ディスコミュニケーション
dis-communication
解説:池田光穂
ディスコミニケーションとは、和製英語で、コミュ
ニケーションの不全状態のことをさし、2つの意
味をもつと言われています。つまり(1)現場で共有されている「知」の不十分な理解にもとづくコミュ
ニケーションの失敗や不全、と(2)コミュニケーションをしているようで、
両者がまったく別々のことを考えている、両者が正反対のことを考えている、そして両者が部分的に共通しているが他の部分は共有していない「知」があるというコミュニケーションをまったくしていないディスコミュニケーション、という2つのものです。
今日の細分化された専門領域において、専門家どうしは専門用語を駆使する概念的な理解つまり 認識知に 基づいてコミュニケーションをおこなっています。このような高度な専門 知識は人間生活を向上することに 貢献しましたが、他方で別の領域の専門家や一般の人々との円滑な交流や相互理解の妨げの原因にもなって います。
(1)あることを理解するということには、認識知の他に、臨床コミュニケーションにもとづく臨床知や実践知 という別種の「知」があるにもかかわらず、この事実が忘れられているのです。このような「知」の不十分 な理解にもとづくコミュ ニケーションの失敗や不全を、私たちはディスコミュニケーション(dis-communication)と呼んでいま す。この内容は、大阪大学CSCD臨床コミュニケーショングループ(CCDG)が2005 年に提唱したものを、池田がさらに洗練させたのものです。これをディスコミュニケーション I (one)と呼んでおきます。
しかし池田(2008)は西川勝主宰の「ディスコミュニケーションの理論と実践」の授業のまとめのシンポジウムの司会を通し て、上述のものとは異なるディスコミュニケーションの定義を思いつくにいたりました。それは次のように説明されます。
(2)これがディスコミュニケーション II (two)です。「ディスコミュニケーションは、コミュニケーションの不全や不能状態のことをさすのではなく、反コミュニケー ション、矛盾コミュニケーション、ゼロ度のコミュニケーションということを想定している。つまり、コミュニケーションの概念で 捉えられることは、コミュニケーションがある/ない、よい/わるい、同一の価値体系のなかで判別される概念をさしている。これ に対してディスコミュニケーションは、そのような数直線上の概念でとらえない、ゼロ度の状態をさしている」(出典は「ディスコミュニケーションの定義と理論」)。
【コラム】ディスコミュニケーションは英 語由来のことば?
ディスコミュニケーションはコミュニケーションがとれないという意味の和製英語です。対人コミュニケーションの不全状態のことを表現した言 葉です。英語では miscommunicationというほうが通じます。ただし否定をあらわす接頭辞のために dis-communication と表現しても意味が全く通じないことはありません。日本語でのディスコミュニケーションは、鶴見俊輔(1922-)がはじめに使い始めたといわれます。植 島啓司と伊藤俊治は1988年に同名の本(『ディスコミュニケーション』)を出版しています。また植芝理一(1969-)による同名のマンガ作品 (1992-2000)がこの言葉を最近ではもっとも有名にしました。ただし後者の作品にはディスコミュニケーションの意味についての解説が載っているわ けではありません。漫画作品ですから。池田太郎『ディスコミュニケーションを生きる』(2005)という著作もありますが、これは現代人の対人コミュニ ケーションの不全状態についての論評であり、ディスコミュニケーションそのもの理論的解明を試みたものではありません」。 (Mitsuho IKEDA, July 26, 2008:初 出)[→より詳しくは「ディスコミュニケーションの定義と理論」を参照のこ と]。
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