問題にもとづく学習
PBL, Problem Based Learning
解説:池田光穂
【定義】問題にもとづく学習(PBL)[→講義:問題にもとづく学習について]
学習者じしんが中心とな り、「問題シナリオ」が学習者のグループに定期的に示され、反省的反復の作業をともないながら、実践される少人数グループの 教育手法ことを、「問題にもとづく学習」(あるいは問 題に基づく学習)とよぶ。PBLとは, Problem Based Learningのアクロニム(頭文字による略記法)である。医学・歯学・看護学・環境科学・法律実践・工学などのように実践の場での問題解決などが職業 的スキルとして重要視される教育課程でしばしば採用される。
ややこしいことに、具体的な学習課題を立てて少人数グループでプロジェクトを完遂させる「プ ロジェクトにもとづく学習」もまたPBL、すなわち Project-Based Learning と呼ばれて、しばしば混乱することがある。「プロジェクトにもとづく学習」は、これまで実習や演習と呼ばれてきた学習課題のより発展形態だと考えればよ く、ほとんどあらゆる学問分野の教育課程で採用することが可能である。[→プロジェクトにもとづく学 習(PRJ-BL)]
問題(problem)が与えられてもプロジェクト(problem)が与えられても、少人 数グループ学習では具体的な課題について洞察、観察、対話、交渉、反省、学習の再構築という過程が 見られる点で、奇しくも2つのPBLは共通点が多く、ま た、その教育理論の検討においても協働できる可能性が高いところが興味深い。
"Problem-based learning (PBL) is a student-centered pedagogy in which students learn about a subject through the experience of solving an open-ended problem found in trigger material. The PBL process does not focus on problem solving with a defined solution, but it allows for the development of other desirable skills and attributes. This includes knowledge acquisition, enhanced group collaboration and communication. The PBL process was developed for medical education and has since been broadened in applications for other programs of learning. The process allows for learners to develop skills used for their future practice. It enhances critical appraisal, literature retrieval and encourages ongoing learning within a team environment. The PBL tutorial process often involves working in small groups of learners. Each student takes on a role within the group that may be formal or informal and the role often alternates. It is focused on the student's reflection and reasoning to construct their own learning. The Maastricht seven-jump process involves clarifying terms, defining problem(s), brainstorming, structuring and hypothesis, learning objectives, independent study and synthesising. In short, it is identifying what they already know, what they need to know, and how and where to access new information that may lead to the resolution of the problem. The role of the tutor is to facilitate learning by supporting, guiding, and monitoring the learning process.The tutor aims to build students' confidence when addressing problems, while also expanding their understanding. This process is based on constructivism. PBL represents a paradigm shift from traditional teaching and learning philosophy, which is more often lecture-based. The constructs for teaching PBL are very different from traditional classroom or lecture teaching and often require more preparation time and resources to support small group learning."- Problem-based learning.
「問題解決型学習(PBL)は、学生が、きっかけとなる教材の中に見つけられた自由形式の問題を解く体験を通して、あるテーマについ
て学ぶ、学生主体の教育法である。PBLのプロセスは、定義された解決策を伴う問題解決に焦点を当てるのではなく、他の望ましいスキルや特性を伸ばすこと
を可能にする。これには、知識の習得、グループでの協力関係の強化、コミュニケーションなどが含まれる。PBLプロセスは医学教育のために開発されたが、
その後、他の学習プログラムにも応用されるようになり、その応用範囲は広がっている。このプロセスにより、学習者は将来の診療に使われるスキルを身につけ
ることができる。また、批判的評価や文献検索を強化し、チーム環境での継続的な学習を促す。PBLチュートリアルのプロセスは、多くの場合、学習者の小グ
ループでの作業を伴う。各生徒はグループ内で公式または非公式な役割を担い、その役割はしばしば入れ替わる。これは、生徒が自分自身の学習を構築するため
の内省と推論に焦点を当てたものである。マーストリヒトの7つのジャンププロセスでは、用語の明確化、問題の定義、ブレーンストーミング、構造化と仮説、
学習目標、自主学習、合成を行う。つまり、すでに知っていること、知るべきこと、そして問題の解決につながる新しい情報にどこでどのようにアクセスするか
を特定することである。チューターの役割は、学習プロセスをサポートし、導き、監視することで学習を促進することである。チューターは、学生が問題に取り
組む際に自信をつけ、同時に理解を深めることを目的としている。このプロセスは、構成主義に基づいている。PBLは、講義を中心とした従来の教育・学習哲
学からのパラダイムシフトを意味する。PBLを教えるための構成は、従来の教室での授業や講義とは大きく異なり、小グループでの学習をサポートするため
に、より多くの準備時間やリソースが必要になることが多い。」https://www.deepl.com/ja/translator
による翻訳を修正)
問題にもとづく学習は、一種のブランドあるいは確立された手法として理解されることが多いの で、英語によるアクロニム(頭文字による略記法)により、PBL(ぴー・びー・える)と簡略ないしは、ジャーゴン(内輪で流通する語彙)でよばれることが ある。
PBLという教育手法をよきものとして唱道する人たちは、PBLに対比的な教育手法のことを 「系統的学習」と呼び、批判的ニュアンスをこめて解説することがある。後者、すなわち系統的学習とは、これまでの教育の現場で長年採用されてきた手法のこ とである。(→別項で、「状況的学習」に対する「古典的学習」の対比を説明しているので、参照してください)
PBLによる教育の牙城であるマックマスター大学ではPBLを次のように定義している。
PBL is any learning environment in which the problem drives the learning. That is, before students learn some knowledge they are given a problem. The problem is posed so that the students discover that they need to learn some new knowledge before they can solve the problem. [出典 2006年11月28日]
また、同ページでは、PBLによる教育の主要な3つの特徴として、小グループ・自発性・ 自己評価による問題にもとづいた学習(Small group, self-directed, self-assessed PBL)という点をあげている。マックマスター大学における学生中心の学習法が、SGL、 SDL、PBL(小グループ学習・自発的学習・問題にもとづく学 習)という三本柱からなりたっていると言っても過言ではない。
マーストリヒト大学ではより具 体的に次の7つのステップがあると解説している。(このステップは下記に説明しているように【PBL サイクル】の中で繰り返し循環するように形づくられる)
マックマスター大学で編纂された教科書(ウッズ 2001)には、PBLと系統的学習の対比の例が面白おかしく描かれている。
すなわち、「ここに故障したトースターがあります、これを直してください。でなければ、少し ばかり要求を譲歩して、ちょっとでも使えるようにしてね」という問題提起(=これを「シ ナリオ」という)が、PBLであるとすると。系統学習ないしは系統的学習では、物理の授業で、電気 に関する一般的説明があり、それが熱エネルギーにどのように変換されるかの学習をして、電気一般の勉強のあとに、実用的な電気機器に関する説明があり、家 庭の電気製品がどのような規格化されているのか、またテスターのメーターの読み方の講釈があり・・・という、体系的な勉強の総決算の延長上に故障したトー スターの修理の問題——それも例題ないしは勉強の応用問題として——が出てくると考えるわけだ。
さらに、ネバダ大学医学校PBLのチュートリアル・ケース『ゲロ吐き少年!のケース』では、11 項目の情報が盛り込まれているが、最初の解説(=シナリオ)は 「1.ランディ・ミルバーンは10歳の男性で、母親に連れられて君のオフィスにやってきたが、彼は虚弱、喉の渇き、そして継続する嘔吐発作を訴えている」 という一文のみなのである。
PBLチュートリ
アル「ゲロ吐き少年ランディ・ミルバーンの症例」——この図版での医師と患者のイラストはネバダ砂漠の洞窟にある旧石器人の洞窟壁画(cave
painting)から引用されていると思われる。
シナリオの例として、「政策課題」と、「ヨーロッパの公衆衛生」について、マーストリヒト大学の 例をあげてみよう。
◎政策科学 あなたやあなたの友人たちは、自国やヨーロッパ地域の政治に強い関心を持ってきました。考慮を重ねたのち、あなたは、ヨーロッパの政治に関わっていこう と決めます。あなたは、いちばん良いことはEU議会の議員になることだと考えますが、友人たちはEU委員会に入る方が政治への力を発揮しやすいと言いま す。友人たちの意見を聞いて迷いが生じたため、あなたは、もう少し調べが進むまで、どうするかの決定を保留することにしました。どうするかの決定をするた めに、あなたは、どのようなことを明らかにする必要がありますか。 |
◎
ヨーロッパの公衆衛生 ドイツ・アーヘン市の保健サービス局が、マーストリヒト市の保健サービス局に、ベルギー・リエージュ市のGP(総合医)から開放性結核の症例1例の報告 があったと知らせてきました。患者は39歳の電気技師(男性)で、高度な技術設計・施行をする会社に雇われています。最近、アーヘンとマーストリヒトの病 院に現場を持ち、公共交通機関を利用して行き来していたとのことです。この患者の報告から何日かのち、こんどは、マーストリヒト在住の電車通勤者に、開放 性結核症例が報告されました。あなたは、つぎのような疑問について検討します。結核はどのように広がるのか。何がリスクファクターか。結核の広がりをふせ ぐために、国内で、また、国をまたがって、どのような手段が必要か。 |
(出典)https:
//www.maastrichtuniversity.nl/education/why-um/problem-based-learning
(翻訳は池田・徐[2017]による)
これらのことをまとめると、PBLは、問題が提示されて以降は、学習者の小グループの組織化、討 論、各人の情報収集と分析(=いわゆる勉強)、勉強の成果をグループに還元(フィードバック)、そして、グループによる再討論(PBL主宰者に再度、別の 関連する問題が与えられる(=給備される)ことがある)のサイクル——これを私はPBLサイクル(PBL Cycle Process)と呼ぼう——から構成されるのである。
このような学習プロセス(LPPあ
るいはZDP)を可能にするリソースあるいは環境(IIntelligent
Environments)が、つねに、オープンソースのものとして提供されていなければならない。具体的には、大学図書館における、1)関連分野の最新
の教科書が複数冊用意されていること、2)分野の古典的研究が資料体として引証できるような体制になっていること(紙媒体ならびにインターネット)、3)
共通の議論をグループ単位でおこなえるような防音ブースと飲食可能なカフェスペースの双方、4)いつでも、どこでもアクセスできるICT環境、である。
【用語の解説】チュートリ
アル(tutorial)と
は、先生やティーチングアシスタント(TA)による少人数あるいは個人に対する個別指導のことをさす。日本語ではゼミに近いが、日本の大学のゼミでは先生
が授業の主人公になることが多いが、本来のチュートリアルは、学習者が主人(主体)で、先生やTAは助言者的な役割に徹することが多い。
ここまでくると、PBLがなぜ日本の多くの大学で、とくに医学教育や工学教育においてもっと も最初に取 り入れられたのかがよくわかる。しかしながらPBLが重要視されるのは、人間の病気をトースターの比喩で見るという不遜にあるのではなく、医学教育におけ るより深刻な問題に直面しているからである。
【PBLが必要になる社会的背景】
医学教育においてPBLが重要視されるようになった背景にあるのは、EBM(証拠にもとづく 医療, Evidence-Based Medicine, EBM)にみられる医学的実践の科学化や正確化への社会的要求と、社会と患者のニー ズに適切に応えることという内部的な制度的要求という、医学・医療に求め られている2つの重要な要求がある。ではなぜ、PBLが具体的に重要になるのであろうか。
生物医学的知見の急速な変容(イノベーション)により、臨床医学的実践には常に新しい知識と 技法がもとめられるようになったこと。これにより、医療者に対する期待される人間像は、家父長的権威者でも、また実験的科学者でもなく、つねに学習と研鑽 を積む一方で患者との良好なコミュニケーションをもちうる患者の対話者になったということだ。
このような医療者になるための資質とはなんであろうか。それはまず(1)現役であるかぎり、 患者の本復と幸福を願いつつ、そのための情報収集に勤しみ、かつ生物医学の知識に精通し、それを前向きに学習しつづけること。そして(2)現代医療の現場 が完全にチームで動くことを必然としたために、個人がもつ技量をより適切にチーム全体の資質の向上に振り向けるコミュニケーション能力をもつことである。 (3)よき医療者としてチームのために果たすためには、チームのための滅私奉公的な発想から距離を置き、[近代人として]プライバシーもち人間として円熟 するための自己反省能力が必要になる。
このように、PBLが現代人としての我々に投げかけるものは、専門家として社会に寄与しうる 期待される新しい人間像にほかならない。
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学生向けにPBLの方法を説明したマーストリヒト大学のYouTubeの紹介PVがあるので見てみよう!(英語)-
英語のリスニングが苦手のヒトでも画面中の《歯車マーク》の「英語字幕(自動作成)」をやると字幕が出ます
Problem-Based Learning at Maastricht
University - YouTube
【PBLの今後】——まとめ
それが当事者ないしは人間社会に十全のすばらしきものであるかどうかは、疑問の余地がある。 しかし、我々が抱える最大の問題は、そのようなテーマすらPBLの学習課題になるというパラドックスなのだ。つまりPBLは、現代において[少なくともそ のフレームの内側においては]無敵の学習法であるということになる。
また、他方で、問題解決に取り組んでいる現場ではつねに、PBLでおこなうことが実践されて いるというふうに解釈することもできる。従って、PBLについてそれほど反省的意識をもたない人は「PBL、PBLと叫んでも進取なことはない、当たり前 のことさ」と、意外と臨床の現場で起こりつつある地殻変動に対して鈍感な人がいることも故なしとはいえない。(→現場力に関する議論を参照のこと)
他方、PBLの弱点は以下のようなことにある。
1.チューターなどのマンパワーが必要(意外とPBLの教育現場は労働集約的なところがあ る)。
2.系統学習(=古典的学習) に比べると学習者へのプレッシャーをかけないので、学習集団に対して均質な学習 効果を予想することが困難。
3.学習者がもっている価値観や文化的背景がグループ学習の形成や運営にどのような効果を及 ぼすかが不透明(もちろん、それはチューターがおこなうべきであるので、質の高いチュートリアルの開発が急務)
これ以降の発展的議論は、池田光穂「問 題にもとづく学習(PBL)の研究」「学部教育の改善について」などを参照し てください。
「英語の授業におい て、PBLの課題として、どのようなシナリオが書けるのか作ってみよう。授業全体のテーマは、文法や会話や読解(さらには、意味論、語彙論、統語論でも可 能)、という授業に特化した教 材開発(例えば、回を追うごとのシナリオ作成:7回分)でもいい。あるいは、第2言語修得としての英語学習を主眼とする《問題にもとづく学習》課題を提示 することでもよい。通常のPBL授業は上掲のPBLサイクルを回すことだけなので、教員は、その授業の進展にあわせて、その都度シナリオを提示するだけ で、授業の展開を誘うことが可能になるからである」(2018年8月31日提示:締め切りは2018年10月27日とします)
質問は池田光穂
(rosaldo@cscd.osaka-u.ac.jp)まで。質問者の氏名や所属、メールアドレスなどを質問本文の中に含めてください。
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