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ジュゴンの当事者適格と平和運動

Animals' Standing to Sue and the subject of Peace Movement

池田光穂

ここでの、すなわち生物多様性概念の社会化における 「思い込み」の対象はジュゴンである。この動物の「当事者適格」——訴 訟における判決の名宛人となる=原告になる資格——についてが、考察の対象になる。 人間主体の反戦平和運動が、動物を巻き込んだ環境保全運動と節合する社会化現象として考えられるからである。

沖縄県宜野湾市での「普天間基地代替施設移設問題」 は1995年少女暴行事件を契機に名護市辺野古への移転構想が1997年から始まり2002年にはその計画案がまとまっていた。2004年の沖縄国際大学への 米軍のヘリコプターの墜落事件により移設計画が加速化したが、2009年に見直しを約束して政権政党になった民主党の鳩山内閣は公約を反故にして2010 年には移設の決定がなされ、連立与党の一角が解消するにまで至った(2010年5月30日)。辺野古沖への飛行場新設により(県内あるいは国内)移設反対 派と、同移設予定地に生息すると言われるジュゴンの保護活動家たちが結びつくことになる。WWFジャパンや日本自然保護協会を中心とする保護活動家たちは 2008年10月国際自然保護連合(IUCN)総会で採択された「移動性野生動物種の保全に関する条約」(ボン条約)を履行するようにと2009年5月に 3万人分の請願署名を(国会議員を通して)衆参両議院に提出した。彼らは2010年7月には辺野古沖で生態調査をおこなっており、10月の COP10/MOP5国際会議のサイドイベントにおいてもその内容が報告されて支援者が多数集まった。ジュゴン保護を媒介にして環境保全と反戦平和を繋げ る戦術はきわめて多元的多角的であり、さまざまな社会的資源を動員している。

沖縄の辺野古沖への基地移設を食い止めるために、生 物多様性を法廷に持ち込むというユニークな方法がある。その例を名古屋に本部がある「環境法律家連盟」(Japan Environmental Lawyers Federation, JELF)に見てみよう[関根 2007, 2008]。まず、彼らは米国の国家歴史保存法(NHPA) を根拠に、アメリカの国防総省に対して、代替施設の建設は、国家歴史保存法に違反し、同施設がジュゴンに及ぼす影響に「配慮」しなかったとし、(1)同法 違反の違法確認、(2)同法を遵守するまで建設関与禁止の差止め、(3)裁判所が適当と認める法的救済を提訴した。国家歴史保存法はThe National Historic Preservation Act (NHPA; Public Law 89-665; 16 U.S.C. 470 et seq.)といい、おもに国家モニュメントになる歴史的建造物や遺跡などの保護を目的として、1966年に大統領が署名した法律である。結果から言うと、 ジュゴンは訴訟主体になれなかったが、それと並んで提訴した人間——沖縄住民3名ならびに日米の環境平和4団体——は訴訟主体として国家歴史保存法第 402条の地域外適用——国外(=沖縄)の米軍基地においても同法が使えること——が認められた。これに先立ち同裁判所の2005年中間命令では、ジュゴ ンが同法の保護対象の「遺産」として認定されている。2008年1月24日、カリフォルニア北部地区連邦地方裁判所は、(I)ジュゴンの原告適格は否定 し、また(II)差し止め請求も却下した。命令の主文は、被告である国防総省がアセスメント評価について今後どのような手続きをおこなうかについて裁判所 に提出するまでは訴訟手続きを停止するというものであった。それに引き続き、2009年12月3日には米国の環境NGOと共同し、オバマ大統領らを宛先と する書簡が提出されている。書簡のタイトルは“Re-proposed U.S. Military Air Base Expansion near Henoko, Okinawa”となっており、ジュゴンの他に、3種のウミガメ(タイマイ=Hawksbill、アカウミガメ=Hawksbill、アオウミガメ= Green)とその生態系の保全が、種の保全法(ESA)と関連づけられて要請されている。

また2010年明けからは、国家歴史保存法に対する 違法性訴訟に加えて、より法的拘束力の強いとされる種の保存法(ESA) ——生物多様性から人間が得られる法的権利と正当性を保護する法令——訴訟を準備していることを環境法律家連盟(JELF)は構想していることを発表し た。種の保存法は、Endangered Species Act of 1973 (7 U.S.C. § 136, 16 U.S.C. § 1531 et seq.,  ESA)、1966年の法律(Endangered Species Preservation Act of 1966, P.L. 89-669 )および1969年の修正条項を改正して、1973年に署名された、自然保護に関する包括的な法律である。

これらは基地移設が(人間の行動の意思決定をもたら す)下部構造で、それにまつわる自然保護思想は下部構造から影響を受ける観念(=上部構造)であるという主(=原因)—従(=結果)関係ではない。むしろ 自然保護に関する法的手続きは、現代日本における政策決定における最優先課題となった。2011年9月に就任した野田首相は、辺野古への移転問題を「協 議」するために同年10月末に訪沖したが、その際に県知事に実際に伝えたことは「環境影響評価書」いわゆる環境アセスメント報告書を沖縄県に提出するとい う計画のことであった。アセスメント書の提出が、基地の移転を承認してほしいというメッセージになっているのだ。地元住民やそれを代表する県知事の意向の 確認の前にクリアなければならないのは、それが反対派の主張するような「デタラメ」であろうがなかろうが、環境保全に関する「証明書」の提出なのである。 それゆえ基地移設反対派にとってもジュゴンへの熱を込めた「思い込み」 が最重要課題になるのである。環境問題は、政治問題の代理(=表象)になっているの ではなく、代補(=それ自体では部分にすぎないが、それなくしては全体が完結しない不可欠な要素, supplement)になっているのである。

出典

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文献

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