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『サイケデリックスと文化:臨床とフィールドから』書評

Psychedelics and mediocre poets


サイケデリックス薬は脳にどう影響?自然言語処理で探る新研究(MIT レビューより)
解説:池田光穂

武井秀夫・中牧弘允 編『サイケデリックスと文化: 臨床とフィールドから』東京,春秋社,2002年2月,iv + 296頁 + xxix,2500円(+税)

近年、向精神性(つまり精神に作用を及ぼす)薬物 と宗教実践における意識変容の社会的研究は危機に立たされている。その危機は、研究者集団の内的な理由によるものではなく、ひろい社会的理由によるもので ある。言うまでもなく薬物は世界中で問題化されている麻薬の濫用がもたらす犯罪のイメージにまみれ、宗教の意識変容はカルト宗教集団の実践を異常視すると いう社会的風潮に起因している。この「研究」領域への世間の風当たりは厳しい。この風潮に抗した本書の出版は極めて意義深いものがある。ただし、出版の意 義が広く学界や社会に認められるためには、これまでの研究にはない新しい視座を提供したり、それに対して果敢に挑戦の跡が見られるものという留保がつく。

さて、本書のはしがきには国立民族学博物館の共同 研究の「成果の一部」をまとめたものとの言及(p.i)がある。以前より、この種のものには期待を裏切られるものが多い。共同研究に公的な資金を投入した ので、その成果を公表し、ひろく社会に貢献しなければならないというのが、この種の報告書の乱造の背景にある。そのため編集はおざなりで、相互に関連性の ないような論文がギュウギュウ詰めになっていることが多い。おまけに査読の痕跡は見られず緊張感の欠けたムック(冊子)として最終的に書架の埃をかぶるこ とになる。幸い、本書にはそのような傾向は少ない。この書物の学問的守備範囲は広く、薬物や宗教を通した意識変容体験の「臨床」的分析、薬物利用を社会に ひろく組み込んだ民族誌事象の詳細な紹介と解釈、そして宗教と薬用植物の通文化比較の三部から構成され、各部の末尾には、知られざる研究の余滴をまとめた エッセイがある。巻末には、非常にユニークな「ドラッグ関連年表メモ」があり、評者には大変役立った。

本書の8本の論文を掲載順に紹介していこう。第1 章、加藤清「精神拡張性ドラッグによる治療経験」は今から40年ほど前のLSD使用の体験にもとづく臨床報告とその医学的所見である。井上亮「呪術医への イニシエーション過程」(第2章)はカメルーンでの呪医経験の紹介である。「事例研究」と称するように、さまざまな著者の解釈が体験の中に織り交ぜられて いるが、体系的な分析はない。それらに比べると第2部の諸論文はそれぞれ骨太で読み応えがあり、本書の背骨の部分をなしていることがわかる。すなわち、グ アテマラの幻覚性キノコ利用の精神医学的分析(第3章、宮西照夫「神が与えた植物」)、メキシコのペヨーテ・サボテン利用した宗教体系つまりペヨーテ巡礼 の社会人類学的分析(第4章、安元正也「ペヨーテ幻覚とウィチョール族の思考様式」)、エクアドル先住民カネロス・キチュアのアヤワスカを使った治療儀礼 の「象徴的効果」——レヴィ=ストロースの用語——の批判的分析(第5章、山本誠「幻覚剤と治療」)、現代の政治文化におけるガンジャ(マリファナ)利用 の対抗的様式についての考察(第6章、鈴木慎一郎「ラスタファリアンのガンジャ文化」)、そして、オウム真理教の薬物を利用した修行を通しての人格変容過 程の参与観察記録と分析(第7章、尾堂修司「修行と薬物イニシエーション」)の5論文である。第3部は第8章のみで、蛭川立による「シャーマニズムと向精 神性植物使用の通文化比較」という短いながらも薬物利用に関するHRAF(Human Relations Area Files)ばりの通文化比較の情報を提供してくれる分析である。

冒頭に述べたような薬物と変性意識研究に関する今 日の苦境に対して、本書は果敢に挑戦する。しかしゴリアテに対して有効な一撃を与えるダビデの投石索なるものは見つからない。奇しくも上野圭一は巻末にお いて今日の反ドラッグ・キャンペーンがいかに人間の薬物利用の経験の豊かさと矛盾するものであるかについて苛立ちを覚えながら心情を吐露している。武井と 中牧というこの分野での第一人者たちが僅か十数年前に日本の人類学研究に与えた衝撃は今いずこ、の感は否めない。この書物にそのような深さが認められない のなら、それは彼ら自身の責任であろう。しかし、本書を里程標として、この分野に参入するフレッシュな研究者たちによって、積極的に関与できる機会が生ま れつつあることは大変喜ばしいことであると私は思う。

2003年7月31日脱稿

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文献


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