平 1994、フォスターとアンダーソン 1987]。
(5)クールーの医学的解明
クールーの医学的解明は、ウィルス学者のカジュゼックによってなされた。彼は、それが、病原ウィルスが体内で潜伏して増殖し、発病するまで 長い時間がかかる「スローウィルス感染症」であることを突き止めた。それは、ヒト以外では、ヒツジのスクレイピー病、ミンクの脳症、牛海綿状脳症などとし て知られるものであり、それらは、ウィルスに対して、ほとんど抗体を作り出すことがない。彼は、この発見により、1976年にノーベル医学・生理学賞を受 賞した[波平 1994: 78、マッケロイ&タウンゼント 1995:49]。
(6)カニバリズム
クールーによる死亡は、1957~68年の最盛期には、1,100人以上であった。その後、発生率と死亡率はともに低下した。人類学者グ ラーセらは、死んだ血族の死体の脳を食べるという、女性による死者のための儀式が、1910年代に始められたこと、それは、クールーが出現したと伝えられ る時期と一致すること、儀式では、死亡した女性の脳を料理して食べるが、その残りは子どもたち(男女とも)に分け与えられることなどを、調査を通じて明ら かにした。女性のみが死んだ親族の女性の脳を食べることによって、女性の出産能力が確実にされ、集団の存続が保障されると信じて行う儀礼は、死者と生者の 関係、男女の関係について、文化的に発達させた習慣である[波平 1994: 80、マッケロイ&タウンゼント 1995: 50]。
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