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ローカル・ノレッジ

local knowledge, (地 方固有の知)

池田光穂

ローカルノレッジあるいはローカル・ナレッジ(local knowledge)とは「ローカルな知を参照点として、その知的想像力を駆使する民族誌や法の理解(=抽象化され た知的システムや、一般化 と個別理解のせめぎ合いが見られる知的法廷における知の操作技法をめぐる議論)のあり方と、その知的源泉としての〈事実 知〉や〈具体知〉のダイナミズム」のことをさす。したがって、この用語は、局所的な知ないしは、文化相対主義的な意味での土着の知のことで はない

クリフォード・ギアーツの論文「ローカル・ノ レッジ:比較論的視点からの事実と法」(1981年 のイエール大学ロースクールでの記念講義、のちに1983年に主タイトルと同じ書名に収載された論文として登場)で、一躍、知識人の間に膾炙した概念。ご く普通の名詞に、ごく普通の形容詞がついたはずの用語だが、ギアーツ(あるいはギアツ)の手に かかると注意してとりかからなければならない用語になったことが重要である。(他の用例に、ディープ・プレイや厚 い記述がある)つまり、クリフォード・ギアツのいうローカル・ノレッジ(ローカル・ナレッジ local knowledge)とは、決して単純に、局所的な知とか、文化相対主義的な意味での土着 の知を直接示しているものではない。

むしろ、ローカルな知を参 照点として、その知的想像力を駆使する民族誌や法の理解(=抽象化され た知的システムや、一般化 と個別理解のせめぎ合いが見られる知的法廷における知の操作技法をめぐる議論)のあり方と、その知的源泉としての〈事実 知〉や〈具体知〉のダイナミズムについて、考えようとしているのである。つまり、場所に関わるわざ(crafts of place)につい て考えようとしているのである。(続きはリンク先でご覧ください→ローカ ル・ノレッジという隠喩の分析

"The locus of study is not the object of study. Anthropologists don't study villages (tribes, towns, neighborhoods ...); they study in villages. " - Clifford Geertz, Thick description, 1973

言い方を変えると、ローカル・ノレッジ(ローカルナレッジ)とは、法廷に おける思慮(フローニシス)のことである。アリストテレス『ニコマコス倫理学』でのフロニーシス(プルデンチア=思慮)について分類(以 下)である。上位には、フローニシス=思慮を「人間についての知的態度(habitus intellectualis circa res humanas)」と説明している。フローニシスは、さらに、3つの領域にわけられ、(1)狭義のフローニシス(ひとりの人間の知恵:unius hominis prudentia)、(2)オイコノミカ(unius familiae prudentia:ある家族的な知恵)、(3)ポリティカ(totius civitatis prudentia: 市民共同体の知恵)に分けられている。ポリティカは、(4)狭義のポリティカ(legis executiva circa particularia:個別の行政手法)、(5)モノセティカ(legis positiua circa universalia:世界に関する立法)。また(4)狭義のポリティカ(個別の行政手法)には、助言(consiliativa)と司法 (judicativa)とわけている。つまり、司法とは、ポリティカにおける活動領域であり、人間についての知的態度であるフロニーシスの一つの領域の ことだからである。

藤井義夫『アリストテレスの倫理学』p.137, 岩波書店, 1949

【引用】梶原景昭訳による(ページ数)

「法および民族誌は、帆走や庭造りと同じく、また政治や詩作がそうであるように、いずれも場 所に関わるわざ(crafts of place)である。それらは、地方固有の知識(local knowledge)の導きによってうまく作動するといってよい」(290)。

(再掲)「法および民族誌は、地方固有の知識(local knowledge)の導きによってうまく作動す る(290)。

「とりとめのない学識、風変わりな雰囲気そしてそれに加えて人類学と法学が共有するであろう そのほかのものがなんであれ両者はいずれも、まずもって局地的な事実のなかに広く普 遍的な原理をみつけだす職人仕事に属するものといってよい。アフリカの ことわざにあるように、まさに、「知恵は蟻塚に発する」のである」 (290)。

(解説)民族誌の知とは、ローカルなもののなかに普遍的なものを見出す《ブリコラージュ》の 作業。

「法を社会的想像力の一種ととら えることに 意義がある」(ギアーツ 1999:387)。つまり、《民族誌も社会的想像力の一種である》

社会的行為を、意味を形造りそ れを伝達す ることとみなす方向に社会理論が移行していること、すなわちウェー バーおよびフロイト(あるいはある解釈によればデュルケーム、ソシュール、G ・H ・ミードも)が熱心に始め、さらに最近大きくなってきた変化は、より標準的な見解の もつ需要と供給の比轍によって与えられたやり方よりもずっと幅のひろい やり方で、われわれが無自覚に行う方法でわれわれがものごとを行っていることの理由を説明する可能性の領野をひらく。この「解釈学的転回」 と呼ばれてきた ものは、人間行動とその所産を「なにごとかに関してなにごとかを述べること」—— 「そのなにごとかは整理され、説明されることを必要とする」——ととらえ ることである。そしてそれは、社会心理学や科学哲学のような実証主義者の拠点にまで到る、文化研究の文字どおりあらゆる領域に関係してきた のではあるが、 法研究においてはいまだ十分な影響を与えていない。実際に法が示す強固な「実用的」 偏りこそが——ここでふたたびホームズ[オリバー・ウェ ンデル・ホーム ズ・ジュニアのことである:引用者]の冷笑的な要約をまねすれば、法廷に近づかぬようにするにはど うすればよいか、そしてかりにそうできなかった場合、ど うすれば法廷で勝ちをおさめられるかーーが法研究を危地に陥らせてしまったのである」(ギアーツ 1999:387)。

(展開)民族誌も、それが示す強固な「実用的」偏りが、民族誌研究を窮地に陥らせてしまう(→「文化批判としての人類学」)。

リンク

  • ローカル・ノレッジという隠喩の分 析▶︎ローカル・ノレッ ジとしての〈現場力〉法・感情・ローカルノレッジ︎︎▶︎クリフォード・ギアツ▶︎︎応用_法人類学フロネーシス(フロニーシス)︎▶︎︎サッチマン『プランと状況的行為』▶︎▶︎︎▶︎▶︎
  • ■実際の文献では……

  • Part 1.
  • 1. Blurred Genres: The Refiguration of Social Thought
  • 2. Found in Translation: On the Social History of the Moral Imagination
  • 3. "From the Native's Point of View": On the Nature of Anthropological Understanding
  • Part 2.
  • 4. Common Sense as a Cultural System
  • 5. Art as a Cultural System
  • 6. Centers, Kings, and Charisma: Reflections on the Symbolics of Power
  • 7. The Way We Think Now: Toward an Ethnography of Modern Thought
  • 8.  Local Knowledge: Fact and Law in Comparative Perspective
  • 【文献】

  • ローカル・ノレッジ : 解釈人類学論集 / クリフォード・ギアーツ [著] ; 梶 原景昭 [ほか] 訳<ローカル・ノレッジ : カイシャク ジン ルイガク ロンシュ ウ>. -- (BA42956538) 東京 : 岩波書店, 1999.9( Local knowledge : further essays in interpretive anthropology / by Cli fford Geertz. -- (BA48307491) New York : Basic Books, c1983)Geertz_Clifford_Local_Knowledge_Further_Essays_in_Interpretive_Anthropology_1983.pdf without password(リンク先のファイルの保証はできません)
  • 藤井義夫『アリストテレスの倫理学』岩波書店, 1949

  • Copyleft, CC, Mitzub'ixi Quq Chi'j, 1996-2099

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