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遺骨からの呼びかけの声を聞く*

hearing from human remains

池田光穂

これまでの一連のシンポジウムにおいて、私は倫理や道徳を踏み躙ってきた研究者たちの倫理的 欠如について、どちらかと言えば客観的な立場から批判してきました。今日は、そのような現今の不正義な状況を生み出してきた責任に私たち自身も含まれ、私 たち自身の「罪」について考えます。その罪から解放されることは、私たちに対して罪を訴える「声」を聞くことを通して、どのような未来を切り開くことがで きるのかについても考えたいと思います。

2023年7月9日でのシンポジウム「まじゅん、語やびら!!:世界の遺骨返還問題と脱植民 地化を考える」において、みなさんご存知のアメリカ人類学連合から派遣されてきた「遺骨の倫理的扱いに関する委員会(通称 TCETHR)」の方々が登壇されました。シンポジウムの翌日、沖縄県庁内の記者クラブで会見をし、それが新聞等で発表されて、ご存じの方々もいらっしゃ ると思います。私にとって印象的だったのは、委員会の「遺骨が返還されない状態は、そのご遺族や関係者に対して深い心の傷をもたらしている」という的確な 指摘でした。そのような状態を傍観し放置されている状態は、学問の倫理にも反するという趣旨の発言もありました。

その2ヶ月後の2023年9月22日に大阪高等裁判所で、「琉球民族遺骨返還請求控訴事件」 の控訴棄却の判決がなされました。判決では「本件遺骨が控訴人らに帰属する主張」は認められないとしたものです。しかし、結論の部分の「付言」のなかで、 「遺骨の本来の地への返還は、現在世界の潮流になりつつある」と指摘し、返還や移管をふくめ「適切な解決への道を探ることが望まれる」と言い切っていま す。最後に、1929年1月26日当時の『琉球新報』の文言をそのまま引用し、「『無縁塚のべんべん草の下に淡い夢を見ていた骸骨』はふるさとの沖縄に帰 ることを夢見ている——」と締めくくっています。

私は、ここに、それまでの議論において、遺骨の所有権あるいは帰属権をめぐる論争において遺 骨がモノとして取り扱われていたことが、その判決文の最後でまったく違った様相をみせていることに驚きを禁じ得ません。すなわち「骸骨がふるさとに帰るこ とを夢見る」すなわち、モノではなく、なんらかの意思や感情を持った存在であると、この判決文の著者たちは主張しているのです。これは、付言の中とは言 え、驚くべき画期的な事件ではないでしょうか?私にはそう思えます。

私は、かつて自分が管理しているインターネットのウェブページのひとつで、「遺骨はすべから く返還すべし」という日本語で書かれたサイトの英訳に、"Every remain has the rights of being returned"(遺骨は帰還するための権利を有している)と書きました。「遺骨を返還せよ」という呼びかけは、それを不当に所持している人に対する人 間中心主義的なはたらきかけです。しかし、「遺骨は家に帰る権利をもつ」という表現は、遺骨そのものが意思や感情をもった主体であり、一体一体に、その存 在の自己決定権を有したものと認めているように思えてならないのです。誰に所有されていようとも、遺骨そのものに自己決定権をもつ[かも知れない]と言っ ているからです。

じつは以前から、似たようなホームページの標題を私は付けてきたことを思い出します。すなわ ち「今帰仁の骨は泣いている」とか「霊には自己決定権はないのか?」とか「遺骨は自らの帰還を訴えることができるのか?」というものです。このようなアイ ディアは、最初から私の頭の中にあったのではありません。アイヌ人の遺骨返還運動に関係するある文学者の作品からヒントを得ていました。それに刺激されて わたしが作ったページが「平村ペンリウクさんのこと」というもので、そこでは時間も空間もそして民族も異なった過去の時代のアイヌの首長のことを「さん」 づけで呼んでいますが、「さん」と呼びかけたいぐらい、その作品から、近しい存在として現れました。その作品とは、土橋芳美さんの『痛みのペンリウク』と いう長編叙事詩で、2017年に北海道の草風館というところから出版されています。それによると、土橋さんが曽祖父の遺骨が北大に存在することを知り、返 還にいたるまでの紆余曲折——北大はさまざまな法令や「物的証拠」を根拠に素直に返却をしなかった——を経て、「ペンリウクさんの声が聞こえるようになっ た」と述懐します。遺骨ないしはその霊や魂が帰りたいのに帰れずに苦悩しています。

科学者がもつ常識、すなわち「遺骨などが生者を苦しめるのは迷信にすぎない」という常識人の 偏見を、文学や文芸がもつ想像力は、容易に越境し、粉々に破壊します。知念正真(せいしん)さんの戯曲『人類館』(1976年初演)も、最初は、1903 年の第五回内国勧業博覧会の人類館事件という歴史的状況から出発します。しかし、いつのまにか、文化人類学や琉球語研究の立場(=ヤマトの見解)からみた 沖縄の文化の後進性、沖縄人の相貌の「人種」的表現、食生活の違い、1945年の琉球の戦場、方言札の強制など、時間を超越した沖縄人への差別と偏見の有 り様が、めまぐるしく描写されていきます。そして、デウス・エクス・マキーナよろしく、最後には展示されている琉球の「男」と「女」の前で、支配者である ヤマトに雇われた沖縄人の「調教師」が芋と手榴弾を間違えて齧り爆死します。沖縄人の男女の二人は、それは「天罰」だと次のように断言する。「おなじウチ ナンチュのくせからに、ヤマトふーなーして、沖縄を馬鹿にするからだよ、……ウヤウガンス(=ご先祖様)の罰が当たった……人間、生まれ島のことを忘れて しまったら、もうおしまいだよ」。「男」は最後には何食わぬ顔をして、人類館に来館するヤマトの人たちに、人類普遍の原理だと嘯いて「差別はよくない」と 説教する仕事に戻る。「ト書き」にある知念さんの最後の口上は、「歴史が繰り返すように」この物語はじめに戻ると、物語には終わりがないことを断言しま す。言うまでもなく、沖縄を差別と偏見で表象化するプロジェクトは永久運動のように続くのだと、予言しているように思えます。この状況が終わっていないと いうことについては、初演の1975年から半世紀たった現代の私たちも誰も証人になる可能性をもつでしょう。知念さんの予言に終止符を打ちたい気持ち、そ れが倫理というものではないでしょうか?

2018年12月に松島泰勝さんらが京都大学に琉球民族の遺骨の返還を求めて京都地裁に提訴 しました。それに関連したシンポジウムや研究会が翌2019年からはじまりました。2019年暮れから2020年はじめにかけて私はシンポジウムに参加 し、はじめて百按司墓への墓参をいたしました。それが終わってから壺屋のやちむん通りのお店で、お土産の食器を購入したときに、お店の窯元の家族の人と沖 縄にきた理由を話したときに、百按司墓からの遺骨の戦前の盗骨について裁判を支援し、そのことについて研究しているだとお話ししました。その女性は、遺骨 が研究目的で盗まれたことについては、不案内でしたが、ひととおり私の説明を聞いたあとに「なんでそんなひどいことをするんですかね?じぶんのオヤ・キョ ウダイの遺骨が盗まれることを考えると心が痛みます」とおっしゃいました。この驚きと怒りは、「私たちの倫理の徳目」から生まれてくるものではなかったで しょうか?

さてアメリカ人類学連合のタスクコミッションである「遺骨の倫理的扱いに関する委員会」は、 昨年末に『オンラインレポート』を作成しました。その冒頭には、私にとって気になる文言がありました。それは「人類学は、開拓者による植民地主義、海外進 出による帝国主義、奴隷制、そして白人至上主義のなかにルーツをもっている(Anthropology has its roots in settler colonialism, overseas imperialism, slavery, and white supremacy.)」というものです。ただし、この文言は旧聞に属するものかもしれません。日本の民族学・文化人類学の学問のあり方を批判してきた、 先住民運動家やジャーナリスト(あるいは一部の限られた同業の研究者)の人たちには1960年代末から1970年代初頭にはすでに指摘されてきた言葉です 。しかしながら、いつのまにか、この文言は文化人類学の内部では「過激派による批判」であり、「そのようなことをまともに受け入れたら文化人類学などでき なくなる」と、多数派からは一蹴されて、無理やり忘却されてきました。つまり、文化人類学の外部からの——その中には文化人類学の調査対象であった先住 民・先住民族の人たちも含まれますが——「文化人類学のことを何もわかっていない人たちからの非難であり批判になり得ない」と先輩の研究者たちから教えら れてきた言葉でした。これまでの半世紀以上、何度かこの批判の意味を真摯に捉えようとしてきた人類学者は出てきましたが、そのポジジョンはつねにマイノリ ティのままで、議論の主人公になることはありませんでした。しかし、外圧に弱い日本人のメンタリティを共有する私の弱さでもあるのでしょうが、「遺骨の倫 理的扱いに関する委員会」の報告書のなかにこの文言を発見した時に、ナイーブなことに私は文字通り「ショックをうけました」。シェークスピアのマクベス夫 人ではありませんが、自分たちの手が[幻想の中で]血で汚れているのに、幾度洗ってもその汚れた手がきれいにならないような恐怖感を覚えたのです。もちろ ん、その汚れは決して幻想などではなく、現実の歴史にもとづいており、この半世紀のあいだ世界の人類学者たちが、さまざまな世の中の不正義に立ち向かって きたプロセスのなかに事実として確かに認定されてきたものなのです。

「遺骨の倫理的扱いに関する委員会」が、この文言「人類学は、開拓者による植民地主義、海外 進出による帝国主義、奴隷制、そして白人至上主義のなかにルーツをもっている」を再確認するのは、未来の彼らの学問の倫理的態度を定めようとする確固とし た決意表明のあらわれでもあります。その意味で、私たち日本の文化人類学者たちもまた、襟を正して、この歴史的事実に向き合い、私たち自身の学問の倫理的 態度を定める努力をすべきでしょう。どの国の人類学にも、それぞれ固有の汚れた歴史があるからです。

先に、大阪高裁の判決に触れて、遺骨問題解決にむけての新たに生じてきた宿題とは、モノとし ての遺骨の処遇や帰属権の問題だけでなく、霊あるいは魂として死んでしまった人たちと生きている人たちの倫理的関係を考えよというものだったと指摘しまし た。さて、骨の髄までガマフヤーである具志堅隆松さんは、敵味方双方の兵士や民間人犠牲者の遺骨が供養されることなく辺野古埋め立てのための南部土砂の中 に含まれていることを、日本政府・防衛省に対して多くの署名を集め抗議しています。それを具志堅さんは、人々が「二度殺される」と表現しています。この不 正義への抗議の叫びは、言うまでもなく、亡くなっていったすべての霊に対する襟を正す倫理から生まれています。つまり戦争で亡くなったすべての人の声を聞 きなさい、南部土砂を素知らぬ顔で辺野古海上基地の埋め立てに使う政府はその「声」が聞こえない。あるいは耳を塞いでいる。恥を知れ、ということです。今 般のシンポジウムのタイトル、先住民族うしぇーらんけー!![=先住民族をバカにするな!!]に絡みあわせれば、すべての戦没者うしぇーらんけー!!南部 土砂うしぇーらんけー!! 亡くなった人の声うしぇーらんけー!!遺骨問題うしぇーらんけー!!という気持ちに通じるのかもしれません。

私は先住民遺骨問題の根源は、研究者の倫理性欠如のみならず、そのような罪を放置しつづけた 私たちの社会全体の倫理性の欠如でもあると思います。そして、そのような倫理性を私たちの社会が取り戻すためには、まず、自分たち——文化人類学者あるい は外来地からやってきて調査をしてデータをもってかえる研究者全体——の「罪」の種類とその範囲を見定めることにあると思います。

琉球に在留米軍基地が厳然として存在しているように、沖縄には臨戦体制あるいは戦後体制とい う意味でも、この会場にいらっしゃる皆さんには、沖縄は悲しいことに今も戦争状態が続いていることに論を俟たないと思います。ドイツの哲学者カール・ヤス パースは、ナチスドイツに追われた後に、スイスに滞在していましたが、ドイツ敗戦後に元の勤務地ハイデルベルグに戻り、1945年末から1946年はじめ の冬学期にハイデルベルグ大学で、早くもドイツの戦争犯罪について講義をします。今からみれば、しごく真面目な態度で、ナチスが犯した戦争犯罪にドイツ国 民全体が責任を問えるのかを議論しています。そこには、戦争犯罪は戦勝国が自分たちの論理で断罪するために客観的な立場を取れない限界のことも指摘してい ます。しかし、ヤスパースの議論は、敗戦直後のドイツ国民に不評を買い、彼自身は失意のうちに、2年後にスイスのバーゼル大学に転職します。

ヤスパースは、誰の誰に対する罪かという時に、次の4つの次元の罪を考えます。1)刑法上の 罪、2)政治上の罪、3)道徳上の罪、そして、4)形而上の罪、です。そして、その罪を断罪するのは、それぞれ、1)裁判所、2)戦勝国、3)自分の良 心、そして、4)「神」だと言います。最後の神は、いわば超越論的な存在が禁じる罪ですので、状況に依存しない普遍的倫理の「声」というべきものかもしれ ません。ヤスパースにとって重要なのは、法や政治などの領域が介在しない、3)道徳上の罪、と4)形而上の罪にあります。なぜなら、その罪を弾劾する規範 というものは、前二者は、「外からの声」に左右されますが、後二者はともに「内から声」によるものだと言うのです。

遺骨返還の大阪高裁判決後を生きる私たちの課題は、付言にみられる「帰りたいと望んでいる遺 骨」の声——霊能者でなくても我々は内なる自分の声からそれを忖度する能力はあるでしょう——にどのように応えていくのかという、道徳上の罪あるいは形而 上の罪に対してどのような贖いが必要になるでしょうか?英語の贖罪——罪を贖うこと——には redemption とatonement という2つの訳語があるそうです。前者は、奴隷や囚人つまり罪に囚われている罪人を解放すること、あるいはそれに対する支払いを意味し、後者は、神と罪人 の和解、あるいは友好関係の回復という謂があります。罪を認知するためには、それによって苦悩している「遺骨からの声」を聞くことが不可欠です。声を聞い て過去の態度を悔い、そして道徳的にこれからの態度を改め、そして、贖いのために声を発して、それを受け入れてもらわない限り、新しい局面に至ることはで きないでしょう。redemptionとしての、自らの罪から解放されることには「遺骨からの声」という「内なる声」に耳を傾けなくてはいけません。 atonementのために「外からの声」と「内なる声」の間に対話がなりたたなくては、和解や友好関係の回復というものはあり得ません。

と、ここまで述べて、私の頭の上に天からの声が聞こえてきました。このように聞こえます。

「何を呑気なことを言ってるんだ!!! 今もなお戦争状態なのだから、手綱を緩めないことだ。火薬を湿らせてはいけない!!! 敵はいまだに牙をむけて襲い掛かろうとしているかもしれないぞ!! 【ここで『沖縄はいまやイスラエルに滅ぼされつつあるパレスチナになりつつあるのだ!! 』というヤジが聞こえる】そして、これらの闘いにたいして警戒心と準備を怠らないことは、明らかじゃないか?! これまでの戦(いくさ)で亡くなった犠牲者たちの苦痛なる声に応え、それを少しでも癒すための努力をこれからも続けていかなくてはならないんだぞ!!! わかったね!!」

そうです、天からの声のとおりです。開発や「研究のため」と猫撫で声で擦り寄る権力者や人類 学者に対して、嫌なことには「嫌だ」、間違ったことには「間違ってるよ」という、毅然とした態度をこれからも、なおとり続けてまいりましょう。このような 態度は、言うなれば倫理的な徳目のひとつであり、先に紹介したやちむん通りのお店の女性が言った「なんでそんなひどいことをするんですかね?じぶんのオ ヤ・キョウダイの遺骨が盗まれることを考えると心が痛みます」は「私たちの文化における倫理的な徳目」にほかなりません。「研究のためだから仕方がない」 ということにノーと言い、このような正常な倫理を、私たち自身が取り戻し、そして、私たち自身がこの徳目 をさらに鍛え直していく必要があるということです。

*「先住民族うしぇーらんけー!!」2024年3月24日(土)おきみゅー講座室 1430-1730 でのコメント発表用原稿。

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