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坂野徹「ドイツ民族衛生学史研究(1992)」ノート

Dr. Tooru SAKANO's Paper on Rassenhygiene of the Third

池田光穂

『科学史研究』II, 31. 65-70, 1992.は、鈴木善次・松原洋子・坂野徹の共著になる「展望:優生学史研究の動向(II)」のうちの1編、坂野徹による「ドイツ民族衛生学史研究」であ る。ここで坂野のいう、「民族衛生学」は、人種衛生学(Rassenhygiene)のことであるので、引用は適宜、人種衛生学という言葉のほうを優先的 に使う。

65頁 1.はじめに
・人種衛生学(Rassenhygiene)の語源を19世紀末のプレッツとシャルマイヤーにもとめる。
・人種衛生学や優生学が、大量虐殺に関わったことについてはよく知られている。ナチスといえば、人種衛生学や優生学とホロコーストやT4などとすぐに結びつく(→だがそれは本当か?厳密な意味でのリビジョニズムや批判が必要)
・しかし、人種衛生学=優生学の内実についてはあまり知られていない。
・米本のパイオニア的研究(『遺伝管理社会』1989年)
・研究がすすんでこなかった理由のひとつに、ナチ科学=疑似科学というステレオタイプがあったからだ。
・他方、政治研究でも医学倫理研究でも科学史研究でも、ナチスとの「対決」は必要だ。
・ナチ科学は批判されたが、フリッツ・レンツなどは、罪に問われることなく、大学や研究機関に復帰している。
・人種衛生学は人類遺伝学(Humangenetik)として生き残っている(→ヘルマン・ヴェルナー・ジーメンス)。
・人種衛生学に関わった研究者は、自分たちも被害者として演じた(ただし傍証文献はあげていない)
・戦後の人種衛生学の研究は、その時間的経緯にも対応するが3つの位相がある。
1)ナチズムの思想的源流の中に人種衛生学を位置付ける
2)生物学主義の典型としての人種衛生学を位置付けるもの
3)ナチズムと人種衛生学の実証研究
・だが、今日ではワイス(Weiss 1987)らの詳細な研究から、シャルマイヤーはRasse (人種)という用語を被せることを嫌っていたために、あるいは両義的な価値をもったために、人種衛生学の命名は、プレッツに求めるほうがよいようだ。
・ナチスといえば、人種衛生学や優生学とホロコーストやT4などとすぐに結びつく(→だがそれは本当か?厳密な意味でのリビジョニズムや批判が必要)
・非人道的な人体実験に関わらなかった医師や研究者は、免責されて、研究を続けることができた(理由01:戦後復興のために非ナチ化が終われば国家動員さ れること、ペーパークリップ作戦のように実際にリクルートされた。理由02:東西ドイツが分割されて、以降、西ドイツとアメリカで人種衛生学が研究され た)
・人種衛生学は人類遺伝学(Humangenetik)として生き残っている
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2.ナチズムの思想的源流とのかかわり
・コンラート・マルチウス(1955)Utopien der Menschenzüchtung : der Sozialdarwinismus und seine Folgen.でプレッツを紹介した。
・ダニエル・ガスマン,Daniel Gasman(1971) The Scientific Origins of National Socialism: Social Darwinism in Ernst Haeckel and the German Monist League (London and New York: Macdonald and American Elsevier, 1971); Haeckel’'s Monism and the Birth of Fascist Ideology (New York: Peter Lang: 1998→このあたりは、ヘッケルの一元論同盟とナチズムの関係をたどるが、ガスマンの立論は、粗雑で坂野も指摘しているとおりである。
・坂野はそこから転調して、ポリアコフ『アーリア神話』やモッセ『Toward the final solution : a history of European racism』を批判。
・いずれにせよ批判の骨子は、1)少数の人種衛生学者をもって断罪することは問題だ、2)ナチズムの先駆者を探すという訴求主義的歴史観は問題。そして、人種衛生学を人種主義の枠組みで扱うことは問題であると主張。
・人種衛生学の像を単純化してはならないと主張。
・人種衛生学は英米の優生学よりも人種主義的だと錯認してはならない(→「キュール『ナチ・コネクション』」)。
ヘッケルの一元論同盟とナチズムの関係をたどるのは、彼は人種的偏見や、障害者のモルヒネ殺害を推奨した点で、バチカンからも批判されている。
・生物学や遺伝学あるいは進化論などの学問は、人間 の将来の福利に役立てるという意味での、学問の政治化についてはヘッケルその人は自覚していた。反ユダヤ主義的な発言や思考は確実にあった。ハンセン病や 遺伝病の優生学的 排斥には根拠があったことは確実である。しかし、ナチの政権掌握の14年前における当時のドイツ的知識人のがもつ反ユダヤ的な考え方と、ホロコーストや T4計画に組織的に結びつけたナチスの強固な人種差別思想を、ヘッケルが強く持っていたことは証明が難しい。
・ポリアコフ『アーリア神話』やモッセ『Toward the final solution : a history of European racism』を批判しているが、これらの作品は、思想史のものなので、科学史的な観点からみれば「論証が粗雑」になるだろう。だが、著者たちの狙いは、この論文で坂野が目論んでいるものとは異なる次元にあることは明らかだ。
・坂野は「人種衛生学を人種主義の枠組みで扱うことは問題である」と言っているが、ポリアコフの議論は、第三帝国は「アーリア人種」の優越性を信じて「反 セム主義」爆走したのだから、アーリア人のアイデンティティ確立に反セム主義があると、主張しているだけなのだ。つまり、ポリアコフの議論はアーリア人種 の優越性は「劣ったセム民族=ユダヤ人」がいるから保証されるという、一種の民族境界論なのだ。
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3.「生物学主義」の典型
社会ダーウィニズム人種衛生学の研究は、1970年、グンター・マン(Gunter Mann)らがはじめる。
・グンターマンらも、人種衛生学=生物学主義と、反ユダヤ主義・人種差別主義を分けよ、というものだ。
・人種衛生学は、進化論や遺伝学との親和性が強い、つまり合理的に人間を管理しようとする発想。→人種衛生学を「固有」の論理があきらかになった。
・この学派は1980年代以降活発になる。
・このアプローチは坂野によると、「人物中心の個別研究」であるので、制度的・運動史観点が弱い
・人種衛生学と当時の医学との関係がよくみえない。
・英米の優生学は、在野や非専門家により支えられていた?←→ドイツの人種衛生学は専門家との結びつきが強い。
・ナチの社会ダーウィニズムは、医療の専門家との結びつきが強い——ナチの医療政策の一貫として捉えるべき。

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4.新[ら]たな実証的研究
・ドイツ人種衛生学の研究は、1980年代以降活発になる。
・Kudlien, Fridolf.  "Ärzte im Nationalsozialismus". By Fridolf Kudlien (ed.)
・シーラ・ヴァイス『人種衛生学と国家の効率』1987=ヴィルヘルム・シャルマイヤーの研究。シャルマイヤーの理想は、テクノクラート=管理主義論理。 ここには人種主義的排外主義の色彩は認めにくい。ただし、これはナチ=テクノクラート=管理主義論理を単純化する見方であって、それは果たして本当か?
・プロクター「人種衛生学」1988.ナチズム医療の生産的な側面(禁煙、がん対策):科学とナチズムは共存関係にもあった。科学はナチズムの被害者ではない。
・人種衛生学のノーマル・サイエンス化は疑問
・ナチ医学の有機的、全体論的健康観は、評価すべき。

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5.おわりに
・人種衛生学とナチスの医療政策の研究の成熟
・課題として、個別資料の掘り起こしと分析
・人物中心から組織研究へ
・人種衛生学の隣接学問、人類学、人種学、精神医学、公衆衛生学、性科学など、とりわけ人類学と人種衛生学との関連はまだ??
・女性運動と人種衛生学にはまだ未解決の課題がある。とりわけ、優生学と母体保護。
・ナチ医学は、今日の生命操作の技術と人間の倫理の関わりを、我々に教えてくれる
・女性運動と人種衛生学→クラウディア・クーンズ





















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