医療化
Medicalization
解説:池田光穂
医療化(medicalization) とは、医療的問題でなかった事象が、近代医療の問題として取り扱われ、治療の対象となっていくことをさ す。例えば、人間の老化にともなう 高度の認知機能が低下するという「ぼける」ということが、老人精神病のひとつとして分類されていたアルツハイマー症(Alzheimer's disease, AD)や/あるいは認知症(老人痴呆症, Senile Dementia)などと「診断」として治療の対象になりっていくことは、典型的な医療化である[→関連リンク]。先進国における出産の現場が、自宅出産から病院や産院へと移行してゆく ことも、医療化の例としてよくとりあげられる。
医療化の反対語は、脱医療化 (demidicalization)である。同性愛的性向や男性間における肛門性交(sodomy)は、近代医療 の黎明期には、精神病として考えられた社会があるが、現在では個人がもちうるセクシュアリティの心理や行動として医療者は取り扱うことが一般化してきた。 ただし、このケースが完全に脱医療化したとは言えないのは、実際の生物医学理論には多様性があり、またそれと関連の深い法体系——たとえば(すでに廃止さ れる傾向があるとはいえ米国の州法の)肛門性交禁止の法律の存在——などと関連して医療の対象化になる可能性を残しているからである。
我が国における〈医療化〉の議論の受容 は、ピーター・コンラッドとジョセフ・シュナイダーにおける「逸脱の医療化」論よりも、アーヴィング・ゾ ラの医療化論に負うところが大きい。それは日本において人気の高いイヴァン・イリッチ (Iván Illich, 1926-2002)の紹介者たちが、ゾラの議論とイリッチの医原病 (iatrogenesis)を同列において論じる機会があったためである(コンラッドとシュナイダー 2003; Zola 1972; イリッチ 1979)。
【医療化に対する修正意見や批判】
医療化——とりわけ生活世界の医療化—— に対する修正意見や批判には、まず、脱医療化という現象のように、医療化はつねに一方方向にのみ進むの ではないというものがあげられる。脱医療化(demidicalization)と は、先に述べたように、男性同性愛や、マスターベーションなどのよう に、歴史的にあるいは社会的に、異常・狂気・逸脱のスティグマ(烙印)が貼られ、治療の対象とかつてなっていたものが、その対象から外れる現象である。ま た、医療化の位置づけについても、医療のシステムのみが自動的に医療化を推し進めるのではなく、生物医療は、より大きな社会関係の仕組みを体現したり、補 完するために機能しているので、医療化は社会——ここでは近代社会——の仕組みの歯車にすぎないという主張がある。
またさらに、医療化は、医療を求める患者 の欲望に由来する逆説的な帰結であるという主張も考えられる。つまり、生物医療の進展は、ただ医療専門 職が、その権能を伸ばすためにあるのではなく、患者がさまざまな病気をより速やかに苦痛なく治癒してほしいということの結果であり、医療者が「故意に」医 療化を推し進めているのではない。また、患者の治療に対する期待に応えるために、生物医療が発達し、逆に患者をさらに囲い込む(=医療化する)という逆説 的な現象である、という批判も可能である。
さらに、医療化の帰結として、医療を利用 する患者も、それらを取捨選択したり、その強制力から逃避したり、逆に上手に利用することで、生物医療 にあたらしい意味と、あたらしい様式の行為を、医療化の枠組みの中でつくりだしているという理解も可能である。
【ミッシェル・フーコーの1974年10 月リオ・デ・ジャネイロ講義】(フーコー 2008:141-)[→フーコー「社会医学の誕生」ノー ト]
医療化は、18世紀以降、西洋医学と公衆 衛生の「分離ないしは棲み分け?」が起こった結果の3つの着目点のうちのひとつだという。医療化を含む 3点は以下のとおり。
1.生- 歴史(ビオ・イストワール):医学的介入が歴史上の個人の状況の「改善」ないしは変化に大きな影響を与えたこと。
2.医療化:「人間の身体、その実存、行動、ふるまいが医療の網の目のうちに統合されて、この医療の網の目がますます稠密で重要なものに なってゆき、この網の目を逃れることができるものがますます少なくなってきた」こと。(フランス語の医療化には、病院に入院することや、社会の病院化的な ニュアンスも含まれる)
3.健康の経済:特権的な経済階層において、健康を改善するための措置や消費に関する現象。
フーコーによると、18世紀末から19世 紀初頭において、資本主義的な社会において、人間の身体の社会化がはじまるという。
「18世紀末から19世紀初頭にかけて発展した資本主義は、生産力と労働力に応じた形で、その最初のの対象である人間の身体をまず社会化し たのでした。社会は個人を、イデオロギーや良心をつうじて管理しただけではありません。身体において、そして身体を通じて、個人を管理したのです。資本主 義的な社会において何よりも重要だったのは生- 政治(ビオ・ポリティック)でした。生物学的なもの、肉体的なもの、身体的なものが重要だったのです。身体とは生- 政治的な現実であり、医学は生- 政治的な戦略の一つなのです」(フーコー 2008:147)。
そして、社会医学は、(1)国家の医学、 (2)都市の医学、そして最後に(3)労働力の医学になっていったという。
国 家の医学の多くは、ドイツ医学から起こして、フランスや英国の医学を論じる。都市の医学は、フランスの医学からはじまり、(細菌学説以前の)疫学的なコン トロールの話が中心。ハンセン病者の排除メカニズムは、「都市を浄化するメカニズム」(フーコー 2008:164)として解説される。
さ らに、都市の医学の目的が語られる(フーコー 2008:165-)。1)疾患の原因の廃棄物がどこででき、どこに蓄積されるかについて調べること。2)人々を管理するのではく、物品と自然の要素(水 と大気の循環)を制御することになっていく。3)それらの物品と自然を配置と順序づけに注意が注がれる。
都市医学の重要として、3つの観点が論じ られる(フーコー 2008:172-175)
労働力の医学から、救貧法の医学的目的。 保健所、が論じられ、最終的に、ドイツ、フランス、英国のシステムが比較考量される。
☆ウィキペディア"Medicalization"より
Medicalization is
the process by which human conditions and problems come to be defined
and treated as medical conditions, and thus become the subject of
medical study, diagnosis, prevention, or treatment. Medicalization can
be driven by new evidence or hypotheses about conditions; by changing
social attitudes or economic considerations; or by the development of
new medications or treatments. Medicalization is studied from a sociologic perspective in terms of the role and power of professionals, patients, and corporations, and also for its implications for ordinary people whose self-identity and life decisions may depend on the prevailing concepts of health and illness. Once a condition is classified as medical, a medical model of disability tends to be used in place of a social model. Medicalization may also be termed pathologization or (pejoratively) "disease mongering". Since medicalization is the social process through which a condition becomes seen as a medical disease in need of treatment, appropriate medicalization may be viewed as a benefit to human society. The identification of a condition as a disease can lead to the treatment of certain symptoms and conditions, which will improve overall quality of life. |
医
療化とは、人間の健康状態や問題が医学的な症状として定義され、治療されるようになり、医学研究、診断、予防、治療の対象となる過程である。医療化は、健
康状態に関する新たな証拠や仮説、社会的な態度の変化や経済的な考慮、あるいは新たな医薬品や治療法の開発によって促進される。 医療化は、専門家、患者、企業の役割と権力という観点から、また、自己同一性や人生の決断が保健や疾病の一般的な概念に左右される可能性がある一般の人々 への影響という観点から、社会学的な視点で研究されている。ある状態が医療として分類されると、社会モデルに代わって障害の医学モデルが使用される傾向に ある。また、医学化は「病気の商法」とも呼ばれる。医学化は、ある状態が治療を必要とする医学的な病気として認識されるようになる社会的なプロセスである ため、適切な医学化は人間社会にとって有益であると見なされる可能性がある。ある状態が病気として特定されると、特定の症状や状態の治療につながり、生活 の質が全体的に改善される可能性がある。 |
History The concept of medicalization was devised by sociologists to explain how medical knowledge is applied to behaviors which are not self-evidently medical or biological.[1] The term medicalization entered the sociology literature in the 1970s in the works of Irving Zola, Peter Conrad and Thomas Szasz, among others. According to Eric Cassell's book, The Nature of Suffering and the Goals of Medicine (2004), the expansion of medical social control is being justified as a means of explaining deviance.[2] These sociologists viewed medicalization as a form of social control in which medical authority expanded into domains of everyday existence, and they rejected medicalization in the name of liberation. This critique was embodied in works such as Conrad's article "The discovery of hyperkinesis: notes on medicalization of deviance", published in 1973 (hyperkinesis was the term then used to describe what we might now call ADHD).[3] These sociologists did not believe medicalization to be a new phenomenon, arguing that medical authorities had always been concerned with social behavior and traditionally functioned as agents of social control (Foucault, 1965; Szasz,1970; Rosen). However, these authors took the view that increasingly sophisticated technology had extended the potential reach of medicalization as a form of social control, especially in terms of "psychotechnology" (Chorover,1973). In the 1975 book Limits to medicine: Medical nemesis (1975), Ivan Illich put forth one of the earliest uses of the term "medicalization". Illich, a philosopher, argued that the medical profession harms people through iatrogenesis, a process in which illness and social problems increase due to medical intervention. Illich saw iatrogenesis occurring on three levels: the clinical, involving serious side effects worse than the original condition; the social, whereby the general public is made docile and reliant on the medical profession to cope with life in their society; and the structural, whereby the idea of aging and dying as medical illnesses effectively "medicalized" human life and left individuals and societies less able to deal with these "natural" processes. The concept of medicalization dovetailed with some aspects of the 1970s feminist movement. Critics such as Ehrenreich and English (1978) argued that women's bodies were being medicalized by the predominantly male medical profession. Menstruation and pregnancy had come to be seen as medical problems requiring interventions such as hysterectomies. Marxists such as Vicente Navarro (1980) linked medicalization to an oppressive capitalist society. They argued that medicine disguised the underlying causes of disease, such as social inequality and poverty, and instead presented health as an individual issue. Others[4] examined the power and prestige of the medical profession, including the use of terminology to mystify and of professional rules to exclude or subordinate others. Tiago Correia (2017)[5] offers an alternative perspective on medicalization. He argues that medicalization needs to be detached from biomedicine to overcome much of the criticism it has faced, and to protect its value in contemporary sociological debates. Building on Gadamer's hermeneutical view of medicine, he focuses on medicine's common traits, regardless of empirical differences in both time and space. Medicalization and social control are viewed as distinct analytical dimensions that in practice may or may not overlap. Correia contends that the idea of "making things medical" needs to include all forms of medical knowledge in a global society, not simply those forms linked to the established (bio)medical professions. Looking at "knowledge", beyond the confines of professional boundaries, may help us understand the multiplicity of ways in which medicalization can exist in different times and societies, and allow contemporary societies to avoid such pitfalls as "demedicalization" (through a turn towards complementary and alternative medicine) on the one hand, or the over-rapid and unregulated adoption of biomedical medicine in non-western societies on the other. The challenge is to determine what medical knowledge is present, and how it is being used to medicalize behaviors and symptoms. |
歴史 医療化という概念は、医療知識が医学的または生物学的に自明ではない行動に適用される仕組みを説明するために、社会学者によって考案された。[1] この用語は、1970年代にアーヴィング・ゾラ、ピーター・コンラッド、トーマス・サズなどの著作によって社会学の文献に登場した。エリック・キャセルの 著書『苦痛の本質と医学の目標』(2004年)によると、逸脱を説明する手段として、医療による社会的統制の拡大が正当化されているという。[2] これらの社会学者は、医療化を、医療の権威が日常的な存在の領域に拡大する社会統制の一形態と捉え、解放の名のもとに医療化を拒絶した。この批判は、 1973年に発表されたコンラッドの論文「過動の発見:逸脱の医学化に関する覚書」(過動とは、現在ではADHDと呼ばれる可能性があるものを説明する用 語であった)などの著作に体現されている。[3] これらの社会学者は、医学化が新しい現象であるとは考えておらず、医学当局は常に社会行動に関心を抱いており、伝統的に社会統制の代理人として機能してき たと主張している(Foucault, 1965; Szasz,1970; Rosen)。しかし、これらの著者は、ますます洗練された技術が、特に「サイコテクノロジー」の観点から、社会統制の形態としての医学化の潜在的な影響 力を拡大してきたという見解を示している(Chorover,1973)。 1975年の著書『医学の限界:医学の宿敵』(1975年)の中で、イヴァン・イリイチは「医療化」という用語を初めて使用した。哲学者であるイリイチ は、医療行為が原因で病気が悪化したり、社会問題が増加する過程を「医原性」と呼び、医療行為が人々に害を与えると主張した。イリッチは、医原性が3つの レベルで発生していると指摘した。臨床レベルでは、深刻な副作用により、もとの状態よりも悪化する。社会レベルでは、一般市民が従順になり、社会生活に対 処するために医療専門家に頼るようになる。構造レベルでは、老化や死が医学的な病気であるという考え方が、人間の生活を事実上「医療化」し、個人や社会が これらの「自然な」プロセスに対処する能力を低下させる。 医療化の概念は、1970年代のフェミニスト運動のいくつかの側面と一致する。エーレンライクやイングリッシュ(1978年)などの批評家は、主に男性で 占められる医療業界によって女性の身体が医療化されていると主張した。月経や妊娠は、子宮摘出などの介入を必要とする医学的な問題として見なされるように なった。 マルクス主義者のビセンテ・ナヴァロ(1980年)は、医療化を抑圧的な資本主義社会と関連付けた。彼らは、医学は社会的不平等や貧困といった病気の根本 的な原因を隠蔽し、代わりに保健を個人の問題として提示していると主張した。他の研究者[4]は、医学界の権力と威信を検証し、専門用語を使って神秘性を 高めたり、専門家の規則によって他者を排除したり従属させたりするような行為を挙げた。 Tiago Correia (2017)[5] は、医療化に関する代替的な見解を提示している。同氏は、医療化が直面してきた多くの批判を克服し、現代の社会学的な議論におけるその価値を守るために は、医療化を生物医学から切り離す必要があると主張している。ガダマーの医学に関する解釈学的見解を基に、同氏は時間的・空間的な経験的な差異に関わら ず、医学の一般的な特徴に焦点を当てている。医療化と社会的統制は、実際には重複する場合もあれば、しない場合もある、異なる分析次元として捉えられる。 コレアは、「医療化」という概念には、グローバル社会におけるあらゆる形態の医療知識を含める必要があり、それは単に確立された(生物)医学専門職に関連 する形態だけではないと主張している。専門分野の境界にとらわれず「知識」を考察することは、異なる時代や社会における医療化の多様なあり方を理解する助 けとなり、現代社会が「脱医療化」(補完代替医療への転換)や、非西洋社会における生物医学医療の急速かつ無秩序な導入といった落とし穴を回避するのに役 立つかもしれない。課題は、どのような医療知識が存在し、それがどのように行動や症状の医療化に利用されているかを判断することである。 |
Areas This section may lend undue weight to certain ideas, incidents, or controversies. Please help to create a more balanced presentation. Discuss and resolve this issue before removing this message. (July 2021) Sexuality and gender Main article: Medicalization of sexuality Many aspects of human sexuality have been medicalized and pathologised by psychiatry, psychology and the pharmaceutical industry. This includes masturbation, homosexuality, erectile dysfunction and female sexual dysfunction. Medicalization has also been used to justify sexualisation of transgender people, intersex people and those diagnosed with HIV/AIDS. The medicalization of sexuality has resulted in increased social control, disease mongering, surveillance, and increased funding in some research areas of sexology and human physiology. The practice of medicalizing sexuality has been widely criticized, with one of the most common criticisms being that the biological reductionism and other tenets of medicalisation, individualism and naturalism, generally fail to take into account sociocultural factors contributing to human sexuality.[6][7] The HIV/AIDS pandemic allegedly caused from the 1980s a "profound re-medicalization of sexuality".[8][9][clarification needed] The diagnosis of premenstrual dysphoric disorder (PMDD) has caused some controversy when fluoxetine (also known as Prozac) was being repackaged as a PMDD therapy under the trade named Sarafem. The psychologist Peggy Kleinplatz has criticized the diagnosis as the medicalization of normal human behavior.[10] Other medicalized aspects of women's health include infertility,[11] breastfeeding,[12] the childbirth process,[13] and postpartum depression.[14] Although it has received less attention, it is claimed that masculinity has also faced medicalization, being deemed damaging to health and requiring regulation or enhancement through drugs, technologies or therapy.[15] Specifically, erectile dysfunction was once considered a natural part of the aging process in men, but has since been medicalized as a problem, late-onset hypogonadism.[16] According to Mike Fitzpatrick, resistance to medicalization was a common theme of the gay liberation, anti-psychiatry, and feminist movements of the 1970s, but now there is "virtually no resistance to the advance of government intrusion in lifestyle if it is deemed to be justified in terms of public health."[17] Moreover, the pressure for medicalization now comes from society itself as well as from the government and medical professionals.[17] |
分野 この節では、特定の考え、事件、論争に不当な重点が置かれている可能性がある。よりバランスのとれた表現となるようご協力をお願いします。このメッセージを削除する前に、この問題について話し合い、解決してください。 (July 2021) セクシュアリティとジェンダー 詳細は「セクシュアリティの医学化」を参照 人間の性に関する多くの側面が、精神医学、心理学、製薬業界によって医学化され、病的なものとされてきた。これには自慰、同性愛、勃起不全、女性性機能障 害などが含まれる。医学化はまた、トランスジェンダー、インターセックス、HIV/AIDSと診断された人々の性的アイデンティティを正当化するために用 いられてきた。性の医学化は、社会統制の強化、病気の助長、監視の強化、性科学や人間生理学の特定の研究分野への資金援助の増加につながっている。性の医 学化の実践は広く批判されており、最も一般的な批判のひとつは、生物学的還元主義や医学化の他の原則、個人主義や自然主義は、一般的に人間の性別に影響を 与える社会文化的要因を考慮していないというものである。 HIV/AIDSのパンデミックは、1980年代から「性の再医療化」を深刻化させたといわれている。[8][9][要出典] フルオキセチン(プロザック)がサラフェムという商品名でPMDD治療薬として再パッケージ化された際には、月経前不快気分障害(PMDD)の診断が論争 の的となった。心理学者のペギー・クラインプラッツは、この診断を正常な人間の行動の医学化であると批判している。[10] 女性の健康の他の医学化された側面には、不妊症[11]、母乳育児[12]、出産プロセス[13]、産後うつ病[14]などがある。 注目度は低いものの、男らしさもまた医療化の対象となっており、保健を損なうものとみなされ、薬物、技術、療法による規制や強化が必要であると主張されて いる。[15] 具体的には、勃起不全はかつては男性の加齢過程における自然な一部と考えられていたが、その後、晩発性性腺機能低下症という問題として医療化された。 [16] マイク・フィッツパトリックによると、医療化への抵抗は1970年代のゲイ解放運動、反精神医学運動、フェミニスト運動の共通テーマであったが、現在では 「公衆衛生上の観点から正当化されるとみなされる場合、ライフスタイルへの政府の介入の進展に対しては、事実上、抵抗はない」という状況である。[17] さらに、医療化への圧力は現在、政府や医療専門家だけでなく、社会自体からも生じている。[17] |
Psychiatry For many years, marginalized psychiatrists (such as Peter Breggin, Paula Caplan, Thomas Szasz) and outside critics (such as Stuart A. Kirk) have "been accusing psychiatry of engaging in the systematic medicalization of normality". More recently these concerns have come from insiders who have worked for and promoted the American Psychiatric Association (e.g., Robert Spitzer, Allen Frances).[18] Benjamin Rush, the father of American psychiatry, claimed that Black people had black skin because they were ill with hereditary leprosy. Consequently, he considered vitiligo as a "spontaneous cure".[19] According to Franco Basaglia and his followers, whose approach pointed out the role of psychiatric institutions in the control and medicalization of deviant behaviors and social problems, psychiatry is used as the provider of scientific support for social control to the existing establishment, and the ensuing standards of deviance and normality brought about repressive views of discrete social groups.[20]: 70 As scholars have long argued, governmental and medical institutions code menaces to authority as mental diseases during political disturbances.[21]: 14 According to Nicholas Kittrie, a number of phenomena considered "deviant", such as alcoholism, drug addiction, prostitution, pedophilia, and masturbation ("self-abuse"), were originally considered as moral, then legal, and now medical problems.[22]: 1 [23] Innumerable other conditions such as obesity, smoking cigarettes, draft malingering, bachelorhood, divorce, unwanted pregnancy, kleptomania, and grief, have been declared diseases by medical and psychiatric authorities.[24] Due to these perceptions, peculiar deviants were subjected to moral, then legal, and now medical modes of social control.[22]: 1 Similarly, Conrad and Schneider concluded their review of the medicalization of deviance by identifying three major paradigms that have reigned over deviance designations in different historical periods: deviance as sin; deviance as crime; and deviance as sickness.[22]: 1 [25]: 36 According to Thomas Szasz, "the therapeutic state swallows up everything human on the seemingly rational ground that nothing falls outside the province of health and medicine, just as the theological state had swallowed up everything human on the perfectly rational ground that nothing falls outside the province of God and religion".[26]: 515 |
精神医学 長年にわたり、疎外された精神科医(ピーター・ブレジン、ポーラ・キャプラン、トーマス・サズなど)や外部の批評家(スチュアート・A・カークなど)は、 「精神医学が正常性を体系的に医学化している」と非難してきた。最近では、アメリカ精神医学会で働いていた内部関係者(ロバート・スピッツァー、アレン・ フランシスなど)からも同様の懸念が示されている。[18] アメリカ精神医学の父であるベンジャミン・ラッシュは、黒人が黒い肌をしているのは遺伝性のハンセン病を患っているからだと主張した。そのため、彼は白斑症を「自然治癒」とみなした。[19] フランコ・バザーリアとその信奉者たちによれば、精神医学は、逸脱行動や社会問題の管理と医学化における精神科施設の役割を指摘するアプローチであり、社 会統制のための科学的根拠として利用され、その結果生じる逸脱と正常性の基準は、個々の社会集団に対する抑圧的な見解をもたらした。[20]: 学者たち が長年主張してきたように、政治的混乱のさなか、政府や医療機関は権威に対する脅威を精神疾患として規定する。[21]: 14 ニコラス・キトリーによると、アルコール依存症、薬物中毒、売春、小児性愛、自慰(「自己虐待」)など、「逸脱的」とみなされる現象の多くは、当初は道徳 的な問題とみなされ、その後、法的問題とみなされ、現在は医学的な問題とみなされている。[22]: 1[23] 肥満、喫煙、徴兵忌避、独身、離婚、望まない妊娠、窃盗症、悲嘆など、数え切れないほどの他の状態も、医学および精神医学の権威者たちによって病気である と宣言されている。[24] こうした認識により、特異な逸脱者は、道徳、そして法律、そして現在では医療による社会統制の対象となった。[22]: 1 同様に、コンラッドとシュナイダーは、逸脱の医学化に関する彼らの研究を、異なる歴史的時代における逸脱の定義を支配してきた3つの主要なパラダイムを特 定することで締めくくっている。すなわち、罪としての逸脱、犯罪としての逸脱、病気としての逸脱である。[22]:1[25]:36 トーマス・サズによれば、「治療国家は、保健と医療の領域外に該当するものは何もないという一見合理的な理由から、人間的なものをすべて飲み込んでしま う。神学的国家が、神と宗教の領域外に該当するものは何もないという完璧に合理的な理由から、人間的なものをすべて飲み込んでしまったのと同じである」 [26]:515。 |
Labeling theory Further information: Labeling theory A 2002 editorial in the British Medical Journal warned of inappropriate medicalization leading to disease mongering, where the boundaries of the definition of illnesses are expanded to include personal problems as medical problems or risks of diseases are emphasized to broaden the market for medications. The authors noted: Inappropriate medicalisation carries the dangers of unnecessary labelling, poor treatment decisions, iatrogenic illness, and economic waste, as well as the opportunity costs that result when resources are diverted away from treating or preventing more serious disease. At a deeper level it may help to feed unhealthy obsessions with health, obscure or mystify sociological or political explanations for health problems, and focus undue attention on pharmacological, individualised, or privatised solutions.[27] |
ラベリング理論 さらに詳しい情報:ラベリング理論 2002年の英国医師会雑誌の社説では、不適切な医療化が病気の助長につながることを警告している。病気の定義の境界線が拡大され、個人的な問題が医学的 な問題として含まれるようになったり、病気のリスクが強調されることで、薬の市場が広がったりする。著者は次のように述べている。 不適切な医療化は、不必要なレッテル貼り、不適切な治療方針の決定、医原病、経済的浪費の危険性をはらんでいる。また、より深刻な病気の治療や予防に資源 が回らなくなる機会費用も生じる。より深いレベルでは、保健への不健全な執着を助長し、保健問題の社会学的または政治的な説明を不明瞭にしたり神秘化した りし、薬理学的、個別的、または私的な解決策に不当な注目を集める可能性がある。[27]s |
Healthism Public health campaigns have been criticized as a form of "healthism", which is moralistic in nature rather than primarily focused on health. Medical doctors Petr Shkrabanek and James McCormick wrote a series of publications on this topic in the late 1980s and early 1990s criticizing the UK's Health of The Nation campaign. These publications exposed abuse of epidemiology and statistics by public health authorities and organizations to support lifestyle interventions and screening programs.[28]: 85 [29]: 7 Inculcating a fear of ill-health and a strong notion of individual responsibility has been derided as "health fascism" by some scholars as it objectifies the individual without considering emotional or social factors.[30]: 8 [29]: 7 [31]: 81 |
保健主義(ヘルシズム) 公衆衛生キャンペーンは、保健を第一に考えるというよりも道徳的な性質を持つ「保健主義」の一形態であるとして批判されてきた。ペトル・シュクラバネック とジェームズ・マコーミックという2人の医師は、1980年代後半から1990年代前半にかけて、このテーマに関する一連の出版物を発表し、英国の国民保 健キャンペーンを批判した。これらの出版物では、公衆衛生当局や団体が、生活習慣の介入やスクリーニングプログラムを支持するために疫学や統計を悪用して いることを暴露した。[28]:85 [29]: 7 病気の恐怖を植え付け、個人の責任を強く主張することは、感情や社会的要因を考慮せずに個人を客観視するものであるとして、一部の学者から「保健ファシズ ム」と揶揄されている。[30]: 8 [29]: 7 [31]: 81 |
Professionals, patients, corporations and society![]() Conversation between doctor and patient Several decades on the definition of medicalization is complicated, if for no other reason than because the term is so widely used. Many contemporary critics position pharmaceutical companies in the space once held by doctors as the supposed catalysts of medicalization. Titles such as "The making of a disease"[32] or "Sex, drugs, and marketing"[33] critique the pharmaceutical industry for shunting everyday problems into the domain of professional biomedicine. At the same time, others reject as implausible any suggestion that society rejects drugs or drug companies and highlight that the same drugs that are allegedly used to treat deviances from societal norms also help many people live their lives. Even scholars who critique the societal implications of brand-name drugs generally remain open to these drugs' curative effects – a far cry from earlier calls for a revolution against the biomedical establishment. The emphasis in many quarters has come to be on "overmedicalization" rather than "medicalization" in itself. Others, however, argue that in practice the process of medicalization tends to strip subjects of their social context, so they come to be understood in terms of the prevailing biomedical ideology, resulting in a disregard for overarching social causes such as unequal distribution of power and resources.[34] A series of publications by Mens Sana Monographs have focused on medicine as a corporate capitalist enterprise.[35][36][37] Scholars argue that in the late 20th century transformation within the health sector in the US altered the relationship between people in the healthcare sector.[38]: 497 This has been attributed to the commodification of healthcare and the role of parties other than doctors such as insurance companies, the pharmaceutical industry, and the government, referred to collectively as countervailing powers.[38]: 499 The doctor remains an authority figure who prescribes pharmaceuticals to patients. However, in some countries, such as the US, ubiquitous direct-to-consumer advertising encourages patients to ask for particular drugs by name, thereby creating a conversation between consumer and drug company that threatens to cut the doctor out of the loop. Additionally, there is a widespread concern regarding the extent of the pharmaceutical marketing direct to doctors and other healthcare professionals. Examples of this direct marketing are visits by salespeople, funding of journals, training courses or conferences, incentives for prescribing, and the routine provision of "information" written by the pharmaceutical company. The role of patients in this economy has also changed. Once regarded as passive victims of medicalization, patients can now occupy active positions as advocates, consumers, or even agents of change. In response to theory based on medicalisation being insufficient to explain social processes, some scholars have developed a concept of biomedicalization which argues that technical and scientific interventions are transforming medicine. One aspect is pharmaceuticalization, the influence of the use of pharmaceutical drugs rather than other interventions. Other components are computerization of parts of healthcare such as public health, the creation of a "biopolitical economy" of private research outside of state, the perception of health as a moral obligation.[39] Medicalization has brought health issues to the fore, so people think more and more about things in terms of health and act to promote health. When it comes to health issues, medicine is not the only provider of answers, but there have always been alternatives and competitors. At the same time as medicalization, "paramedicalization" has strengthened: also many treatments for which there is no medical basis, at least for now, are popular and commercially successful.[40] |
専門家、患者、企業、社会![]() 医師と患者の会話 医療化の定義は、この用語が広く使用されているという理由だけでも複雑である。多くの現代の批評家は、かつて医師が占めていた位置に製薬会社を位置づけ、 医療化の推進役であるとみなしている。「病気の作り方」[32]や「セックス、ドラッグ、マーケティング」[33]といったタイトルは、製薬業界が日常的 な問題を専門的な生物医学の領域に押しやっていると批判している。一方で、社会が薬や製薬会社を拒絶しているという指摘はありえないと否定する意見もあ り、社会規範からの逸脱を治療するために使用されているとされる薬が、多くの人々の生活を支えていることも強調されている。ブランド名の薬の社会的影響を 批判する学者でさえ、一般的にこれらの薬の治療効果には依然として肯定的な見方をしている。これは、生物医学的確立に対する革命を求める以前の呼びかけと は大きくかけ離れている。多くの分野で強調されるようになったのは、「医療化」そのものよりもむしろ「過剰医療化」である。 しかし、医療化のプロセスは実際には対象者の社会的背景を剥奪する傾向があり、その結果、支配的な生物医学的イデオロギーの観点から理解されるようにな り、権力や資源の不平等な分配といった包括的な社会的要因が無視される結果につながる、と主張する者もいる。[34] Mens Sana Monographsによる一連の出版物では、企業資本主義事業としての医療に焦点が当てられている。[35][36][37] 学者たちは、20世紀後半の米国における保健分野の変革が、医療分野の人々の関係性を変化させた、と主張している。[38]:497 これは、保健医療の商業化と、保険会社、製薬業界、政府など、医師以外の関係者の役割に起因するものである。これらの関係者は、まとめて対抗勢力と呼ばれ る。[38]: 499 医師は依然として患者に医薬品を処方する権威者である。しかし、米国などの一部の国では、消費者向け広告が至る所で見られるため、患者は特定の医薬品を名 前で指定するようになり、消費者と製薬会社との間で医師を排除するような会話が行われるようになっている。さらに、医師やその他の医療従事者に対する医薬 品マーケティングの度合いについても、広く懸念されている。この直接マーケティングの例としては、営業担当者の訪問、学術誌への資金提供、研修コースや会 議の開催、処方へのインセンティブ、製薬会社が作成した「情報」の日常的な提供などがある。この経済における患者の役割も変化している。かつては医療化の 受動的な犠牲者とみなされていた患者は、現在では擁護者、消費者、さらには変革の担い手として積極的な立場を占めることができる。 医療化に基づく理論が社会過程を説明するには不十分であるという見解を受け、一部の学者は、技術的および科学的介入が医療を変容させているという生物医学 化(biomedicalization)の概念を展開している。その一例が医薬化(pharmaceuticalization)であり、これは他の介 入よりも医薬品の使用の影響を意味する。その他の要素としては、公衆衛生などの医療の一部のコンピュータ化、国家外の民間研究による「生命政治経済」の創 出、道徳的義務としての健康の認識などがある。 医療化は健康問題を前面に押し出したため、人々は健康という観点から物事を考えるようになり、健康増進のために行動するようになった。健康問題に関して は、医学だけが唯一の解決策を提供するわけではないが、常に代替策や競合相手は存在してきた。医療化と同時に、「準医療化」も強化された。少なくとも現時 点では医学的根拠のない治療法も多く、人気を博し商業的成功を収めている。[40] |
Interventionism (medicine) Gothenburg Study of Children with DAMP Medical model Sociology of health and illness Social stigma |
介入主義(医学) ヨーテボリにおけるDAMP児に関する研究 医学モデル 保健と疾病の社会学 社会的スティグマ |
Conrad, Peter (2007). The
Medicalization of Society: On the Transformation of Human Conditions
into Treatable Disorders. Johns Hopkins University Press. ISBN
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https://en.wikipedia.org/wiki/Medicalization |
関連リンク
文献
Copyleft, CC, Mitzub'ixi Quq Chi'j, 1996-2099
附論
Medicalization
is the
process in which human conditions and troubles come to be defined by
professionals as medical problems. Under this social process the people
become to think that their badness should be treated and prevented by
medical professionals. Bio-Medicalization of health is the process in
which health concept and practice of human body issues come to defined
by biomedical frame of reference, e.g. receiving routine health
checkup, consumption of health foods authorized by medical doctors, and
so on.
【ポストモダン状況における医療化の 意味】
“便所メシ”は、パーソンズの役割パ フォーマンス逸脱ではなく、タスクパフォーマンスの逸脱なので、社会学的——決して医学的ではなない ——に定義する ところの「行動の異常」なので「治療」や「矯正」の必要性を判断するのは、医学的基準ではなくて社会的基準に準拠するわけだ。それを医学的治療だとあるい は逸脱が医学的領域が関わると謂いだすことが「健康人役割」が義務となる時代——ポストモダン状況——における医療化ということになる。
※便所メシ・便所飯 (Benjjyu-Meshi, in Japanese)とは「誰とも会いたくないし、一人でご飯を食べているところも見られたくないから、こっそりトイレで食事する」という行 動のこと。ただし、実際にどの程度便所飯の実践をしているかの実態は不詳。
Copyleft, CC, Mitzub'ixi Quq Chi'j, 1996-2099
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