最近接発達領域(ZPD)
さいきんせつはったつりょういき, Zone of Proximal Development
解説:池田光穂
最近接発達領域(さいきんせつはったつりょういき)とは、ロシアの心理学者レフ・ヴィゴツキー(L.S. Vygotsky, 1896-1934[写真])が提唱した、他者(=なかま)との関係において「ある ことができる(=わかる)」という行為の水準ないしは領域のことである。これは、学習過程では理解できる児童の「理解構造」がなんらかの形 でスピルオーバーして、他の児童に影響を与えている可能性があることを示唆する(またその検証が必要である→「『学習する社会を創造する』を読む」)。 あるいは、学習者の間に良好なコミュニケーションが確立している場合には、能力別クラス編成よりも、さまざまな学習能力者が混在している「非競争的なごた まぜ状況」のほうが、学習者の効率向上が見込まれるだけでなく、集団全体の学習習得の総成果(マクロ経済でいうところのGDPに相当)も増大する可能性が ある(→「パレート最適」状態)。
さて、ヴィゴツキーのZDPについて、より平易に解説してみよう。我々には、(a)他者の助けなしにわかる(=やれる)こと と、(‾a)他者の助けがなくてはできないことがあることを知っている。学校教育の現 場では、学習者である児童や生徒は、他者——この場合は先生——による教育にのみ学習を完成することができるという固定観念に我々は長いあいだ縛られてき た。
あることがわかる、できるようになる、ことを我々は発達や成長と呼んでいるが、我々ははたして、他者の助けのあるなしで「できる(=わかる)」 ということを理解してよいものだろうか。
よく考えてみよう。(‾a)他者の助けがなければできないことのなかには、(b)みんな(=同じような学習者)と一緒であればできるようなこと がらがある。一般的に、みんなと一緒にできることのレパートリー(b)は、ひとりできること(a)よりも広範囲におよぶ。このみんなと一緒にできることの レパートリー(b)は、ひとりできること(a)の差分(b - a, bマイナスa)を最近接発達領域(Zone of Proximal Development)英語のアクロニムでZPDと呼ぶ。その概念図は下記を参照のこと。
ヴィゴツキーじしんのの言葉に耳を傾けてみよう。ヴィゴツキーは学習の現場における子どもたちどうしの模倣の能力に着目する。その模倣の能力は、動物の模倣能力と は異なり、それ以上の創造力を陶冶する能力と関係すると指摘する。
「子どもにおける模倣の本質的な特色は、子どもが自分自身の可能性の限界をはるかにこえた——しかしそれは無限に大きいとは言えませんが ——、一連の行為を模散しうる点にあります。子どもは、集団行動における模倣によっ て、大人の指導のもとであるなら、理解をもって自主的にすることのでき ることよりもはるかに多くのことをすることができます。大人の指導や援助のもとで可能な問題解決の水準と、自主的活動において可能な問題解 決の水準との あいだのくいちがいが、子どもの発達の最近接領域を規定します」(ヴィゴツキー 2003:18)。
「上述の事例を思い起こしましょう。私たちのまえに知的年齢が同じ七歳の子どもが2人います。しかし、そのうちの1人は、ちょっとした援助 で、9歳の問題を解きますが、もう一人は7歳半の問題しか解きません。この二人の知的発達は同じでしょうか。かれらの自主的活動という点では同じです。し かし、発達の最近接可能性という点では、それは鋭く分かれます。大人の援助をえて子どもがすることのできるものは、私たちに彼の発達の最近接領域を示して くれます。これは、この方法によって、今日ではすでに完成した発達過程、すでに完結した発達サイクル、すでに通過した成熟過程だけでなく、現在生成しつつ ある過程、成熟しはじめたばかりの、発達しはじめたばかりの過程をも考慮することを意味します」(ヴィゴツキー 2003:18)。
※上述の例とは……:知的年齢が7歳の2人の子どもを想定する。1人の子どものは、誘導的な質問・範例・教示の助けにより自分の発達水準を2年 も追い越すようなテストを解くことができる。他の子どもは、半年後のテストしか解くことができないことがある。
「子どもが今日、大人の助けを受けてできることを、明日には、彼は自主的にできるようになるでしょう。こうして、発達の最近接領域は子ども の明日を、発達においてすでに到達したものだけでなく成熟過程にいまあるものを考慮するような、子どもの発達のダイナミックな状態を規定することを助けて くれます。上述の2人の子どもは、すでに完結した発達サイクルの点では同一の知的年齢を示しています。しかし、かれらの発達のダイナミズムはまったく異 なっています。このようなわけで、子どもの知的発達の状態は、少なくとも二つの水準——現在の発達水準と発達の最近接領域——を明らかにすることによっ て、規定されうることになります」(ヴィゴツキー 2003:19)。
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なお最近接発達領域という、直訳風のわかりにくい訳語のために「発達の最近接領域」と呼ぶ専門家もいる。
この図を先のヴィゴツキーの引用と照らし合わせると、図中の「おしえてもらわなくても、みんなとならできる」が「自主的活動において可能な問題
解決の水準」をさし、図中の「ひとりでできる」とは上記引用中の「大人の指導や援助のもとで可能な問題解決の水準」を指します。それゆえ両者のあいだの
「く
いちがいが、子どもの発達の最近接領域を規定」するとなり、上記図の【ZPD】のことを表現しています。
※画像をクリックすると単独で拡大します。
(L.S. Vygotsky, 1896-1934[写真:アー カイブにリンクします])
■アレクセイ(子)・レオンチェフによる、ヴィゴツキー著作集(ロシア語版)の引用をつかった「最近接発達領域」の解説
「私たちはテストやその他の手段によって、子どもの心理発達の水準を判定します。しかしそのさい、子どもが今、何をし、何ができるかを知る
だけではまったく不十分で、明日何をし、何ができ、たとえ今日達成されなくとも、すでに「熟しつつある」過程を知ることが重要なのです。「収穫予想をする
とき、果樹園ですでに熟している果実の量を推計するだけで、まだ熟した実をつけていない木の状態を評価しない園芸家と同じように、すでに熟した面の判定に
限定され、熟しつつある面を無視するような心理学者は、あらゆる発達の内的状態について正確で十分な理解を少しも得られないであろう……」(四巻、262
ページ)。/子どもがまったく独力で課題を解決すると、児童学者たちは、通常そのような場合だけを、自主的解決と見なします。しかし、解決のために誘導質
問や、解決手段の指示などを必要とする子どもがいるのです。模倣が生じるとしたら、それはもちろん「機械的で、自動的な、また無意味な模倣ではなく、理解
に基づいた何らかの知的操作の知性的な模倣遂行」です。模倣——これはまさに、「子どもは独力でやり遂げられなくとも、それを学ぶことができたり、それを
指導や協力の下でやり遂げたりできる……」(四巻、263ページ)ことを意味するのです。ですから「今日子どもが協力や指導の下でできることを、明日子ど
もは独力でやり遂げられるようになる。……我々は、子どもが独力で遂行できることを調べる時、子どもの昨日の発達を調べている。我々は、子どもが協力の下
で遂行できることを調べる時、明日の発達を判定している」(四巻、二六四ページ)のです。/ここで、最近接発達領域とはどういうことであるのか、はっきり
したことと思います。それは、今日子どもが協力の下で遂行できることは(!)明日になると独力で行なえるようになる! ということなのです」(レオンチェ
フ2003:164-165)[/は段落改行]。
● ZDPと人工知能(AI)
"Federated learning (also known as collaborative learning) is a machine learning technique that trains an algorithm across multiple decentralized edge devices or servers holding local data samples, without exchanging them. This approach stands in contrast to traditional centralized machine learning techniques where all the local datasets are uploaded to one server, as well as to more classical decentralized approaches which often assume that local data samples are identically distributed./ Federated learning enables multiple actors to build a common, robust machine learning model without sharing data, thus allowing to address critical issues such as data privacy, data security, data access rights and access to heterogeneous data. Its applications are spread over a number of industries including defense, telecommunications, IoT, and pharmaceutics."-Federated learning.
■雑多な情報
・「自然はもろもろの類似をつくりだす。動物の擬態(ミミクリイ)のことを考えてみるだけで十分だ。しかし、類似を生みだす最高の能力をもって
いるのは人間である」——ヴァルター・ベンヤミン「模倣の能力について」(佐藤康彦訳)
文献
Copyleft, CC, Mitzub'ixi Quq Chi'j, 1996-2099