はじめに よんでください

精神分析の四基本概念

Le séminaire de Jacques Lacan, livre XI : les quatre concepts fondamentaux de la psychanalyse, 1964

Jacques-Alain Miller is a French psychoanalyst

池田光穂

四基本概念とはフロイトの「無意識」「反復」「転移」「欲動」のことである。

今日普遍的な尊敬を受けているのは宗教である(ジャック・ラカン 1964年6月24日)

◎ジャック・ラカン『精神分析の四基本概念』ジャック=アラン・ミレール編 ——ラ カン『精神分析の四基本概念』解説 / 荒谷大輔 [ほか] 著, せりか書房 , 2018から学ぶ

「「フロイトに還れ」を旗印に、20世紀の思想界に 新たな潮流を生み出したラカン。本書は、30年近く続いたセミネールの要となる1964年の講義録。「無意識、反復、転移、欲動」の四基本概念について、 精緻な議論が繰り広げられる。改訳を経ての初の文庫化。/「無意識は一つのランガージュとして構造化されている」という定式を打ち立て、精神分析の四基本 概念の本質に迫ったセミネールの記録。下巻では、転移と分析家、欲動と疎外、主体と“他者”の関係など、重要な問題が次々に検討される。訳文を全面改訂し ての文庫化。」

1. 破門

A. 無意識と反復

2. フロイトの無意識と我われの無意識

3. 確信の主体について

4. シニフィアンの網目について

5. テュケーとオートマトン

B. 対象αとしての眼差しについて

6. 目と眼差しの分裂

7. アナモルフォーズ

8. 線と光

9. 絵とは何か

C. 転移と欲動

10. 分析家の現前

11. 分析と真理、あるいは無意識の閉鎖

12. シニフィアンの列の中の性

13. 欲動の分解

14. 部分欲動とその回路

15. 愛からリビドーへ

D. 〈他者〉の領野、そして転移への回帰

16. 主体と〈他者〉(1)—疎外

17. 主体と〈他者〉(2)—アファニシス

18. 知っていると想定された主体、最初の二つ 組、そして善について

19. 解釈から転移へ

E. このセミネールを終えるにあたって

20. 君の中に、君以上のものを

荒谷大輔 [ほか] による注釈
邦訳の本文ページ

1964年1月15日のラカンの状況 7

精神分析の基礎、大破門


精神分析は科学か


分析家の欲望
14

精神分析における蒙昧主義
14

精神分析の現在=フロイトの欲望
16

これまでの聴衆と新しい聴衆
21

無意識はランガージュのように構造化されている
23

原因の裂け目
24

禁忌の向こう側、無意識の語り
25

隙間が一を不在として出現させる
28

押し下げと抑圧
29

切断について
29

精神分析と存在論
31

無意識における論理的時間
32

自動機械としての無意識


反復は転移と区別される
34

無 意識は倫理的なものである
34(原著42)
文庫本(上)pp.76-77.
疑いのなかの確信
35

騙される大他者
37

フロイトとデカルトの相違点
43

シニフィアンの網目と現実的なもの
45

フリース宛の書簡52とシニフィアン理論
46

フロイト理論における因果
46

原因の裂け目と再切断
46

近代科学と主人
47

フロイトの自己分析と確信
47

反復の機能
48

行為としてあらわれる反復
50

外傷体験と反復
50

主体の抵抗と行為としての反復
51

現実的なものとテュケー
53
アリストテレスのテュケー
一次過程と夢
55

燃える子どもの夢と出会いぞこねとしての出会い
56

表象代理に関する発言と現実的なもの
58

糸巻き遊びの解釈
59

テュケーとデモクリトスのデン
61

運命としての反復
65

統辞論について
65

主体の分裂——燃える子どもの夢
66

視覚の分裂、目と眼差し
68

姿をあらわさない眼差し
70

眼差しがあらわれる場
72

アラゴン、対立旋律
75

私は私が私を見るのを見ていた
76

メルロ=ポンティの手袋の裏返し
77

眼差しとはなにか
78

サルトルの眼差し論
79

遠近法とアナモルフォーズ
80

ホルバインの「使節たち」
82

視覚とはなにか
85

線としての光から散乱する光へ
86

波間のきらめきの意味
88

メルロ=ポンティの知覚論との交錯
83

擬態と見かけ
91

なぜ絵画は人を魅了するか
94

視角の領野を可能とするもの
97

画家の仕事
98

昇華としての絵画の機能
100

対照的な事例による説明——イコンと近代主教画
103

メルロ=ポンティの絵画論
104

始まりへの退行
105

目の貪欲
105

転移についての一般的な理解
113

セミネール転移とフロイトの大義
116

反復
117

ゴルディアスの結び目、転移のパラドックス
118

転移の欺瞞により提示される真理、対象a
120

知っていると想定されたもの
125

私は嘘をついている
127

大他者の大他者は存在しない
--

デカルトにおけるコギトと我の差異
128

簗(やな)のシェーマと対象a
130

転移は無意識の現実の現勢化である
137

無意識の現実=性的現実
138

リビドーの中性化に対する批判
140

精神分析と解釈学
140

退行における第三者
141

内の8の字のトポロジー、重なり合いのリビド
142

転移における分析家の欲望、アンナ・Oの想像妊娠におけるブロイアーの 欲望
143

転移を語ることにおける分析家たちの欲望、ビリディアナ
145

鏡としてのシャッター、簗(やな)のシェーマ
124

精神分析における基本概念、フィクションとしての欲動
147

欲動の衝迫
149

精神分析における満足
151

欲動の目標
152

欲動の対象
152

欲動の源泉
153

モンタージュ欲動
154

欲動と欲動運命の構成と愛に関する全体性の拒否
159

部分欲動と分析における性的なもののあらわれ
160

性的なものとシニフィアンの網目
161

弓のたとえ、性欲動の終着点としての死
161

欲動の往復運動
162-164

発達論批判と欲動の現れの変化
164

裂け目とひし形
165

見ることの快
165

サドマゾヒズム的欲動と倒錯の構造
166

テクストのシェーマ
171

セミネールの転移における真理
171

部分欲動と愛の区別
172

性器的欲動の位置づけ
173

フロイトの心的生活の3つの双極構造と愛
253

性別化
175

欲動の働きと往復運動
177

se faireによる欲動
178
se faire=自らをなになにさせる
器官としてのリビドー、代理としての対象a
179
対象a:「(1) 〈他者〉の欲望。これは、主体の欲望の原因としての役割を担い、享楽およびその喪失の経験と密接に関係づけられる(たとえば乳房、まなざし、声、糞便、音 素、文字、何でもないようなものなど)。(2) 現実的なものの領域に位置づけられる、象徴化のプロセスの残余。たとえば、論理的な例外やパラドックス、文字や言語のシニフイアン性」
・リビドーは現前(文庫版・下・74ページ)
心的生活の3つの対極構造と主体の現れ
180

欲動のもつ2つの面
181

愛と幻想
181

ラカンの力動論
185

2つの欠如
186

部分欲動は本質的に死の欲動
187

非現実的な器官としてのリビドー
187

切断、縁、裂け目、主体から主体への回帰
189

アファニシス
188

幼児のディスクールは大他者にむけられる
189

ひし形の論理
190

ヴェル
191

分離をめぐるシニフィアン連鎖
193

表象代理は表象にあらず
197

疎外における表象代理の位置、最初のカップリング
199

分離の論理
199

デカルト懐疑
201

デカルト分離
204

分析家の欲望と科学なるもの
209

知っていると想定された主体と転移
210

嫌疑から信頼へ
210

欲望の仕組み、欲望しないことと欲しないことは同じ
212

分析家の欲望と転移
213

原抑圧と疎外
213

パブロフ実験におけるシニフィアンの関与
214

シニフィアンのカップルの固まりと包合
199

精神病と不信仰
215

糸巻きあそびと対象a
216

愛の水準
217

快の水準における倫理の破綻
218

欲動の働き
219

取り込みと投射
221

Ichの領域と、大他者の領域
222

父性隠喩の式
223

隠喩の式批判
224

還元不能なシニフィアンの出現
225

狼男
226

転移、騙しとしての愛
228

分析家の欲望、主人の欲望
229

自我理想と同一化
230

対象aの機能と分離
231

声という対象
232

セミネールの自己評価
237

精神分析とまやかし
237

転移と同一化
240

対象aと分析家の乳房
241

内8のトポロジー
243

まやかしと生贄
246

彼岸の愛
247


20. 君の中に、君以上のものを 文庫本(下)330ページ






◎ラカン抄

ジャック=マリー=エミール・ラカン(Jacques-Marie-Émile Lacan、1901年4月13日 - 1981年9月9日)は、フランスの哲学者、精神科医、精神分析家。 初期には、フランスの構造主義、ポスト構造主義思想に影響力を持った精神分析家として知られていた。 中期では、フロイトの精神分析学を構造主義的に発展させたパリ・フロイト派(フランス語版)のリーダー役を荷った。 後期では、フロイトの大義派(仏:École de la Cause freudienne)を立ち上げた。 新フロイト派や自我心理学に反対した。アンナ・フロイトの理論については、フロイトの業績を正しく継承していないとして批判し「アナフロイディズム」と呼 び、「フロイトに還れ」(仏:Le retour à Freud)と主張した。1901年、カトリックのブルジョワ階級の家に生まれる。初め独学で哲学を学ぶが、転学しパリ大学に移り、25歳の頃にアンリ・ クロード教授のもとで精神神経学を学ぶ。1928年、ラカンはパリ警察庁に入庁し、精神監察医ガエタン・ドゥ・クレランボー(クレランボーは後に鏡の前で 拳銃自殺)のもとで学ぶ。ここで精神病者の犯罪に親しく触れることとなり、犯罪心理学の研究を深めてゆく。師クレランボーの自殺を契機に、徐々に、犯罪心 理学のみならず、フロイトの精神分析学に傾倒していった。 1932年、ラカンは、パラノイア女性エメを描いた学位論文『人格との関係から見たパラノイア性精神病』を発表し、博士号を取得。 さらに、アレクサンドル・コジェーヴのヘーゲル講義などに参加した。ここにはジョルジュ・バタイユも参加しており、当時友人であった。ちなみに、バタイユ は、当時女優をしていたシルヴィア・バタイユと結婚生活を送っていたが、1933年には別居していた。シルヴィアは、ジャック・ラカンと愛人関係となり、 1938年に2人の間には女児が生まれた。 1940年からナチス・ドイツによるフランス占領が続き、1944年にパリ解放がなされるまでの間、ナチスによる検閲がラカンの論文にもなされたが、これ に対してラカンは精神科医にしか理解できない文体で記述したため、ドイツ兵士たちには全く意味不明だとされ、検閲の手から逃れた。[1][2]この戦時中 の記憶が、その後のラカンの文体に残っている。 1953年1月、パリ精神分析学会会長に選ばれる。 しかし、会長就任後、サシャ・ナシュトとの間に亀裂が生じ、同協会は内紛状態となる。結局、会長就任からたった5カ月で不信任案が可決されてしまい、ラカ ンは会長職を辞任する。この騒動で、パリ精神分析学会は分裂した。ラカンは、ダニエル・ラガーシュらとともに、「フランス精神分析学会」を新しく立ち上げ るに至った。 1964年、自ら「パリ・フロイト派」を立ち上げた。だが、同派も結局1980年に解散することになった。1981年8月に大腸癌の手術を受けたが、縫合 部が破れて腹膜炎と敗血症を併発した。同年9月9日にモルヒネを投与されて亡くなった。ラカンの最後の言葉は、「私は強情だが・・・消えるよ。」だった [3]。ラカンの私生活の、滑稽かつ悲哀を帯びた実像を描いた小説に、フィリップ・ソレルスの『女たち』がある。20年以上にわたりセミネール(セミ ナー)を開き、「対象a」「大文字の他者」「鏡像段階」「現実界」「象徴界」「想像界」「シェーマL」などの独自の概念群を利用しつつ、自己の理論を発展 させた。セミネールの開催場所は、当初はサンタンヌ病院であったが、後にルイ・アルチュセールの計らいによって、パリ・ユルム街の高等師範学校となった。 参加者には、ラカン派の臨床家だけでなく、ジャン・イポリット(哲学者、ヘーゲルの専門家)、フランソワ・ヴァール(フランス語版)(スイユ社編集者)な どもいた。 アルチュセールはある時期まではラカンの業績を非常に高く評価していた。のちにラカンの娘婿となるジャック=アラン・ミレール(ラカンをして「唯一私のテ クストの読み方を知っている人物」と言わしめた)はもとアルチュセールの学生であったが、ラカンの講義を受けてはどうかとアルチュセールに助言されたこと がきっかけで、ラカンに接近することとなった。ラカンは初期の博士論文を除いてまとまった著作を書いていない。[4]ラカンは、セミネールを録音すること を拒否していたが、録音する聴衆が多いため、受け入れていた。 生前の著書として『エクリ』(Écrits、「書かれたもの」の意)があるが、この『エクリ』も時期を異にして発表された論文の集積であり、その多くは口 頭発表の原稿である。なお、『エクリ』は邦訳が刊行されているが、原書より難解である(=つまり意味不明:引用者)との指摘がある[5]。また、ラカンの 弟子たちは、セミネールを出版 するべく努力したが、師匠であるラカンを満足させる水準を満たすことができなかった。しかし、最終的には、ジャック=アラン・ミレール(ラカンの娘婿で弟 子)が編集した『精神分析の四つの基本概念』が、ラカンの許可を得て出版された[6]。 『エクリ』はその難解さにも拘らず、フランスで20万部以上のベストセラーとなった[7]。 ラカンの死後、ラカンの草稿・原稿類の管理は、ジャック=アラン・ミレールが行っている。2001年になって、『エクリ』に収録されなかった論文を集めた 『他のエクリ』(Autres Écrits)が出版された。近年になり、未公刊だったセミネールの内容が、順次公刊されつつあり、日本での邦訳も進みつつある。1950年代までのラカ ンは、カトリックの熱烈な信者であったと言い伝えられており、弟マルク=フランソワ修道士を通じて、ローマ法王への拝謁を望んでいたという。この拝謁の願 いは結局かなわなかった。1960年代になるとカトリックに疑問を持ち始めるが、1975年あたりから再びカトリックへの信仰に戻ったのではないかと言い 伝えられる。しかし晩年のラカンが本当にカトリックの信者であったかどうかについては不明であり、この件に関してはフランスの出版社間で裁判まで起きてい る。フランスではいわゆる「ラカン派」は、ラカンの死後、内部の分派抗争のためにさまざまの団体・派閥に分裂して活動することとなった。 フロイトの大義派 いわゆる「正統派」は「フロイトの大義派」およびパリ第8大学精神分析学科を拠点に、ジャック=アラン・ミレールを中心とした分析家たちが研究と教育を通 じて活動している。 国際ラカン協会 ジャック=アラン・ミレールの教育分析を担当したシャルル・メールマンは別の団体国際ラカン協会(仏:Association Lacanienne Internationale)を設立し、「正統派」とは独立に活動している。 パリ精神分析セミナー アルゼンチン出身のJ=D・ナシオ(フランス読みでは「ナジオ」)は、ラカンが信頼していたとされる僚友であるフランソワーズ・ドルトの協力を得てパリ精 神分析セミナー(仏:Les Séminaires Psychanalytiques de Paris)を主宰し、独自の方法でラカン理論の再解釈を精力的に展開している。 世界精神分析協会 フランス国外にもラカン派精神分析学の影響は及んだ。アルゼンチンやブラジルなど南米方面では世界精神分析協会(仏:Association Mondiale de la Psychanalyse)が「フロイトの大義派」と連携しつつ活動している。 国際精神分析学会との和睦 かつてラカンおよびパリ・フロイト派を「破門」した国際精神分析学会(英:International Psychanalytical Association)内部でも、ラカンを研究しようという動きもあり、以前の緊張関係は緩んできている。 ロンドン新ラカン派 これと並行してロンドンにも新ラカン派(英:New Lacanian School)が旗揚げされ、「フロイトの大義派」と人的交流を持つに至っている。」カンの人生(ウィキペディア「ジャック・ラカン(Jacques-Marie-Émile Lacan, 1901-1981)」より)


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文献

Copyleft, CC, Mitzub'ixi Quq Chi'j, 1996-2099

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