松島泰勝『琉球 奪われた骨:遺骨に刻まれた植民地主義』岩波書店、2018年;研究ノート
Violence of Colonial Academy vs. Postcolonial Academy of Resistance
今日における日本の先住民研究は、そのフィールドの 場所いかんにかかわらず、学問の植民地的性格に根ざしている。そのような知の枠組みを、さまざまな文化的収奪をうけてきた先住民研究者の立場から厳しく批 判するのが松島泰勝(Yasukatsu MATSUHIMA, 1963- )氏である。彼の『琉球 奪われた骨』(2018)に焦点を当てて、その批判的言説の可能性について検証しよう。
はじめに言っておきますが、この書物を文化人類学のテキストあるいは理論歴史書として読む必要はないということです。むしろ、日本の自然人類学を含めた文化人類学批判、あるいは、日本のアカデミズムに対する批判の書として、読む必要があるということです。
「あとがき」にあり帯紙の背面に記載がある(以下)
「学知(研究)によって、琉球人、アイヌ民族、ネイ ティブ・アメリカン等の先住民に対する差別や偏見が正当化、助長され、集団的権利が奪われてきた。日本の帝国主義、植民地主義は未だに清算されておらず、 現在も大学や博物館等において、それらは再生産され続けている。学知による植民地主義は「学問の暴力」と呼ばれている。/私[松島]は、学知の帝国主義や 植民地主義の実態を明らかにし、琉球人の尊厳や権利を回復したいとの思いを胸に本書を執筆してきた。「学問の暴力」に「抵抗の学問」を対峙させることで、 琉球の脱植民地化をすすめたいと考えた」
その章立て
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序章 帝国日本の骨—琉球、台湾、アイヌコタン
第1章 盗掘された琉球人遺骨—京都帝国大学の「犯罪」
第2章 学知の植民地主義—琉球人遺骨と大学・博物館の問題
第3章 アメリカと大英帝国旧植民地から—世界の先住民族による遺骨返還運動
第4章 アイヌの骨—学問の暴力への抵抗
第5章 自己決定権としての遺骨返還
終章 生死を超えた植民地支配
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序章 帝国日本の骨—琉球、台湾、アイヌコタン
0.1 「清野コレクション」と帝国主義
0.2 「日本人種論」の形成
0.3 清野によるアイヌ遺骨の盗掘
0.4 人類学と大東亜共栄圏
0.5 戦争犯罪と人類学
0.6 学知による差別と帝国主義
0.7 台湾の植民地化と「再皇民化」
第1章 盗掘された琉球人遺骨—京都帝国大学の「犯罪」
1.1 今帰仁「百按司墓」の歴史社会的位置付け
1.2 どのように琉球人の遺骨が奪われたか
1.3 戦前における「金関形質人類学」の特徴
1.4 戦後における「金関形質人類学」の特徴
1.5 清野研究室は琉球列島で人骨収集をどのよう
に行ったのか
第2章 学知の植民地主義—琉球人遺骨と大学・博物 館の問題
2.1 京都大学はなぜ当事者の声を無視するのか
2.2 「日本人アイデンティティ」誕生の場として の博物館——港川人を中心として
2.3 日琉同祖論と新たな琉球人骨研究
第3章 アメリカと大英帝国旧植民地から—世界の先 住民族による遺骨返還運動
3.1 植民地主義と形質人類学の融合
3.2 なぜネイティブ・アメリカンの遺骨は奪われ たのか
3.3 アメリカ合衆国における先住民族の遺骨返還 運動
3.4 ヨーロッパ、オーストラリアにおける先住民
族遺骨の返還
第4章 アイヌの骨—学問の暴力への抵抗
4.1 アイヌ遺骨の再埋葬
4.2 日本の植民地としてのアイヌモシリ
4.3 大学による「学問の暴力」
4.4 アイヌ人骨研究と遺骨返還
4.5 遺骨再埋葬までの道
第5章 自己決定権としての遺骨返還
5.1 港川人は誰のものか
5.2 日琉同祖論と遺骨返還
5.3 琉球における新たな日琉同祖論——国連勧告 撤回に動く日本の国会議員や政府
5.4 自己決定権としての遺骨返還
終章 生死を超えた植民地支配
6.1 琉球人にとって骨とは何か
6.2 先住民族としての琉球人
6.3 学知の植民地主義批判
6.4 自己決定権行使としての遺骨返還運動
●年表→「琉球コロニアリズム年表」「金関丈夫と琉球の人骨について」「日本文化人類学史」などを参照
1997
松島泰勝氏、グアム日本総領事館専門調査員(〜 2000)。松島泰勝が国際連合先住民作業部会(Working Group on Indigenous Populations, WGIP) にウチナーンチュとして参加する。これが契機になり、1999年琉球弧の先住民族会が 設立される。
琉球弧の先住民族会(Association of Indigenous Peoples in the Ryukyus, AIPR)が市民外交センター(Citizens' Diplomatic Centre for the Rights of Indigenous Peoples)などの協力で設立される。
2000 浦添市文化課、百按司木棺漆膜片採集
2001
第3回世界のウチナーンチュ大会(主催沖縄県)
今帰仁教育委員会、木棺(3号)取り上げ。教育委 員会調査では1号墓所から24体、2号墓所からは18体、合計42体分の遺骨を確認。
2002
松島泰勝氏、東海大学海洋学部助教授(〜 2007)
2002 今帰仁教育委員会、木棺(1,2号)取 り上げ
2004
英国人体組織法(Human
Tissue Act 2004)が、インフォームドコンセント抜きに採集保存された、遺体組織は研究目的での保管に適さないとする。以降、返還
請求の権利を認める。The
Alder Hey organs scandalなどが立法の経緯となる。M.Bell, The UK Human Tissue Act
and consent: surrendering a fundamental principle to transplantation
needs?, J
Med Ethics. 2006 May; 32(5): 283–286. 2006.
2006 第4回世界のウチナーンチュ大会(主催沖 縄県)
2008 松島泰勝氏、龍谷大学経済学部教授(〜 現在)
2007
松島泰勝氏「NPO法人ゆいまーる琉球の自治」(ブログ)を立ち上げ代表に就任。
琉球弧の先住民族会、NPO登録申請認可(浦添市)
2010 6月23日石垣金星とともに「琉球自治共和国連邦 独立宣言」を表明
2011 第5回世界のウチナーンチュ大会(主催沖 縄県)
2012
第1回世界若者ウチナンチュー大会(ブラジル)
琉球弧の先住民族会が、国連ECOSOC(国際連合経済社会理事会)の特殊諮問資格
(Special Consultative Status)資格取得。
2013
5月15日松島泰勝(龍谷大学教授)らの主導によ り、琉球民族独立総合研究学会(The Association of Comprehensive Studies for Independence of the Lew Chewans: ACSILs)が設 立。
2014 松島泰勝『琉球独立論』バジリコ(→講談 社文庫)
2015 松島泰勝『実現可能な五つの方法 琉球独立宣言』講談社
2016
松島泰勝『琉球独立への経済学: 内発的発展と自己決定権による独立』法律文化社
第5回世界のウチナーンチュ大会(主催沖縄県)
2017
2月 松島泰勝、胃に悪性腫瘍見つかる(松島 2018:v)
4月 松島泰勝、最初の胃の手術(松島 2018:v)
5月松島泰勝「百按司墓遺骨」の実見と質問をする が、回答得られず。
6月
松島泰勝、二度目の胃全摘の手術(松島 2018:v):「6月23日の「慰霊の日」になると、「平和の礎」に刻印された先祖の名前 の前で重箱を開き、泡盛を注ぎ、線香を手向けて、ご先祖のマブイ(霊魂)の平安を祈る姿を見ること ができる。亀甲(かめこう)墓、破風(はふ)墓等でも、ご先祖の遺骨に手を合わせ、そのマブイとともに琉球料理を共食 する。しかし、京都大学の研究室や博物館にモノとして保管されている琉球人遺骨は、薄暗く、冷た い部屋の中で「プラスチック製の直方体の箱」に隔離され、琉球の人や社会とのつながりが拒絶され ている。そのようなことを私は病院のベッドの上で想像し、身震いを覚え、この問題を自分の問題と して理解し、遺骨返還のための行動をするようになった」(松島 2018:vii)
松島泰勝・冨山一郎・駒込武らの呼びかけで、「琉 球人骨問題を考える」を同志社大学で開催(松島 2018:90)。
8月
松島、京大法人文書開示請求をおこなう(松島 2018:94, )。
松島、アイヌの遺骨再埋葬式に参加(松島 2018:vi)。小川隆吉氏より「励ましの言葉」をもらう。
11月
松島「京大法人文書開示請求」による文書を閲覧 (松島 2018:90)。
同月までに、「旧帝国大学の日本人学者が収集した 沖縄の人骨を返還すべきだと関係者が求めている問題で、県教育庁と今帰仁村教育委員会が国立台湾大学(台北市)で保管されている遺骨の返還を求め る方針であることが」報道される:琉球新報)
2018
1月28日琉球大学シンポジウム「東アジア地域の 平和・共生を沖縄から問う!」開催。「琉 球人・アイヌ遺骨返還問題にみる植民地主義に抗議する声明文[pdf]」の決議
2月照屋寛徳衆院議員「琉球人遺骨の返還等に関す る質問主意書」提出。
4月 琉球民族独立総合研究学会が、国連本部で開
催された「国連先住民問題常設フォーラム(Permanent
Forum on Indigenous Issues)」にて、京大からの琉球遺骨返還を訴える(松島・木村 2019:317)[参考資料:Alternative
report to CERD by the AIPR, CERD/C/JPN/10-11, 2018]
5月8日松島は、京都大学総合博物館に「今帰仁・百按司(なきじん・ももじゃな)」墓の標本利用申請をおこなう(松島 2018:88)。
「旧帝国大学の人類学者(→金関丈夫)が戦前、沖縄県今帰仁村の百按司(むむじゃな)墓から遺骨を持ち出した
問題で、今帰仁村教育委員会が[4月]3日までに、遺骨を保管している京都大学に返還に向けた協議を要請したことが分かった。照屋寛徳(Kaitoku TERUYA,
1945-
)衆院議員が3月に送った公開質問状に対し、京都大が「今帰仁村教育委員会から同村運天人骨資料について協議の要請を受けたところであり、今後、対応につ
いて検討する予定」などと回答していた。/京都大にはこれまで研究者団体などが返還を求めてきたが、行政が働きかけるのは初めて。遺骨返還に向けた動きが
本格化する可能性がある。/京都大は回答で、返還の意思や保管状況については「総合博物館の所蔵品については現在、順次調査を進めている」「いまだ全体の
把握には至っていない」として回答しなかった。/照屋氏は[4月]3日、京都大に再び公開質問状を送った。返還する意思の有無や返還時期を、質問状到着後
10日以
内に答えるよう求めた。/旧帝国大学の人類学者によって持ち去られた琉球人遺骨を巡っては、台湾の国立台湾大学が保管している63体を返還することで県、
今帰仁村と合意している。京都大学はこれまで遺骨を保管していることは公表しているが、返還するかどうかは明らかにしていない」琉球新報、2018.04.04)。
10月4日玉城康裕(デニー)・沖縄県知事就任
11月 沖縄県教育委員会と台湾大学との間で協議書を作成。
12月琉球民族遺骨返還研究会の松島泰勝代表(龍
谷大教授)らは、京都大学からの遺骨の返還を求めて京都地裁に提訴。
2019
3月8日第1回口頭弁論・京都地裁(増森珠美裁判
長):「同墓に埋葬されたとされる琉球王朝を開いた第一尚氏の子孫の亀谷正子さん(74)が意見陳述し、「先祖の遺骨は90年間、歴史も文化も言葉も異な
る、異郷の地に置かれ続け、子孫との交流もできずにいる」と訴え」る。他方「京大側は答弁書で、収集した一部の遺骨の保管を認めた上で、金関丈夫[当時、
京都帝国大学医学部助教授]氏の収集は「沖縄県庁や県警察部長を通した手続きを行った」として違法性はないと主張。原告側に対し、遺骨と原告との具体的な
つながりを示すよう求め」る(京都新聞)。
3月16日シンポジウム「奪われた骨・奪われた人
権―アイヌ民族~琉球民族」が柳原銀行記念
資料館 - 京都市人権資料展示施設で開催される。
3月20日「昭和初期に旧帝国大学の人類学者らによって沖縄から持ち出された遺骨63体が20日までに、保 管されていた台湾の国立台湾大学から沖縄側に返還」。西原町の県立埋蔵文化財センターに保管される」琉球新報)松島泰勝代表らは 「遺骨が遺族の了解を得ずに持ち出されたとして違法性を指摘しており、遺骨の尊厳を回復するためには風葬地に戻して「再風葬」するよう求めている。ただ県 教委は「現在のところ再風葬は考えていない」と」返答する:琉球新 報)
3月22日京都新聞が「社説」 の中で、京都大学にも金関丈夫が収集した遺骨等が保管されており、返還要求に 対する京都大学の対応の「冷淡」さについて批判している(京都新聞)。
■本源的紐帯の歴史的起源
「これまで那覇市山下洞窟で発見された最古の人骨は
32,000年前のものだといわれているが、本州で発掘された最古の人骨は18,000年前のものだといわれ、前者は後者より14,000年も古い。琉球
では貝器文化が発達した。貝や貝製品が「貝ロ-ド」を通って九州、四国、本州、北海道まで運ばれた。琉球は、1429年に巴志によって統一されたが、徳川
家康によって日本が統一されたのは1603年で、琉球より174年も後のことであった。1478年には尚真王の刀狩りによって文民統治が実施され、琉球
は、独立国として国内政治、経済政策、外交、海外貿易などにおいて自己決定権を自由に行使し、平和、繁栄、長寿を満喫していた」—仲村芳信「琉球国独立を取り戻そう」『琉球独立
学研究』2号
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文献
その他の情報