アジア通貨危機の〈原因〉と〈過程〉
Causes & Process of Asian Financial Crisis, July 1997
アジア通貨危機の〈原因〉と〈過程〉: Causes & Process of Asian Financial Crisis, July 1997
要約:アセアン諸国のドル・ペッグ制の逆機能が、原因で、この制度が実質的なセーフティネットから、域内経済に悪影響をもたらすネガティブな連 鎖的通貨下落現象になったというのが、金子勝(1999)の説明である。以下、彼の説明のプロセスを追っていこう。
(1)「通貨危機が起きる以前のアセアン諸国は、自国の通貨価値(為替レート)をドルにリンクさせるドル・ペッグ制をとっていた」(金子 1999:84)。
(2)「アセアン域内の諸国はお互いの通貨価値を間接的に「固定」することができた」(金子 1999:84)
例:タイ対マレーシア、マレーシア対インドネシア、あるいはインドネシア対フィリピン:「個別の国同士の間で為替レートを調整することな く、すべての国々がドル・ペッグ制をとることによって、互いの為替レートの安定的な関係を築くことができた」。
(3)【ドル・ペッグ制の機能】「このドル・ペッグ制は、為替リスクの発生を防ぐことによって、貿易取引や資本取引に関する一種のセーフティー ネットの役割を果たしていた。為替レートが大きく変動すると、互いの国の企業同士は為替変動のリスクを負うことができなくなり、貿易取引や資本取引を阻害 するからである」(金子 1999:84)。
(4)【かく乱要因】「(域内間の——引用者)為替レートが激しく変動すると、製品を生産する企業は為替変動分を簡単に吸収することはできな い。そのために、安定的貿易取引を阻害する」
(5)【回避策】「こうした為替変動リスクを回避できれば、相互の貿易取引を拡大させる有利な条件となる。実際、ドル・ペッグ制の下で、アセア ン諸国の内部の相互貿易取引量は拡大傾向にあった」(金子 1999:85)。
(6)【グローバル要因】「ドル・ペッグ制は安定的な外資流入を確保する条件の一つとなってきた。もし為替変動リスクが大きければ、外資はその リスクを恐れて投資できなくなるからである。とりわけ為替レートの急激な下落が生ずれば、外資に大きな損失をもたらす」(金子 1999:85)。
例題:「為替レートが20%下落し、その際に、金利が10%だとすると、結果的には為替レートの下落分から利子収入を差し 引き分(10%)が損失する。こういう、為替変動リスクを回避するために、ドル・ペッグは域内にドルを導入することによって経済成長を図っていったことに なる。
(7)【震源地としてのタイ】「1990年代に入って、タイにおいてIMF 主導の金融自由化政策が行われ、1993年に外資で自由に取引できるオフショア市場が開設された。これを契機にして巨額の国際短期資金の流入が生じた」 (金子 1999:85)。 (8)1994年中国「元」の切り下げの影響:タイの貿易収支が赤字になる。
(9)【国際市場におけるバーツ売り】「国際短期資本の投機的アタック(バーツ売り)に襲われた」(金子 1999:86)。中央銀行は1997年夏にバーツを買い支えることができず、バーツの[国際市場における貨幣]価値の暴落がおこる。
このプロセスは、米国のヘッジファンドを中心にした機関投資家による「通貨」の空売りによる ものだとされている(ウィキペディア=日本語「アジア通貨危機」参照)。ちなみに空売り(short selling)とは「証券会社から株式を借りて売り建て、決済期日までに買い戻して株式を返却し、その差額で利益を狙う取引です。現物取引では、株価が下落する局面に遭遇した場合、投資行為自体を見送るか、株価が下げ止まるのを待つことしかできませんが、信用取引の空売りを活用すれば、逆風の投資環境下においても、利益を得ることが可能となります」(SMBC日興証券)
(10)「全ての域内諸国においてドルで資本流出入が行われるために、一つの国の対ドルレートが急激に下落すれば、今度は一転して、他の域内諸 国の対ドルレートも連動して下落しやすくする役割を果たすようになったからである。互いに貿易の相互依存関係が深まっていれば、過去の貿易関係を維持しよ うとするだけでも、一国の為替下落に合わせて他の域内諸国全てが為替レートを下げざるをえない。また相互に競争関係にある場合でも、国際競争力を維持する ために同様の事態に陥る」(金子 1999:86)
(11)【教訓】「こうした状況が生まれると、域内の一部の国(タイ)の金融自由化をきっかけにして、従来セーフティーネットの役割を果たして いたドル・ペッグ制に穴が開いてしまえば、ドル・ペッグ制は、連鎖的な通貨下落すなわち伝染(コンテージョン)を生じやすくする逆機能へと転化する。あと は、バブル破綻のプロセスと同様に、国際短期資本も、自らが損失を被らないために、我先にとババ抜きを開始することになっていった。いったんセーフティー ネットに穴が開き逆機能を果たすようになると、「自己責任」を果たそうとすればするほど、「合成の誤謬」によって市場の麻痺が生じるのは、これまで見てき たいくつかの事例と同じである」(金子 1999:86-87)。
[2018年7月付記]
「(商品紹介)タイ・バーツの暴落から始まったアジア通貨危機(1997-98)や過剰な資金が米住宅市場になだれ込んだリーマン・ショック (2008)、そしてギリシャの債務不履行問題に端を発した欧州財政危機に象徴的に現れているように、世界経済はここ20年、危機が常態化している。/一 方、この「危機の二十年」は金融グローバリゼーションが喧伝された時代でもある。/1980年代以降、米国主導で進んだ国際的な金融市場の自由化と規制緩 和による国際資本取引の活発化は、東アジアの新興国に急激な経済成長をもたらすとともに、輸出産業を中心に日本にも未曾有の好景気をもたらした。ただ、慢 性化する危機は、グローバリゼーションをめぐる議論を一変させている。NBC/WSJの合同世論調査によると、米国でグローバリズムを支持する人はリーマ ン・ショック前の2008年3月時点ですら25%にとどまり、経済論壇でも自由貿易の強力な擁護者だった論客の歯切れは悪い。/本書は、ノーベル賞受賞者 を多数輩出してきた世界的研究機関、プリンストン高等研究所の教授による異色のグローバリズム論で、ブレトンウッズ体制に始まる戦後経済史を下敷きに、現 代の危機とその処方箋を極めて穏当な形で提示したものだ。とりわけ、近年、日本の経済論壇でも広く受け入れられた「政治的トリレンマ (fundamental political trilemma)」を用いた分析はユニークである。/ロドリック教授によると、現今の世界情勢は、グローバリゼーション(economic globalization)と国家主権(national determination, or national sovereignty)、そして民主主義(democracy)を同時に追求することを許さず、どれか一つを犠牲にするトリレンマを強いているとい う。教授はこうした基本識に立ちながら、国家主権と民主主義を擁護するとともに、無規制な金融グローバリズムに網を掛けることを提言する。/こうした処方 箋は、バブルとクラッシュを繰り返す現状の資本主義メカニズムを的確にあぶり出すだけでなく、グローバリゼーションと民主主義が両立できると素朴に考える 日本の世論に冷水を浴びせかけるのは間違いない。また、国論を二分する事態になったTPP問題や不透明な欧州情勢など、世界経済をめぐる問題は日本人に とってこれまで以上に切実な問題になっている」——ロドリック,ダニ(Dani Rodrik)『グローバリゼーション・パラドクス: 世界経済の未来を決める三つの道』柴山桂太ほか訳、白水社、2013年
●Joshua Aizenman, Hiro Ito 07 August 2020, Global politics from the view of the political-economy trilemma. VOX-EUのテーゼ
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