かならずよんで ね!

宗教の淵源をとらえなおす

Recapturing the Abyss of Religion

学説史を思想史的に考えることの意義(第一草稿)

The Significance of Considering the History of Academic Theory from the Perspective of the History of Ideas (Draft I)

池田光穂

R.R.マレット、J.G.フレイザー、W.ロバートソン・スミス、R.H.コドリントン 『マナ・タブー・供犠:英国初期人類学論集』江川純一・山崎亮監修、国書刊行会、978-4-336-07111-8、6,200円(本体)、2023年 3月。

評者らの文化人類学者にとってビクトリア朝時代の 比較宗教学者たちの業績はある種の禁書目録でもあった。例えばロバートソンスミス『セム族の宗教』などは戦前からフレイザーの邦訳で知られる永橋卓介によ り翻訳されていたものの、一九七〇ー八〇年当時の我々の教授や先輩たちは、西洋宗教概念におけるユダヤキリスト教的な神学意識を支える民俗宗教への知見な どは、同時代の「未開宗教」の研究を勉強するに当たって進化主義的で取るに足らないものだとされていたのだ。人類学史がオリエンタリズムやポストコロニア ル理論より様々な形で再考されている現在から見るとまさに滑稽の至りである。しかしながら学説史を当時の時代に遡って思想史的に考える努力を軽視した、素 朴なフィールドデータ中心主義は、今なお評者の周辺においても跋扈している状態なのだ。そのような惰眠を打ち破るのがまさに本書である。話が前後した。紹 介を始めよう。

本書は、ビクトリア朝時代の比較宗教学者のうち、 四大巨頭と断言してよい、コドリントン、ロバートソン・スミス、フレイザー、マレットの著作から江川純一・山崎亮監修により五人の訳者たちによる独自編集 論文集である。本書名が示すように、扱われるテーマはロバートソン・スミス「供犠」、フレイザー「タブー」「トーテミズム」、コドリントン『メラネシア 人』から「宗教」「呪術」、そしてマレット『宗教の閾(シュレスホールド)』である。監修者の一人の江川が的確にまとめるように、それらの理論には、進歩 を進化と見なす誤謬、一九世紀の未開社会を先史時代の社会と見なすアナクロニズム、そして、起源を知ることが事物の本質だと見なす錯認、と言う三つの宗教 研究上の誤りがあったと言う。これらの「誤り」は、マリノフスキー、ラドクリフ=ブラウン、そしてエヴァンズ=プリチャードらによりつとに指摘されてきた ものであり、この翻訳アンソロジーが出版される「つい昨日まで」常識であったものなのだ。したがって冒頭に述べたようにこれらの宗教人類学の古典は読まず に済んでもよいもの、お好きなら自由に読んでよいもの、時間の足らない学生には余計な役に立たない蘊蓄だらから禁書目録に収載すべきものとされたのだ。

確かにマリノフスキーやラドクリフ=ブラウンらに よるヴィクトリア朝時代の比較比較宗教学者たちへの父親殺し(ないしは守旧派パラダイムに対する抵抗)は存在した。しかし、「未開宗教」研究の泰斗であり 今なお大きな影響力を持つエヴァンズ=プリチャード、メアリー・ダグラス、エドマンド・リーチらの英国の宗教人類者たちは、この論集をはじめとするヴィク トリア朝時代の宗教人類学著作に親しみ、それらに通底する思考法、発想法、論証法を自家薬籠中のものとしていた。それゆえ、これらの泰斗らは、それを批判 に乗り越え、宗教人類学の沃野の開拓に成功したのである。現在、彼/彼女らの著作は古典として世界の大学で読み継がれている。つまり、本書の諸論文あるい は論考は、そのような現代の古典を生んだ産みの親である「古典のなかの古典」なのである。

実際にこの論集から評者自身が学んだことは多い。 ヴィクトリア朝時代の宗教学者と影響力のある理論の展開を年表にしてみれば一目瞭然だからである。つまり、原始や未開宗教への英国初期人類学者たちの関心 は、ナチュリズム、トーテミズム、アニミズムと言う宗教概念を形成するドグマの指摘やカテゴリー化から始まり、やがてそれらを形作る供犠、マナ、タブーと 言う宗教実践上の概念を形作る現地における準理論的な概念提唱、そして、世界宗教との比較可能な「最高存在」とは何かに至る道筋を辿った。もちろんこれら の理論的発展は一枚岩ではなく、それぞれの論者が自説の正当性をめぐって相互に議論を戦わせている状況も本を手に取れば容易に知ることができる。

このような素晴らしい論集を手にとることができる 宗教人類学を学ぶ学生は幸せである。もし書店において本を手に取りって眺めている人をみれば、お節介にも、この本の素晴らしさを吹聴するのではないかとい うのが、評者の偽らざる気持ちである。巻末にはそれぞれの訳者たちが簡潔ではあるが微に入り細を穿つ解説がついている。このような論集を企画された監修者 や書肆である国書刊行会にも心から寿ぎたい。

★これは、週間読書人、3486号(2023年4 月)の書評原稿「宗教の淵源をとらえなおす(pdf with password)」の一番最初のヴァージョンの草稿です。後の校正で訂正された内容を含んでいないために、表現等で不正確なことが多いと思われます。正式版は、図 書館等で、点検してください。

+++

Links

リンク

文献

その他の情報

Copyleft, CC, Mitzub'ixi Quq Chi'j, 1997-2099