現場力をどのように研究するか
ローカル・ノレッジとしての〈現場力〉
池田光穂
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現場力をどのように研究するか:ローカル・ノレッジとしての〈現場力〉
我々が日本語とその語感を使って考えてきたように、現場力はきわめて文化特異的な概念でもある。この文化の文脈依存の特異性とは、たんに現地 の文脈から容易に抽出することのできる土着の知識のことではなく、文化の文脈において意味を派生し実践を生むような現地の知識=ローカル・ノレッジ(local knowledge)である。
現地の知識について考察する際に、異なる文化[現場]には異なる知識が存在するという命題を数式を扱うように考えてはならない。文化[現場] と知識のあいだには実践する行為者の存在や環境の媒介機能があることを忘れてはならない。クリフォード・ギアー ツ(1926-2006)が考察したローカル・ノレッジの概念は、専門の人類学者においてすらしばしば行為者の存在や環境の媒介を無視したローカ ルな文化と知識であると誤解される。しかし、同名の彼の論文を注意深く読めば、文化[現場]と知識の単純な直結をギアーツは周到に回避していることがわか る。彼は、ローカルな知を参照点として、その知的想像力を駆使する民族誌や法の理解(=抽象化された知的システムや、一般化と個別理解のせめぎ合いが見ら れる知的法廷における知の操作技法をめぐる議論)のあり方と、その知的源泉としての〈事実知〉や〈具体知〉のダイナミズムについて、考えようとしているか らだ。彼の用語に従うと、場所に関わるわざ(crafts of place)について考えようとしているのである。
「法および民族誌は、帆走や庭造りと同じく、また政治や詩作がそうであるように、いずれも場所に関わるわざ(crafts of place)である。それらは、地方固有の知識(local knowledge)の導きによってうまく作動するといってよい」。 「とりとめのない学識、風変わりな雰囲気そしてそれに加えて人類学と法学が共有するであろうそのほかのものがなんであれ両者はいずれも、まずもって局地的 な事実のなかに広く普遍的な原理をみつけだす職人仕事に属するものといってよい。アフリカのことわざにあるように、まさに、「知恵は蟻塚に発する」のであ る」(ともにギアーツ, 1991, p.290)。[→出典関係]
ここでは、法律家(法の実務家)と文化人類学者(民族誌の制作家)は、[法や文化が具体的に作動する]場所に関する技を習得しているものとして 描かれている。彼(女)は、法や文化の具体的な諸相について検討する時に、ローカル・ノレッジに導かれて仕事をやり遂げることができると言っている。法律 家や文化人類学者にとってローカル・ノレッジとは、これまで私が考察してきた〈現場力〉と言い換えてもよいだろう。
したがって、現場力を英語に翻訳する場合は、Genba-Ryoku と訳すしか、現時点では適切なものが見つからない。もし、上記のことが文化の相違を超えて人間一般に通用する技能や能力として発展させられるものであれ ば、その翻訳は、(1)そこに参与する(in practice)人たちを(2)力づける(empower)もの、つまり(3)技能(faculty)的なるものであるということが記されなければなら ない。
これまでの説明において、技能を所有するという観点や説明を弱めて、コミュニケーション・メッセージそのものないしは、それに与る能力という 観点から考えると現場力によって力づけられるのは、他者のみならず自分じしんであるので、力づけるという他動詞がもつ行為を、自動詞ないしは再帰動詞のよ うに自分に自身にも振り向けるという意味で、力づける[力づけられる]ことの感受性(sensibility)も現場力に含まれてよいかも知れない。それ らを総合すると、現時点での「現場力」の[文化特異的な]英語への翻訳語としては、Genba-Ryoku, empowerment faculty and sensibility in practice ということに落ち着くだろう。
以上のような考察から、現場力について探求する研究は、次のような分野の横断的な協力が必要とされるだろう。心理学、認知科学、哲学、社会 学、文化人類学、生物学、経営学、医学、看護学、福祉学、コミュニケーション科学、演劇学、工学、インターフェイス人文学・人間科学などである。これらの 諸学をどのようにつなげてゆくのか、学際研究における[研究対象ではなく今度は研究の起動=機動力(エンジン)としての]現場力については別稿で論じるこ とにする。
文献
Geertz, Clifford, 1983, Local Knowledge : further essays in interpretive anthropology. New York : Basic Books, 1983(ギアーツ, クリフォード, 1991, 『ローカル・ノレッジ:解釈人類学論集』梶原景昭ほか訳, 東京:岩波書店).
Ong, Walter J., 1982, Orality and Literacy : the technologizing of the word. London:Methuen. (オング,ウォルター J.『声の文化と文字の文化』桜井直文・林正寛・糟谷啓介 訳, 東京:藤原書店).
遠藤 功, 2005, 『図解 現場力』東京:ゴマブックス.
尾崎 新 編, 1999,『〈ゆらぐ〉ことのできる力——ゆらぎと社会福祉実践』東京:誠信書房.
尾崎 新 編, 2002,東京:誠信書房.
尾崎 新, 2002, 「現場の力——「ゆらぐことのできる力」と「ゆらがない力」」, 尾崎新編『「現場」のちから』, 東京:誠信書房, Pp.379-387.
須藤 八千代, 2002, 「ソーシャルワークの経験」尾崎新編『「現場」のちから』, 東京:誠信書房, Pp.24-54.
(いけだみつほ)
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