ポストモダン人類学
Postmodern Anthropology
講師:池田光穂
【講義概要抜粋】
ポストモダンと は、「モダン(近代)の後」に来るという時間と時代区分と、それを支える思潮・思想のことを言う。ポストモダン人類学は、モダンを支えてい た思潮・思想の批判や分析をもとに、ポストモダンという時代と思潮が、人間を具体的にどのように捉えようとしていたのかを、人類学の研究方法論をとおして 明らかにする研究である(→「ポストモダニズムなんか、たいしたことない」)。
英語における最も早いポストモダンという用語の初出は、建築用語として1949年である。しかし、社会
思想の用語としてはトインビー『宗教への歴史家のアプローチ』(1956)やライト・ミルズ『社会学的想像
力』(1959)である。特に後者は、現在が過去のものになるという時代と概念区分の到来を 意味する用語としてポストモダンを用いている("Just
as Antiquity was followed by several centuries of Oriental
ascendancy... so now the Modern Age is being succeeded by a post-modern
period. Perhaps we may call it: The Fourth
Epoch.")。この後は、左翼文芸批評誌などの文芸ジャンルとしてこの用語が徐々に用いられるようになる[OEDの"post-modern"参
照]。また、リオタールは、大きな物語(grand recit)やメタ物語の信頼性の崩壊を通して、ポストモダンを定義(=状況に言及)した。つまり
「近代を支配する正当化の機能」の崩壊がおこっている時代である。リオタール(Jean-Francois
Lyotard,
1924-1998)『ポストモダンの条件』(1979)[邦訳:小林康夫訳、水声社、1991=書肆風の薔薇、1986]によると、近代を支える「大き
な
物語(Metanarrative,
grand narratives, métarécit)」
として、〈精神〉の弁証法、意味の解釈学、理性的人間あるいは労働者としての主体の解放、富の発展などがある。」ポストモダン)
人類学におけるポスト モダンの議論は、文化について書 く営為における表象性の危機から、記述の問題、とくにテ クスト批評や記述法といった問題へと発展していった。こ れに対して、テキスト批判に埋没することで忘れ去られて しまう、書く側/書かれる側の権利問題を発端とする、表 象の政治性や操作性にまつわる権力の問題は、E・サイー ドのオリエンタリズム批判やS・ホールのヘゲモニーをめ ぐる一連の議論の影響を受けて、文化人類学における重要 なテーマとして急速に浮上してきた。以下の太田好信(2008:15)のステートメントは、古典的な民族誌とそれにもとづくモダンな文化人類学的考察(= 資料を「手元の理論で分析する態度」)との離反の必要性を説いている部分である。
「わたしは、文化人類学者自身の解釈の枠組みと「資料」との弁証的関係を意識せざるを得
ない
と考えている。これは文化人類学的視点の大きな特徴のひとつであり、この学問に対するさまざ
まな批判がある現状において、この特徴は人文科学全般においても忘れられるべきではない価値
を持つと信じている。これは、フィールド調査へ赴き、そこで収集した資料を、手元の理論で分
析する態度とは決定的に異なる。なぜ、そのような資料が必要なのか。不必要として排除した資
料があるとすれば、そのような峻別を可能にしているものは何か。もし、それが「理論」の結果
なら、その理論に限界はないのか。資料のうち、一部を了解可能なものにし、他を了解不能にし
てしまう文化人類学者自身の理解の地平は、どのようにして形成されるのか。これらの疑問は、
資料を前にしたときの、「驚き」となって表現される」(太田 2008:15)。
さて、この授業では2冊の日本語(うち1冊は翻訳)の文献を テキストにして、前半は、1980年代以降の文化人類学の理 論上の発展、理論上の難問、隣接諸学問との影響関係など について学ぶ(以上はマーカスとフィッシャー『文化批判 としての人類学』 が主となる)。さらに、後半では、学問 のヘゲモニーにおいて圧倒的優位な状況にある欧米の人類 学に対して、日本(という政治的空間)において、文化人 類学を学ぶ意味について根底から捉え直し、最近の日本の 学界においてさまざな議論を呼んだ重要なテキスト(太田 『トランスポジションの思想』)が提示する問題(agenda )を受講学生・院生と共に議論する。
われわれ自身の存在の批判的考察を理論とか教義とか、絶えず蓄積されて続いていく知識の集積と考 えてはいけない。むしろそれは、態度として、エートスとして、哲学的な生の絶えざる営みとして考えるべきであり、ここでは現在のわれわれのありようの批判 が、同時にわれわれに課された限界の歴史的分析であり、それを超えてゆく可能性を試すことである。——フーコー『啓蒙とはなにか』
カンギレムから受 けた恩恵は計り知れない。私はイデオロギーと科学の関係に見られる驚くべき歴史 の狡知を彼から教わったのだ。・・それは、科学認識論が認識論の一変種にほかならず、認識論自体は真理としての、したがって真理を保証する権威としての哲 学が身にまとった(デカルトおよびカント以来の)近代的形態だという考え方である。真理は、物と人間相互の道徳的および政治的関係からなる既存の世界を、 最終審級において保証するためだけにあるのだ。——アルチュセール『未来は長く続く』宮林寛 訳、p.247
1980年代後半から繁茂したアメリカ[合州国—引用者、以下同様]の「ポストモダン人類学」 は、そうした[グローバル化のなかの]流動化と断片化によって引き起こされる異種混淆、模倣や借用こそが文化形成の本質だとして、人びとの移動や拡散のな かに人間の創造的なエージェンシーを認めようとする。この種の議論の大きな欠陥は、流動化と断片化を謳歌することによって、そうした可動性こそが権力関係 [ママ]によってもたらされた局面であることを完全に忘却してしまうことである。——田辺繁 治『社会空間の人類学』西井・田辺編,p.446
Makeshift enthnography, pidgin-anthropology, pop nativism -- Marshall Sahlins による、ポスモ人類学への揶揄(訳語は、それぞれ、その場シノギの民族誌、ピジン人類学、ポップな先住民迎合主義、となろうか……)
フレデリック・ジェイムソ ン(Fredric Jameson, 1934- )は、ポストモダンの性格を、パスティーシュ(pastiche)とスキゾ(統合失調的)な ものに関連づける。そして、それは、現実をイメージへと変容させること、そして時間を永続的な現代の連鎖へと断片化すること、と特徴づけている(ジェイム ソン 1987:230)
ポスト構造主義(Post-structuralism)
は「1960年後半から1970年後半頃にフランスで誕生した思想運動の総称」(cf. Rabinow, 1989)。代表的なポスト構造主義者(米国でのラベルであるが) Roland Barthes
(1915-1980), Jacques
Derrida (1930-2004), Michel Foucault
(1926-1984), Gilles
Deleuze (1925-1995), Judith Butler (1956- ), Jean Baudrillard (1929-2007), Julia Kristeva (1941- ), and Jürgen
Habermas (1929- )、など。
リンク
文献
その他の情報 以下は、過去におこなったシラバス事例です(→課題論文(1999)作成要項はこの行をク リック!)
「各人で/先生とともに」調べてほしい用語集(タグジャン プ00)
●「各人で/先生とともに」調べてほしい用語集 | |
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遺産化・記念物化(patrimonialization) | |
移動性(mobility) | |
ヴァナキュラー・土着の(vernacular) | |
オントロジー・存在論(ontology) | |
声と主張(voice) | |
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サイバネティクス(cybernetics) | |
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