かならずよんで ね!

マヤ医学とはなにか

What is the Mayan Traditional Medicine?

池田光穂

現在のマヤ民族は、メキシコ南部(チアパス州、ラカ ンドン低地、ユカタン半島)、ベリーズ、グアテマラ、ホンジュラス(西部)ならびにアメリカ合衆国の各地に居住しており、およそ800万から1000万の 総人口をもつと推計される(池田 online; INI, online; Leopoldo 1997:50)。遺跡時代から今日に至るまで、マヤの人たちは周辺のさまざまな先住民文化、スペイン征服期以降のイベリア半島の文化、征服者と混淆して 成立していったメスティソ国民文化、ヨーロッパ・北アメリカ等の移民者の文化、そしてグローバル化する世界文化などの影響を受けながら独自の文化を発展維 持させるとともに、同時に多様に変容させてきた。マヤの伝統医学もまたそのような大きな文化の潮流の中に位置する。マヤ文化とは一方で共通した特徴を維持 しながら、他方で多様性を発達させてきた文化的連続体と言っても過言ではない。したがって何をもってマヤ文化の独自性と考えるのか、あるいはそうでないの かの判定は極めて困難である。またマヤ医学という文化的範疇を定義する際に、その正統性を判定することは、誰がその文化を定義するのかという政治的判断を 含むものである(cf. 池田 2002)。

マヤ医学を定義する私の立場は次のとおりである。歴 史的に形成されてきたマヤの伝統医学——それはスペイン征服期の宣教師たちの報告から今日では日本を含む欧米の研究者たちによる考古学・民族学的調査にま で続いている——から、マヤに関する現代の生物医学的研究さらには、マヤ人自身による伝統医学研究まで、およそマヤ人の保健衛生に関わるすべての事象を、 マヤ医学の範疇に属するものと、私は考える。またここで言う医学とは、病気の認識と治療のみならず、日常の身体に関わる養生や身体観から社会経済活動が栄 養状態に影響を及ぼす公衆衛生上の実態まで、広く保健体系というべきものを指している。つまり本章でいうマヤ医学とは、マヤのヘルスケア体系(the Mayan health care system)のことである。このような見解をとることで、多様性の陰に潜むマヤ医学の一般的共通性の特徴を把握することができ、時代による変遷(=時系 列的変化)や新しい解釈の登場の歴史的意義を適切に評価することができる。

この章での一貫した主張は、マヤ医学の最大の特徴は 多元的で全体論的(holistic)であるということだ。多元的とは、医学的知識の伝統と技法の利用において相反するものが数多く包摂されていることを さす(Cosminsky 1983)。また全体論的とは、個人の身体的状態はその外部のすべての環境要因と密接に関わるということである。個人の健康は、その人が関わる他人、他民 族、政治的社会的関係、環境——気候や自然のみならず超自然領域まで含む——と深い関係をもっている。それらの調和的関係を乱した結果としての〈病気〉 は、個々の事例において具体的に検討され、対処方法もそれに応じてさまざま手段が派生する。もちろん我々の世界と同様に、病気が発生した時には、その多く はまず最初に家庭内で処方され、傷病の大きさやその経過により、薬草師やシャーマンあるいは近代医療の看護師や医師による治療が求められる。治療の効力は 本人ないしは家族による診断によって判定され、伝統的なものを優先するか近代的なものを優先するかは、功利的な動機や過去の病気治療の経験や職業や宗教の 影響により左右される。

とりわけ生と死に対する考え方は、全体論的なマヤ医 学を理解するために重要な鍵概念であり、病気は人々の日常生活上の(自己犠牲の精神を特徴とする)倫理的道徳的逸脱と関連づけられて考えられることが多 い。また後述するように病気の原因は、人間的要素と自然的要素の二種類に大別できるが、治療は原因と対処の関係性の中で動態的に結びつけられる。歴史的に みるとマヤ人は、豊かな生物多様性に根ざした薬草を利用してきた他に、浣腸や瀉血あるいは鍼など、身体への積極的介入により治療を発達させてきた (Guerra 1964; Villatoro 1984)。


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Maya_Abeja

Mitzub'ixi Quq Ch'ij, 2018

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