か ならず読んでください

根拠にもとづく医療

Evidence-Baced Medicine, EBM(根拠にもとづく医療、いーびーえむ)


解説:池田光穂

EBM, Evidence Based Medicine の外来語としてそのまま定着した言葉で、いーびーえむ、と呼び「根拠にもとづく医療」がその意味である。

どのような医学=医療においても、それぞれの文化や社会が規定する根拠ないしは合意(コンセンサス)にもとづいておこなわれるので、EBM というのは、西洋近代医療に特有の概念に由来する医学である。

英国の医学者(疫学者)である、アーチ・コクランは、西洋近代医学が本当に効果をもつのかという疑問を、第二次大戦期の捕虜としての軍医体 験から抱いた(→科学としての戦争神学)。つまり、かなりの低栄養状態と貧弱な医療資源 のもとでも、人間の治癒力は病気に抵抗する効力があり、それが医学的治療の効果に対して、大きな役割を果たしているのかどうかという疑問である。

コクランは、だからといって人間の治癒力万歳とか、自然治癒力の生物医学的な秘密を探ろうとはしなかった。むしろ彼は、人間の治癒力と、医 学的治療効果の相対的な力の差を実際に「測定」し、後者(=医学的治療効果)の効力を正当に評価したいと願ったのだ。

コクランの関心や西洋近代医療、とくに臨床医学の治療的効果に対する相対的なものの見方は、同じ英国の公衆衛生学者であるトマス・マッケオ ン、さらにはチャドウィック(もっと広く思想史的にみればジェレミー・ベンサムなどにも通底する)と共通するものがある。

そこで考え出されたのが、統計的手法である「ランダム化対照試験」(Randomised Controlled Trial, RCT)を使うことによる、医療の実施効果による、医療の効果についてである。

EBMとは、治療法の選択は、統計という高水準の根拠にもとづかねばならないという基本理念を表したものである。EBMすなわち「根拠にも とづく医療」というスローガンを掲げたのはマックマスター大学のゴードン・ガイヤーとディビッド・サケットであり、それは1992年のことであった (JAMA, 2420:268, 1992)。[ちなみにマックマスター大学は「PBL, 問題にもとづく学習」(思想背景はこちら)の発祥の地でもある。]

EBMは、この実験的手法を体系化したものである。

もちろん、第二次大戦の捕虜経験から生まれたEBMが、熱病のように今日の医学者の間に感染し、呪文のごとく語られるのに半世紀かかったの には、臨床統計学的資料収集にまつわる制限があったからである。それは、国勢調査や世論調査のような大規模な社会調査と異なり、今日の医療が取り扱う病 気・疾患の数は膨大なものであり、その臨床基準もしばしば変わる。そのために個々の病気と治療に関するRCTにかなうデータの収集には、膨大な時間と手間 がかかったからである。

EBMが実際に使えるようになった背景には、1960年代以降の臨床データのコンピュータのデータベースへの蓄積、コンピュータ補助医療 (computer assisted medicine, CAM)の発達、さらには、インターネットによる世界の医療データベース間の相互参照の結果生まれたものである。

EBMによる情報革命は、医療実践の形態に情報論的転回をもたらしたばかりでなく、医療システムや医師そのものの権威構造を変えつつある。

医療システムの信頼性は、規格化・標準化された医療の維持水準と、誤診や治療過誤といったリスクレベルにより定義されるようになったのであ る。

「EBMは医療の革命である」とか「患者に福音をもたらす」という道徳企業家や原理主義者の言うことを鵜呑みにせず、医療システムのあり方 や、そのなかで振る舞う医療者や患者の行動を変えつつある〈社会要因〉として把握しない限り、このシステム論的制約(=EBMそれ自体)の秘密を理解する ことはできないだろう。

■ 医学的推論はEBMの 誕生後に変化したのか?(2018年時点での日本の理論家の解説より)

以 下の図式は「医学の本質」とされているEBM登場後にした植田真一郎による「治療に活かせる解釈キホン」を図式化したものだという(座談会「臨床研究の本 質を知るのはけっこう楽しい」医学界新聞3279, 2018年7月2日)。

植 田真一郎*.論文 を正しく読むのはけっこう難しい——診療に活かせる解釈のキホンとピットフォール.医学書院;2018.(下線で紹介ページにリンクする/作図で ネット上の出典にリンクする)

*1985 年横浜市大医学部卒。同大病院,市中病院で研修後,91年より5年間日本臨床薬理学会海外派遣研究員として英グラスゴー大内科薬物療法学講座留学,96年 横浜市大第二内科助手,2001年より琉球大学大学院医学研究科臨床薬理学講座教授。


【文献】