セーフティネット(social
safety net)あるいは社会的セーフティネットと
は、サーカスの空中ブランコの下に張っている文字通りの安全ネット(safty
net)に由来する、リスクに対応する社会的安全を保証する政策
および、実際におこったハザードに対する保護対応策などの総称のことである。日本語では
「社会的」という形容詞が省かれるが、和製英語としてセーフティネットだけを使うと(制度的というソフトとな安全網なのか、それとも災害などから我々を守
る物理的な安全網なのか分からないという)誤解を招く可能性があり、社会的セーフ
ティネットと言っておくほう
が、万一英語の母語話者(ネイティブ・スピーカー)と話す時に、誤解を招かずに済む、安全な用法である。
セーフティネットの発想は20世紀の大戦間期における英国の社会福祉政策とそれに呼応する人間の困難(=貧困、病気、失業、教育および居住確保
からの疎外)から生まれたと言われている。
それから1世紀後の現代社会において、人々の世界観、福祉観、国家観の変貌もまた、我々のセーフティネット観への影響を与えている。リスクの予
測と判断に関する諸学問の成果により、今日のセーフティネット概念に、最も大きな影響を及ぼしているのが「リスクという現象」である。
この授業におけるリスクについての考え方を明らかにしておこう。
この授業では、通常の用語法としてハザードと明確に区分されていないリスクの概念を便宜的に以下のように区分する。リス
ク(危険あるいは危険性)とは、ある事象に関する未来の不確実性のう
ち、現時点で想定している否定的な意味をもつものを呼ぶ。そして実際に起こりえる/起こってしまった否定的な意味の事象はハザード(災厄あ
るいは危険性)と呼んで区別する。ただし例えば「この事態を放置すると以下のようなハザードが生じる可能性がある」という未来の蓋然性の高
いものもそ
れに含めておく。それに対してリスクは、通例の災厄の概念以上に(先で定義した)ハザードがおきる可能性、あるいはハザードとなりうる可能態としての潜在
的状態というふうに理解する。
つまりリスク概念を、ハザードの確率的計算(→リスク解析学)によって管理さ
れる統計量あるいは、そのように人々がハザードを眺めるている状態
のことと定義する。
グローバル化した現代社会における「リスク」とハザードについて経験的に整理してみよう。
- 自然災害(natural diseaster)
- 人為的事故(交通事故、原子力発電所の事故)
- 経済的恐慌や不景気
- 人口問題
- 環境汚染
- 政治的テロリズムや治安悪化
- 健康被害
- 流行病および疾患
- 上記の2つないしは、それ以上の複合的要因が絡まる事故
このことから、冒頭の定義を言い換えると、セーフティ
ネットとは、まずハザードが起こった後に(post
hoc)、被害を被る人を必要かつ最小限に被害についてケアすることを意味する。そして、それはポイントごとのリリーフ(救援)ではなく
て、さまざまな救
援手段を動員して、それらの連関を構想し、総合的に「問題解決(problem solving)」
に立ち向かうシステムのことを指している。
・以下に、以前に授業でとりあげた関連サイトやテーマを掲げる。
- リスク
- http://www.cscd.osaka-u.ac.jp/user/rosaldo/120507Risko.html
- リスクへの恐怖がディスコミュニケーションを生む!
- http://www.cscd.osaka-u.ac.jp/user/rosaldo/111013Risko.html
- リスク社会と健康コミュニケーション
- http://www.cscd.osaka-u.ac.jp/user/rosaldo/110825Risiko.html
- リスクファクター
- http://www.cscd.osaka-u.ac.jp/user/rosaldo/080105riskfactor.html
- セーフティ・ネットの政治経済
- http://www.cscd.osaka-u.ac.jp/user/rosaldo/120426kaneq.html
- ベイシックインカム論におけるホーマー・シン プソンの位相
- http://www.cscd.osaka-u.ac.jp/user/rosaldo/120601basicIncome.html
- アジア通貨危機の〈原因〉と〈過程〉
- http://www.cscd.osaka-u.ac.jp/user/rosaldo/120401AFC.html
- リスク社会における政治的知識論
- http://www.cscd.osaka-u.ac.jp/user/rosaldo/120401Beck_RG.html
- 競争的パーソナリティ
- http://www.cscd.osaka-u.ac.jp/user/rosaldo/090520peson_competi.html
- 開発研究用語集
- http://www.cscd.osaka-u.ac.jp/user/rosaldo/050311developm.html
- 2012年度コミュニケーションデザイン科目「セーフティネッ
ト論」
- http://www.cscd.osaka-u.ac.jp/user/rosaldo/111214safetyJyugy.html
- 人類学的デモクラシー
- http://www.cscd.osaka-u.ac.jp/user/rosaldo/081225AD.html
- セーフティネット論・2014
- http://www.cscd.osaka-u.ac.jp/user/rosaldo/2013Social_Safty_Net.html
- 帝国主義と全体主義下における人種主義に抗して
- http://www.cscd.osaka-u.ac.jp/user/rosaldo/2013Social_Safty_Net.html
・参考文献
その都度、必要な参考書をあげます。市販のものは事前購入したり、図書館でお読みください。また文献のうち入手困難なものは、必要な箇所
の情報をインターネットでダウンロード(パスワード付)して事前・事後に閲覧できるようにします。(下記は順不同です)
- L.コーン他編『人は誰でも間違える』医療ジャーナリスト協会訳、日本評論社、2000年。
- 村上陽一郎『安全学の現在』(村上陽一郎対談集)青土社、2003年
- D・カーネマン『ダニエル・カーネマン心理と経済を語る』山内あゆ子訳、楽工社、2011年
- ディヴィッド・サルツブルグ『統計学を拓いた異才たち:経験則から科学へ進展した一世紀』竹内恵行・熊谷悦生訳、日本経済新聞社、
2006
年
- 村上陽一郎『安全学』青土社、1998年
- ウルリヒ・ベック『危険社会』東廉・伊藤美登里訳、法政大学出版局、1998年
- ウルリッヒ・ベック『世界リスク社会論』島村賢一訳、ちくま学芸文庫、筑摩書房、2010年
- ダン・ガードナー『リスクにあなたは騙される:「恐怖」を操る論理』田淵健太訳、早川書房、2009年
- D・M・カーメンとD・M・ハッセンザール『リスク解析学入門:環境・健康・技術問題におけるリスク評価と実践』中田俊彦訳、シュプ
リン
ガー・フェアラーク東京、2001年
- ナオミ・クライン『ショック・ドクトリン』(上・下)幾島幸子・村上由見子訳、岩波書店、2011年
- 金子勝『セーフティネットの政治経済学』ちくま新書、筑摩書房、1999年【M-kaneko-On_SafeNet1999.pdf】
- Luhman, Niklas., 1996. Modern Society Shocked by its Risks.
Social Sciences
Research Center Occasional Paper 17., Department of Sociology, The
University
of Hong Kong.