はじめによんでください

ツキノワグマ問題

Tsukinowa Bear (Asian black bear)- Human Problem in Japan

解説:池田光穂

まずは宮沢賢治『なめとこ山 の熊』(posthumous publication, 1834)より

熊。おれはてまえを憎くて殺したのでねえんだぞ。 おれも商売ならてめえも射たなけぁならねえ。ほかの罪のねえ仕事していんだが畑はなし木はお上のものにきまったし里へ出ても誰も相手にしねえ。仕方なしに 猟師なんぞしるんだ。てめえも熊に生れたが因果ならおれもこんな商売が因果だ。やい。この次には熊なんぞに生れなよ」——熊捕りの名人の淵沢小十郎

今日の熊は、淵沢——小十郎の姓名でもありまた同地 の地名でもある——の台詞を借りずとも、コミュニケーションが可能だし、また発言権をも人間から付与されようとしている。生態系の荒廃に「抗議する主体」 としてのツキノワグ マを取り上げよう。

2010年10月本州全土でクマの目撃情報や人里へ の出没さらには人間への危害に関する報道が相次いだ。2012年の秋にも、ヒグマも含め同様に、出没状況が相次いでいる。

時事通信のインターネットでは2010年に関して 「12府県の4〜9月のクマの目撃件数は計6,006件で、昨年同期の約2.7倍に急増。残る2県でも目撃件数や捕獲件数が昨年を大きく上回った」と報じ ている。石川県では2010年度10月中旬時点で、クマ出没情報は約200件で、前年の同時期の約4倍に相当したという[中日新聞 online]。

生物多様性国際会議の期間の前後に代表的なソーシャ ル・ネットワーキング・サービス(SNS)である日本語でのツイッター(twitter)には、当時 「生物多様性ボット」 という検索エンジンと投稿機能をもったユーザープログラムが設置されて、このイベントに関連する呟きを再配信するサービスがあった。2011年7月現在、 このユーザーは登録を抹消しており、私の記憶によると2010年11月中下旬には自動転送投稿を止めていたように思われる。ちなみに公式あるいは準公式 ユーザーと思われる「「生物多様性」情報」の最後の投稿日付は2010年12月6日になっている。

この「生物多様性ボット」によると、その時に生物多 様性をめぐる国際会議とは——実際に会議の最終段階になって市民に明らかになったように——そこから 得られる財や資源さらには人間への福利(=生態系サービス)の国家間における権利調整のものであり、それは「人間側の事情」によるもので生物に配慮したも のではないという。ツイッターは発信者の情報をコメンタリーをつけて再送(リツイート、RT)されるので、当時そのことで話題が沸騰した。その時に一種の 変奏として流れたのが「クマの里への侵出」をめぐるユニークな解釈であった。それによると、クマの出現の理由は、餌となるブナ(ドングリ)の凶作という生 態系荒廃の警鐘であり、生物多様性の利権を国際会議において人間どうしが取引することに対する自然からの「抗議」なのであるというものであった。それ以外 にも次のような人間側の「不道徳」についての呟きがあった:「各地でクマが出没し射殺されているが、クマ殺しは生物多様性の否定じゃないの?と呟いてみ る」「COP10とか開催してるわりには熊をばんばん殺してるそんな国にっぽん」「COP10でクマ保全やられている方に聞きましたけど、やはり里地里山 の崩壊により、さらにシカのルートをクマが使って、人里に下りて来ているとのこと。報道は、そこまで流さない」等。

クマはツイッターをして窮状を訴えることができない ので、ユーザーがそれに対して代弁している——例えば「そうだニャー/そうだワン(猫/犬)」という 擬動物化(theriomorphism)あるいは逆擬人法(田河水泡『のらくろ』のように人間世界を動物化)する語法がある——とも言える[矢野 2002; 池田 Online]。一見他愛のない表現だが、このようなユーモアを交えた抗議の語り口は非専門家によくみられるものであり、諧謔に似て妙に説得力がある。ツ キノワグマの抗議もこのようなかたちでツイッターに流通した。もちろん保護団体の動きに関する呟きも、例えば「ドングリ:クマさんどうぞ 群馬の団体呼び 掛け、全国から3.5トン300箱」(毎日JP)というものがあった。これらの動きは2011年の秋になっても再燃し、岡山県美作市は中部日本以西の 300の自治体と自然保護団体に呼びかけし同年12月16日に同市で「全国クマサミット」を呼びかけ、毎年開催する予定であるという[美作市企画振興部協 働企画課への照会による]。

これに対する人間側の応答はどうであっただろうか。 自然保護のアクティビスト(活動家)や専門家がとる立場は人間主体の発話が中心にある。生物多様性問 題を積極的に先住民の知恵(e.g. 伝統的生態学的知識, TEK)と関連付けてあくまでも人間側の事情だという。たとえば、先住民族の10年市民連絡会が編集・発行する『先住民族の10年News』における細川 弘明である[細川 2010a, 2010b]。自然保護活動家とは異なり、地元民にとっては、人里に降りるクマは人間の生命を脅かす存在である。クマの出没に悩む地元では、捕獲したクマ の「放獣」あるいは「学習放獣」——ツキノワグマは保護対象獣であり捕殺は厳しく制限されている。前述の石川県保護管理計画では、県下の推定生息数は約 700頭で捕殺は10%に押さえるという目標を定めているために「駆除」できるのは約70頭という計算になる[中日新聞 online]。また兵庫県では1996年からクマの狩猟は禁止され、現在は捕殺のみになっている[横山 2009:151-153]。この捕獲後放獣か捕殺をめぐり危険に晒されると考える地元住民は「人間とクマとどっちが大切なのか」と自治体につよく抗議し ている。

出典情報:『人と動物の人類学』奥野克巳・山口未花子・近藤祉秋編、春風社(担当箇所」第7章 「野生動物とのつきあい方:生物多様性保全におけるツキノワグマとジュゴンの位相」Pp.205-238)363pp.、2012年9月19日

これに関する、同種の検討は、「美作のジレンマ」を御参照ください。

関連、最新情報

四国発、装着完了! 3頭のクマにGPS首輪を付けました!(WWF, Japan)

生物多様性概念の社会化の研究

リンク(サイト外)

リンク(サイト内)

文献

その他の情報



Copyleft, CC, Mitzub'ixi Quq Chi'j, 1996-2099