状況論としての
正統的周辺参加
正統的周辺参加(LPP)理論は、通常は学習(=認知過程)の状況論的アプ ローチであると理解されている。
——その理由はどうしてだろう?
古典的学習理論の立場は、個体が技術と知識を主体的に習得していくことを「学習」と定義する。しかし、そこでは、主体が技術と知識を習得し た時の状況=環境について考慮さていない。その場合の状況とは、環境が個体に与える影響、ならびに個体が環境との相互作用をおよぼすこと、などが含まれ る。
——とすると、状況論というのは、知識と技術の習得がおこなわれる際には、その状況との関連 づけがおこなわれることが重要であるのみならず、その要素が学習にとって不可欠と考える立場のことなのだろうか?
このあたりは専門家の意見を聞かなければならないが、とりあえずそのように理解しておこう。
——状況論の理解においては、主体が保有する内部と外部が論理的に——あるいは観察状況的に ——切り離して考えることができる立場(cognition plus view——レイブ:高木からの引用)と、それは不可分であるという立場(interpretive view——レイブ:高木からの引用)に二分できると思うが?
そうだ。しかし、高木によるとレイブは、さらに第三の立場、状況的社会実践(situated social practice)という立場を表明している。
——なんじゃ?それは?
すでに発表されている高木の論文によると、レイブじしんが明確にはしていないが、煎じ詰めると、先の2つの立場を紡ぎ出すこともまた社会的 実践の中ではじめて生起するのだから——それ以外の外部を想定しない、認知(主体の内部変化)もコミュニケーション(環境を含んだ主体の相互構築)も、社 会的歴史的状況に組み込まれているとみるのだ。つまり主体の外部だけ、主体の内部だけで議論が完結すると考えるアレかコレかという立場に対して批判を投げ かけているのだ。
——それではヴィゴツキー理論の世界と変わらんような気もするが?
そうだ。高木はLPP理論が、ヴィゴツキー理論の用語をLPPの用語で置き換え可能なことを示しつつ、LPPをより理論的に洗練させる方法 論的な含みのある見事な解説をしている。だから私の解説はもう不要だろう。ただ、最後に余計なことかも知れないが、高木は最新の印刷中の論文において LPP理論の論的な限界について興味ふかいコメントをしているので、それも参照すればよいだろう。あ〜、世の中にはクリアに物事を説明できる人がいるもん だ。
——いい加減なことばかり聞かずに、ここではとりあえず、専門家に聞いてみよう!
——ところで正統的周辺参加がおこる「実践共同体」について説明してくれんかのう?
徒弟制にもとづく伝統的職場、近代社会制度としての職場や学校など社会的実践がくりひろげられる場をさす、レイヴとウェンガー(1993) による用語である。人びとは実践共同体において、さまざまな役割を担い行為することで、実践共同体を維持することに貢献する。その際の学習とは、知能や技 能を個人が習得することではなく(学習の古典的定義)、実践共同体への参加を通して得られる役割の変化や過程そのものである。
レイヴとウェンガーは、この種の参加の形式を正統的周辺参加とよび、参加を 通しての技能と知識の変化、周りの外部環境との学習者との関係の変化、学習者自身の自己理解(内部環境)の変化がみられることを明らかにした。したがって 実践共同体では、コミュニケーションにおける情報のやりとりにおいて身体に基礎をおく認知過程がみられ、古典的な学習の概念の限界を露呈することとなっ た。
——うむ?、どこかで聞いた文句ぢゃ?
はいこちらからインポートしました。
——端っこで参加が起こることの意味についてはヴィクター・ターナー(1920-1983)も言っちょらんかい?
はいそうですねぇ、コミュニタス論において構造的局外性(structural outsiderhood)と構造的劣位性(structural inferiolity)について言及しております(v. Turner. The Ritual Process, 1969.)。
【関連用語】 用語集が必要になりました
状況的行為 situated action
エキスパートヘルプシステムを内蔵した複写機における設計と実際のユーザーの齟齬についてのサッチマン(1987)の研究。ユーザー は、手順全体についての設計図をもっているのではない。複写をおこなうという最終的なゴールがあるだけである。ユーザーは、今までの経験やコピー機との相 互作用という限られた認知的資源を用いて、その場その場の文脈における最適と思われる行動を創造している。そのようなありさまを状況的行為と名付ける。
状況的学習 situated learning
状況的認知 situated cognition
【関連する研究者】
M.Cole, J. Wertsch
Engestrom, 1987; Laboratory of Comparative Human Cognition, 1983; Newman, Griffin, & Cole, 1989; Wertsch, 1991:これらはレオンチェフ、ヴィゴツキーなどのソビエト文化歴史理論の再評価するグループ
J. J. Gibsonの生態学的視覚理論(ギブソン, 1985)
【文献】
シリーズ:じっせんきょうどうたい
附 録 用語集
Copyright 1999, Mitsu Ikeda