垂水源之介のディスコミュニケーション入門
Let's discommunicate off "your good understanding"
ディスコミュニケーションにまつわる事実とは以下のようなもの
今日の細分化された専門領域において、専門家どうしは専門用語を駆使する概念的な理解つまり 認識知に 基づいてコミュニケーションを おこなっています。このような高度な専門知識は人間生活を向上することに 貢献しましたが、他方で別の領域の専門家や一般の人々との 円滑な交流や相互理解の妨げの原因にもなって います。
(1)あることを理解するということには、認識知の他に、臨床コミュニケーションにもとづく 臨床知や実践知 という別種の「知」があ るにもかかわらず、この事実が忘れられているのです。このような「知」の不十分 な理解にもとづくコミュニケーションの失敗や不全 を、私たちはディスコミュニケーション(dis-communication)と呼んでいま す(→出典)
しかし、異端的意見もある、池田光穂(2008)は……
は西川勝先生主宰の「ディスコミュニケーションの理論と実践」の授業のまとめのシ ンポジウムの司会を通して、上述の ものとは異なるディスコミュニケーションの定義を思いつくにいたりました。それは次のように説明されます。
(2)「ディスコミュニケーションは、コミュニケーションの不全や不能状態のことをさすので はなく、反コミュニケー ション、矛盾コ ミュニケーション、ゼロ度のコミュニケーションということを想定している。つまり、コミュニケーションの概念で 捉えられることは、 コミュニケーションがある/ない、よい/わるい、同一の価値体系のなかで判別される概念をさしている。これ に対してディスコミュニ ケーションは、そのような数直線上の概念でとらえない、ゼロ度の状態をさしている」(出典は「ディスコミュニケーションの定義と理 論」)。[→出典]
池田の解説が優れているのは、ただでさえ、否定的な価値が込められたディスコミについて、その価 値を復権するためにわざわざ「ディスコミにも意味がある、ディスコミにも創造性がある」などという香具師っぽい言上げをする必要がないからだ。
また、コミュニケーション研究のなかで、それほど価値概念にとらわれることなく、ディスコミュニ ケーションの現象にアプローチできる点がすばらしい。
さらに、ディスコミュニケーションを創出する、すなわちディスコミュニケーション・デザインとい う理論ならびに技法の開発にも道を開いた。コミュニケーションを開くことも重要だが、そのことに伴う問題は、ディスコミュニケーションにより、コミュニ ケーション回路を断とうというもの、ずいぶんと生産的な思考なのではないだろうか?