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医療人類学

A New Key to Medical Anthropology and/or Anthropological Medicine

池田光穂

医学と人類学を架橋(ブリッジ)する学問を医療人類学 (medical anthropology)と呼びます。かつては「病気と健康にかんする人類学研究」を、私は古い意味での医療人類学と呼んでいましたが、それは今では「古臭い医療人類学の定義」にすぎません。「病気と健康にかんする人類学研究」では、人類学パラダイム中心主義的であり、ひろく医療現象を観察することを通して、自分の人類学の枠組みを変えていくような、勇気のある学問のようには思われません。医学と人類学が相互に架橋(ブリッジ)することで、医療は人類学的に変わり、また人類学は医療の影響をうけて、また違った姿に変わっていく。これこそが私が医療人類学にもとめている理想的な姿です。

我 々の常識を解体する文化人類学的想像力
昨日までの医療(the Medicine before only yesterday)」はそんなんじゃない?!

 この授業は、学部高学年ならびに大学院生(博士前期レベル)にふさわしい医療人類学 の基本的な知識と研究法について学ぶものです。では皆さんの抱いている「常識的な現代医療」についてはどう思われるでしょうか。例えばこういうものです: まじないや呪術的治療に代表されるように、医療の原型には、宗教的でいわゆる迷信的な要素が多く含まれていましたが、近代医療の先覚者たちは、それを実験 と実証により合理的に克服して、今日のような科学的な医学を気づいたと。これらは、近代科学の進歩史観と呼ばれる説明の方法で、現代の医学史研究や医療社 会学においては、このような素朴な説明だけでは、医療・医学の発展を説明できるものではないことが指摘されています。
今の医療が、最適で完全なものではありません!

 現代の我々は科学的合理性の世界を生きているように確信していますが、それも、そのような信念の結果に基づいてのみ我々は生きているわけではありませ ん。合理性の証明のみならず、すでに社会的に承認を得て、あたかも当たり前になっているもの(例:科学的信頼性、医療保険制度、医療行為の倫理原則)は、 いちいちその確実性などを個別に証明してから、それを使っているのではなく、慣習的にあるいは惰性のごとく我々は利用しているに過ぎません。それゆえに、 例えば、医療費の自己負担を現行の3割から5割に変更すると政府が仮に決定したとすると、私たちは怒りを覚えますが、では当たり前で自然だと思われている 3割負担の根拠が何に基づいているか適切に説明することができません。また高齢者や小学生未満の乳幼児が2割であることも(当事者ですら)忘れています。 それどころか、かつては2割(それ以前には1割)負担で済んでいた歴史的経験すら忘れられています。
人間の苦悩と向き合う医療とは?

 このように、医療と医療を受ける態度については「人間にとって医療とはこうだ/こうあるべきだ」という主張を経験的事実という手がかりになしに、勝手に 推論しても時間の無駄なのです。皆さんが、現代の医療について便利で高度に進歩したものだと思われるは、皆さんの自由ですが、病気や老化が人間の苦悩の原 因であり続ける限り、医療に対する人々の不満はなくならず、よい医療や人間らしい医療を成就するためにもっと資金が必要だという主張は、増大する医療費を 正当化したい医療職専門家や、治療のための研究開発が必要だという基礎ならびに応用の医学研究者の口実にすら覚えてきます。
何が人間にとって理想的な医療なのか?

 何が人間にとって必要な医療なのか、何が人間にとって理想的な医療なのか、このことに関する議論に具体的な根拠を与えてくれるのは、医療従事者の観念的 な理念からではなく、現在地球上で行われている医療ないしは医療らしきものの具体的な観察と、それらを比較検討することから出てくる経験的知識に他なりま せん。そのためには、どのようにして生物医療中心主義の現代医療を、その客体化(objectification)過程を通して理解可能なものとし、人間 中心の医療を召喚することができるか/否かの吟味が不可欠になります。
医療は文化依存で社会的被拘束性の下にある!

 そして、医療実践とは、身体と心の変調(=病気経験)を媒介にするコミュニケーションプロセスに他ならないという観点にたつ必要が生じます。それゆえ授 業では、インターパーソナルなコミュニケーション理論——今学期に取り扱うのはマーガレット・ロック(1936- )という医療人類学者のそれ——の 知見を紹介し、医療実践が文化の文脈依存という社会的被拘束性を受けざるを得ないという理論的根拠を理解できるようにします。

【医療人類学の定義】the definition of medical anthropology

医学と人類学を架橋(ブ リッジ)する学問を医療人類学 (medical anthropology)と呼びます。かつては「健康と病気にかんする 人類学研究」を、私はそう(=古い意味での医療人類学と)呼んでいましたが、それは今では、人類学パラダイム中心主義的であるように思われます。

The medical anthropology could be defined as "anthropological studies on health and sickness," I thought before. But I have just changed my mind. Today it can be defined as "Interdisciplinary paradigm bridging between Medical science and Anthropological science."

医療人類学という分野は、1960年代後半から70 年代前半にかけて、北米の研究者を中心に 徐々に成長、確立した分野ですが、類似の研究は、医史学(medical history, medical historiography)や民族医学(ethnomedicine)というジャンルのなかで、ほぼ全世界的に1930年代頃には研究がはじまってい ました。

今日では、文化人類学、自然人類学、公衆衛生学、社会医学、看護学などの分野において、つぎの3 つの主要な論点が具体例を通して学ばれていますが、これらは、現在の医療人類学者の多くの関心に通底します[池田・奥野 2007]。つぎの3つの点を確認しましょう。

 (1)人びとの健康と病気にかんする信条や実践は文化的に修飾された多様なもので あり、 それらの実態は変化しています
 (2)文化的に修飾された人間の行動は、環境への適応や生物学的進化という医学的 現象に よっても解析可能です
 (3)それらの知見をもとに特定集団の健康と病気にかんする生活慣習への介入をおこな い、人びとの生活の質を改善することができます。

医療人類学は、人類学・社会学の民族誌学的方法、第 二次大戦後に本格化する国際的な医療援助 の現場、臨床現場における人間行動の微細な観察の蓄積などを背景に、健康と病気について人類学から実践的に関与しようという方向性をつねに持ち続けてきま した。つまり、身体にかかわる文化的事象を研究しようとする人類学の学問的嗜好と、よりよい生活の質をもとめる近代医療の社会実践が折衷的に融合したもの とみてよいでしょう。

医療人類学を体系的に学びたい・・→ 医療人類学入門

重要な関連項目です・・・・・・・→ 医療的多元論

医療人類学を実践したい・・・・・→ 医療人類学プロジェクト(MAP-J)

人類学的医療の定義 anthropological medicine

人類学的な感覚と理想をもち、そこから既存の医療を 組み替えてゆく医療実践 を、人類学的医学あるいは人類学的医療(anthropological medicine)と呼びましょう。人類学的医療は、アーサー・クラインマンが提唱したアイディアにもとづいて、いまだ充分に実現されてはいない可能態と して 「きたるべき未来の医療」のことなのです。[→辞書的説明

■ローカル・バイオロジー(local biology)について

ローカル・バイオロジーとは、マーガレット・ロック 先生による概念で。バイオメディシン (生 物医学/生物医療)を利用するあらゆるユーザーが、バイオメディシンを自分が関わる身体の変調や異常を解釈する時に(自分が属する文化システムとそれまで に学んだ知識などから)動員される、知識と実践のゆるやかな体 系であり、その多くは言説化されており、観察やインタビューを通して表象可能なあり方のことです」ローカル・バイオロジー

クレジット:池田光穂「医療人類学の定義」Copyleft, CC, Mitzub'ixi Quq Chi'j, 1996-2099

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Copyleft, CC, Mitzub'ixi Quq Chi'j, 1996-2099

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