かならずよんで ね!

ぼけの復権をめざして!

 Revitalizing Boke-Dementia-Continum in Japan!

池田光穂

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ぼけの復権をめざして

池田光穂
大阪大学コミュニケーションデザイン・センター
2013年2月22-23日 まぜの里@海陽町
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忘却の彼方の《ぼけ》

    •    老人ぼけ、痴呆(症)という言葉は、公的(フォーマル)な現場からは今日急速に失われつつある。
    •    その理由:人間の自然現象である老化を説明する考え方や語彙が、私たちじしんの言葉ではなく医療や福祉の専門家たちの言葉によって定義されるようになりつ つあるからだ、と(→加齢の医療化)
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忘却は悪者か?

    •    記憶することの意味が賞揚されるとき
    •    忘却への警鐘(例:従軍慰安婦)
    •    記憶はアイデンティティ
    •    記憶を変えることの意義(例:赦し)
    •    〈ぼけ〉が悪者になったころ
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私のテーマ

    •    やまい(ぼけ)と疾病(痴呆)
    •    〈認知症〉誕生の物語
    •    ぼけの〈医療化〉
    •    パーソンセンタードケアの批判的検討
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やまい と 疾病

    •    やまい(illness) とは、ふつうの人の病気の認識のこと。またはその用語をさす
    •    疾病(disease)とは、専門家がその学問のなかで使う認識や用語をさす。

病いと疾病(Illness and Disease)
http://www.cscd.osaka-u.ac.jp/user/rosaldo/070523illness.html
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ぼけ という言葉

    •    加齢にともなう痴呆状態(疾病)
    •    視覚上のぼんやりとした状態から、そのひとの意識を形容する言葉(やまい)
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東京物語

小津安二郎監督の映画
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〈痴呆〉の登場

    •    1968年「居宅寝たきり老人実態調査」
    •    高齢者ケアの社会問題化
    •    1972年有吉佐和子『恍惚の人』
    •    〈ぼけ〉老人から〈痴呆〉老人へ
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恍惚の人

豊田四郎監督の映画
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痴呆という名の普及

    •     生物医学用語としての〈痴呆〉が国民の間に膾炙したのは、1968年の全国福祉協議会による初の全国的な「居宅寝たきり老人実態調査」が実施され、 1972年の有吉佐和子のベストセラー小説『恍惚の人』が公刊された1960年代後半から70年代初頭のことであると言われる(Ikeda & Roemer 2009)。
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教材としての「恍惚の人」

    •    この物語は(一)最初から最後まで茂造を介護する昭子からの視点によって貫かれていること、そして(二)痴呆が徐々に重くなる茂造を中心としたさまざまな 人間関係に関する昭子じしんの観察を通して、昭子の茂造への「まなざし」のみならず最終的に彼女の舅への行動が変化してゆくことに気づくはずである。そし て(三)物語のさまざまなエピソードを登場人物たちが乗り越えてゆくに従って、厄介な痴呆老人の舅から、具体的な顔(個性)をもった茂造の晩年の生き様に 向かう昭子の静かな決意のようなものが感じられることである。
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昭子のまなざしの変化

    •    昭子はぼけが医療化されていることに対して直感的に反発している。彼女の感情表現として端的に表されるのは「人格欠損」という言葉に「ひどく破廉恥なもの に思えて口にする」ことを憚る感情が生まれたり「老人性痴呆という言葉も使いたがらなかったこの医者に昭子は全幅の信頼を寄せ」るようになったりすること である(有吉 2003:412-413)。ぼけの医療化やぼけ老人に対する周囲の人からの過酷な差別のなかで、茂造への介護経験を通して昭子は、ぼけに対する「まなざ し」を明らかにプラスの方向に転じている。
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認知症を描く劇画

    •    くさか里樹(りき, 高知県高岡郡日高村出身, 1958-)。青柳裕介に師事。
    •    『ヘルプマン!』(2003年-)青年が介護福祉士とし、日々成長していく様を描く。現代の介護問題や介護施設での問題点、認知症問題などのテーマを取り 上げ、現場からも静かな支持があると言われる作品。
    •    2011年、同作品で第40回日本漫画家協会賞大賞。
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劇画『ヘルプマン!』
(作者:くさか里樹-りき)の中の
蒲田喜久雄
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劇画『ヘルプマン!』
(作者:くさか里樹-りき)の中の
蒲田喜久雄
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加齢の医療化

    •    医療化とは、以前は医療の対象ではなかった身体状態が、 疾病とみなされ治療の対象になってゆくこと。あるいは、その加速化現象。
    •    1975年 70歳以上の老人に 医療費自己負担分の無料化がはじまる。

医療化

医療化とスティグマ化の関係

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医療化の弊害

    •    医療化+国民皆保険制度=社会的入院
    •    高齢者人口比の漸増=財政的圧迫
    •    老人医療費の自己負担無料化は10年で終わる(~1985年)
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ぼけ老人問題

    •    1960年代末~70年代初頭
    •    老人問題の2つの極
    •    寝たきり老人 > 呆け老人
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ぼけ問題の焦点?

    •    痴呆老人の治療という〈医療化〉
    •    寝たきり老人の〈ケア対象化〉
    •    福祉専門職の〈介護化〉
    •    社会的支援という〈社会問題化〉
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「高齢化=生産性劣化」の三段論法

    •    (大前提)高齢化社会は若者よりも高齢者が多くなりつつある社会である。
    •    (小前提)高齢者は若者よりも低い生産効率しか達成できない。
    •    (結論)社会が高齢化すると以前よりも生産は低下する。
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「高齢者=お荷物」の三段論法

    •    (大前提)医療にはコストがかかる。
    •    (小前提)高齢者は若者よりも医療や介護にかかりやすい。
    •    (結論)社会が高齢化すると以前よりも医療費の支出は増える。
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医療から介護へ

    •    医療から看護へ、看護から介護へ、介護から社会支援へと力点は移動しているが、それらの相互連携が求められている。
    •    2000年介護保険法、2006年新システムの導入
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介護保険法の意義

    •    社会的入院を減らし、在宅(居宅)介護を推進するための介護専門支援員(ケアマネ)および多種の老人福祉施設へ社会資本が投下されるようになった。
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介護予防の誕生

    •    要介護者の産出を防ぐために、高齢者に対するさまざまな身体介入——運動機能向上訓練、栄養改善、口腔機能の向上——がはじまる。
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介護予防の限界

    •    痴呆予防のための社会教育の普及
    •    財政逼迫を回避するための要介護への地域ぐるみの支援
    •    しかし!〈ぼけ〉や〈痴呆〉へのスティグマ(=社会的な烙印)は軽減されなかった。
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〈痴呆〉改称問題

    •    2004年ごろ老年精神医学者グループは、社会的スティグマが「痴呆」の用語にあるということを認識。
    •    同年末、厚労省は種々議論の末、「認知症」への行政・法律用語の変更を勧告
    •    学会も医学用語の変更を容認
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名称変更の問題点

    •    呼称が変わっただけで、疾病概念が変わったわけではない。
    •    呼称が変わっただけでは、スティグマは軽減しなかった。(保健医療福祉キーワード研究会 2008:67-68)
    •    ケースの増大と要介護認定のために「認知症」の呼称は、一般の人にも確実に普及した。
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〈ぼけ〉の医療化

    •    〈ぼけ〉の医療化は着実に進行している。
    •    症状が〈疾病〉として実体化(=リアルに存在すると誰もが信じること)した。
    •    〈ぼけ〉は一種の〈難病〉のようになった。それを〈難病モデル化〉と呼ぼう。
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ささやかな〈抵抗〉

    •    1985年老人医療費の無料化の廃止
    •    高齢者保健福祉推進十カ年計画(1989年~1998)による痴呆症治療の研究拠点形成
    •    1998年9月 赤瀬川源平『老人力』出版
1998年 流行語大賞
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記憶や思考の表象

    •    表象するとは、〈あるもの〉を〈べつのもの〉で表現すること。
    •    認知科学や脳科学のシンポによるイメージングの研究(例:Magnetic Resonance Imaging;MRI核磁気共鳴画像)
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図像に表現される思考や認識
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認知は社会現象

    •    1960年代までは〈認知〉は、法的に認められていなかった血縁のつながり(とくに親子)を承認する意味だった。
    •    認知科学の誕生、心理学的現象としての「認知」のことばイメージの変更
    •    認知は、人間の高度な認識のことを意味するようになる。
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認知や記憶のねうち

    •    認知や記憶ということへの興味や関心
    •    認知や記憶を失うことへの恐怖
    •    認知や記憶を維持するためのノウハウの誕生

暗算・音読
書写

脳科学への期待
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神経神話

    •    神経神話とは、人びとが信じる根拠のない脳や神経に関する俗説あるいはニセ科学(例:賢い人は脳の皺が多い。魚を食べると頭が賢くなる)
    •    近年もっとも有名な神経神話のひとつは、ゲーム脳(=ゲームをすると馬鹿になる)
    •    神話すれすれの「脳トレ」

虚構としての認知症
http://www.cscd.osaka-u.ac.jp/user/rosaldo/090327nuevodementia.html
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〈ぼけ〉は真実

    •    ぼけ、痴呆、認知症は、当事者にとって個別的真実である。
    •    ぼけ、痴呆、認知症の人への看護や介護も個別的真実である。
    •    だが、〈普遍的な認知症の人〉という人はどこにもいない。つまり認知症の人は、最初からおわりまで個性をもった一個の人格(→ヴァリデーションやパーソン センタードケア)
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ヴァリデーション

    •    ヴァリデーション・バリデーション(validation, VA)
    •    バリデーション療法の特徴は、痴呆症の方が騒いだり、徘徊したりすることにも「意味がある」として捉え、なぜ騒ぐのか、なぜ徘徊するのかを患者の歩んでき た人生に照らして考えたり、共に行動したりするというもので、「共感して接すること」に重点を置いた療法です。
    •    出典:http://www.ninchisho.jp/nursing/06.html
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パーソンセンタードケア

    •    医師は患者中心のケア(patient-centered car)と呼び、医療以外の文脈の中では、パーソン=人格中心のケア(person-centered care)と呼ばれる。=PCC
    •    恋人関係でもそうだが「あなただけ/君だけが命っ!」という台詞には注意が必要だ。真意なのか方便なのかが、よく付き合ってみないと不明だからだ。
    •    パーソンセンタードケアは、それが行われる現場でしか、その正当性や効力を評価することができない。
    •    つまり、パーソンセンタードケアというのは、万能ではないし、個別化への配慮と改善の手を抜くと、ヴァリデーションと同様、職場でのスローガンだけに留 まってしまう。
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あほいき(※徳島弁)に復習しちゃあ!
・ぼけ→痴呆→認知症
・何が起こったのか?
・何が起こらなかったのか?

◎あほいき(徳島弁)
 あほいきとは「何も考えずに無理くりする様子」出典(日常的によく使われるおもっしょい、阿波弁集(使用例 集)

※講演をやったのが徳島だったからです。


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まとめ:ぼけの復権をめざして

    •    「ぼけの復権」というスローガンは、認知症の名称変更を元に戻して、ボケや痴呆という呼称に戻るべしという主張ではありません。
    •    認知症への名称変更の動きにみられる「ぼけの医療化」と処方がマニュアル化され、ぼけへの対処が専門家の知恵だけに委ねられることへの《反抗の表現》にす ぎません。
    •    VAやPCCもスローガンに留まっていては、その最初の精神が忘れ去られます。VAやPCCを批判的に捉え、その魔術のような言葉に呪縛されず、現場へ還 元すること(=現場力の育成)が重要であるというのが結論です。
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御静聴おおきに!

日本語における〈ぼけ〉 とは、主に加齢に伴う〈痴呆状態〉ないしは、その重い症状へといたる状況を描写する民俗医学用語である。日本語による〈痴呆〉とは痴呆状態という症状をさ し、病名として呼ぶ際には〈痴呆症〉という名称が使われる。その際の〈~症〉とは、病気ないしは疾患・疾病(disease)をあらわす接尾語である。

生物医学用語としての〈痴呆〉が国民の間に膾炙した のは、1968年の全国福祉協議会による 初の全国的な「居宅寝たきり老人実態調査」が実施され、72年の有吉佐和子のベストセラー小説『恍惚の人』(英訳書名:Sawako ARIYOSHI,"The twilight years," 1984.)が公刊された1960年代後半から70年代初頭のことである。

この時期における〈ぼけ〉の社会問題化は、〈痴呆〉 という専門用語が一般的に国民に知られる につれ、俗語ないしは卑語としての〈ぼけ〉と、医療者や福祉行政担当者がつかう専門用語としての〈痴呆〉という二分法的な使い分けが一般化するにいたっ た。このような用語法はそれ以降約30年以上現在まで続くことになる。つまり高齢者の認知的状態を表現する伝統的な〈ぼけ〉という用語は、1960年代後 半から70年代初頭にかけて〈痴呆〉という精神医学用語と強い結びつきをもつようになる。この背景には、平均寿命の延長と人口集団全体の高齢化という危機 の予兆が登場してきたにもかかわらず社会制度としての福祉が十分に普及していない――歴史・文化・人口構造のいかなる点においてもモデルになりうるはずが なかったのにもかかわらず当時の日本国民が福祉国家の理想を投影したのはスウェーデンなどの北欧諸国である――ことがあった。つまり〈ぼけの医療化〉を推 進したのは、人々の高度福祉国家への希求であったということができる。

以上は、「社会文化的「ぼけ」から社会医療的「認知症」へ」より

リンク

文献

その他の情報

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Copyleft, CC, Mitzub'ixi Quq Chi'j, 1996-2099

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