Read this First

琉球遺骨返還運動にみる倫理的・法的・社会的連累 (ELSI)

Ethical, Legal, and Social Implication of the Ryukyuan Repatriation Movement for Human Remain

Mitzub'ixi Quq Chi'j

ア メリカ人類学会連合年次大会(カナダ・バンクーバー、2019年)で発表したタイトル は、“Stealing remains is criminal”: Ethical, Legal, and Social Issues of the repatriation of human remains to Ryukyu islands, southern Japan(リンク先 は発表予稿)でした。今回、これを改造して、日本平和学会2020 年秋季研究集会(オンライン開催、2020年11月7-8日、横浜市立大学)にて分科会「琉球人遺骨にとっての平和とはー『研究による暴力』に対する先住 民族の抵抗と祈り」(仮題:松島泰勝座長)の中で発表することになりました。そのための、論文構想発表ノートです。

以 下に、1.学会発表の要約、2.これから計画する投稿論文の見取り図、そして、3.各 章の章立てを提示します。

1. 学会発表の要約

2. これから計画する投稿論文の見取り図

3. 各章の章立て(英語=10,000語)

4. 結論

倫理的側面
法的側面
社会連累/社会連関的側面






★修復的司法と遺骨返還の論理

【遺骨の真の返還は精神的修復の過程をなす】

謝 罪が自己目的となるとたんなる土下座をさせるクレイマーカスタマーとは変わりません。返還も泥棒が居直って「返せばいいんだろうと」被害者に毒づけば、被 害者のみならず司直すら義憤に駆り立てられます。修復的司法では、謝罪は、加害者がそのことについて反省して、被害者に赦しを求めることです。被害者の側 が赦しを与えないかぎり次のステップにはすすめません。赦しを求める加害者は、本当に自分たちに赦しが与えられるのか、赦しを「待つ」という姿勢が求めら れます。被害者は本当に「赦すことができるのか?赦す権限を自分たちは持っているのか?——遺骨が戻っても生きているものは納得しても亡くなった霊は赦し てくれるのか?」煩悶します。加害者とみなされる側は被害者にたんに赦しを請えばいいわけではなく、被害者たちがうける超時間的な煩悶にも共感することが できるまでは、赦しはありえません。さらに次のステップとして、被害者が「加害者たちの赦しを受け入れる」ことができて、はじめて和解というものが成立し ます。修復的正義の実践は法的正義の実践よりもはるかに時間的に過去と未来を巻き込むプロセスであることを、ご理解ください(→「修復的司法」)。

Links (琉球遺骨)

Links (アイヌ遺骨)

Links (倫理や物語)

Bibliography

Other information

Copyleft, CC, Mitzub'ixi Quq Chi'j, 1996-2099

For all undergraduate students!!!, you do not paste but [re]think my message.

Remind Wittgenstein's phrase, "I should not like my writing to spare other people the trouble of thinking. But, if possible, to stimulate someone to thoughts of his own," - Ludwig Wittgenstein

++

Copyleft, CC, Mitzub'ixi Quq Chi'j, 1996-2099