はじめによんでください

異文化に違和感を覚えるとき

Concept of Transcultural Nursing, 2099

池田光穂

異文化に違和感を覚えるとき

異文化に違和感を覚えるとき、とはどのような場合で あろうか。その事例としてカルチャー・ショック(Culture shock)をあげてみよう。カルチャー・ショックとは、自分の属していない文化的環境におかれた人が感じる心理的—生物学的—社会的ショック (Psycho-Bio-Social shock)のことである。つまり異文化に対する嫌悪やマイナスの驚きが引き起こす心理的衝撃のことだ。このショックには、一時的なものと永続的なものが ある。一時的な症状としては不安、驚き、違和感(違所感)、混乱、最悪の場合には自殺企図などがある。また持続するものとしては、抑鬱、不快、そして文化 的偏見の心証(=文化的一般化)が形成されることなどが認められる。文化的一般化のうち、文化の様式を(当事者の理解とは無関係に)固定的に部外者が決め つけることを「文化的ステレオタイプ」(後述)と呼ぶ。文化的ステレオタイプは、自文化中心主義(後述)から生まれることが多く、また、異文化・異民族へ の差別と偏見の原因になる。個人差も大きくて、幼年期の異文化体験の影響、ジェンダー差もある。

カルチャー・ショックの臨床症状についての、発生メ カニズムや過程のみならず、心理あるいは生物医学的対処法については、それほどよく研究されているわけではない。カルチャー・ショックは、個人の心理経験 として焦点化されることが多いので、それへの対処には、心理的なコーピング、いわゆる心のケアが必要とされる。しかし、異文化への適応や環境変化への予測 を、事前に知らしめておいて、一種の心理的免疫(=心理的レジリアンスの能力)をつけることが可能ということは、よく知られるところである。ただし、 ショックを完全に防ぐことは不可能である。また、カルチャー・ショックを引き起こす引き金は複合的な要因により発生することも分かっている。現場での暑さ /寒さ、不快な匂い、湿気/極度な乾燥、不潔で醜悪な視覚刺激など、身体感覚の五感に直接的に働きかけるものとの関連性が指摘されている。そして深刻な ショック症状については、専門医との相談が不可欠である。言い方を変えると、カルチャー・ショックは異文化がもたらすトラウマ経験と言うこともできる。

自民族中心主義の英語は ethno-centrismで、ウィリアム・サムナーが『フォークウェイズ』(1906)の中で使ったのがその最初だと言われており、複数の民族的集団 である「他者」に対して、彼らは自己の民族とは異なった存在であり、かつ自分たちが彼らよりも優れていると決めつける態度のことをいう。自民族中心主義は しばしば自文化中心主義と呼ばれることもある。自民族中心主義は、異文化の他者に対して暴力的に振る舞うことを容認する危険性もあるので、国際看護の現場 ではとくに周囲の人たちへの注意と観察が必要になる。自分が接している患者や家族は、自分たち同様、互いに慈しみあい人間性豊かなのであるが、その同じ人 たちが民族暴動や宗教対立などで想像もできない暴力性を見せることがある。このような事件は、看護師にとってストレスの原因になると同時に、またその文化 に精通している看護師ですらカルチャー・ショックに陥ることがある。

他方、難民キャンプでの長い生活の中でトラウマ症状 を被っている個人や集団には、さまざまな迫害や過去の経験から、健全な意味での自民族中心主義が剥奪されていることがある。例えば、肌の色や自分が暮らし てきた文化に対する劣等感や自己憐憫の気持ちなど、である。そのような際には、その人たちの民族性や文化に対するよい思い出の話し合いや即興劇や創作活動 などを通して、彼/彼女らの文化的プライドを復権するような文化的活動が求められることも留意しておこう。

Copyleft, CC, Mitzub'ixi Quq Chi'j, 1996-2099

看護人類学入門

池田光穂