コッホの[必要]条件
Koch's postulates, Henie-Koch postulates
解説:池田光穂
ローベル・コッホ(Robert Koch, 1843-1910)とゲッチンゲン時代の師ヤコブ・ヘンレ(Friedrich Gustav Jakob Henle, 1809-1885)があきらかにした特定病因説(specific pathogen theory)の原理を示す。ヘンレの理論的影響力を評価して、ヘンレ=コッホ条件と呼ばれることもある。
特定病因説とは、ある疾病には一つの病因が特定されるという疾病理論であるが、すべての病気がその原理にあてはまるわけではない。しかし、細菌 学が主要なパラダイムをもつようになった近代医学の確立期には、特定病因説(特定病因論)は主要な理論をなしており、コッホの条件を証明することは、病気 の治療法を確立するための不可欠な方法であると考えられた。
ヘンレは、(1)伝染性の微生物が起こす病気の実在を証明するためには、(2)病原体が純粋なかたちで分離され、(3)実験動物にそれを感染さ せて病気を発生することができなければならないと考えた。しかし当時[1840〜70年代後半]は、純粋培養の技術が確立されておらず、このアイディア (3原則)は仮説のままにとどまっていた。
1872年のブレフェルトの菌胞子の分離や、コッホ自身による炭疽菌の純粋培養(1876年)、1878年のリスターによる細菌希釈法による純 粋化などの技術を使って、1884年[論文公表時]に結核菌による特定病因説の立証に成功した。
このような一連の発見の背景にあったのがコッホの条件であり、ヘンレのアイディアに加えて次の4つの条件が満たされた時、その微生物がある病気 (感染症)の病原体と特定できると考えたのである。
1.すべての病気の患者にある特定の生物(ここでは微生物)が認められねばならない
2.特定の生物は純粋に分離培養することができ、それは継代——世代を越えて繁殖し続けること——培養される必要がある。
3.特定の生物は感受性のある——ある限られた生物種のみに感染するので病気に罹る可能性があることをこう言う——健全な動物に病気が引き 起こさねばならない。
4.その病気になった動物から同じ生物体が純粋培養で再び分離されねばならない。
コッホの条件は、病気が特定の動物に蔓延しつづけ、病原体と宿主(=動物)が共進化することの一側面を鮮やかに示した点で大きな意義がある。他 方、この考え方への批判は、特定病因論そのものへの批判とすることができ、病原体と宿主(=人間)のより複雑な関係に対する関係への考察を排除することに 繋がったことへも留意すべきである。
したがって、ヘンレ=コッホ条件の存立基盤とは、オントロジカルな鑑別のことをさす。すなわち「ある病人が患っている病気を、その蓋然性の判断にもと づいてあるものAからべつのものBを区分する」ための手続きのことをさす。
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文献
Copyleft, CC, Mitzub'ixi Quq Chi'j, 1997-2099