はじめによんでください

フィールドワーク研究の倫理

The Elemental Form of fieldworkers' Ethics, 2099

解説:池田光穂

文化人類学と民俗学を中心とした研究倫理について考察します。研究倫理を考える前にフールドワーク研究とはなんぞや?という疑問を持たれる方は、ま ず「解説編」 をご参照ください。ここでは、これから具体的にフィールドワークをするために、すでに倫理申請を前提に、先生(指導教員、メンター、研究代表者(PI)) と、フィールドワークの際の最終的な倫理項目を完全にチェック(✓)しているかを検証するためのルーブリックをお示します(雛形はProgram for Ethnographic Research and Community Studies (PERCS) ,Elon University のものを利用させていただきました[原文]with password /オリジナルサイトのものは現在されて存在しません)[原図:fieldwork_ethics_Elon_PERCS.png]。


α. 体制:研究申請書の展開
β. 行動の実践:フィールドでの行動(ふるまい)
γ. コミュニケーション:自分の仕事を公的なものにすること
A. 正確さ・適切性
□ 1.  研究の基本的題材(トピック)とはなにか?

□ 2.  自己満足的研究になっていないか?

□ 3. サンプリングと参加者の選定

□ 13. 主要な質問

□ 14. 偏向した(バイアスのかかった)研究者

□ 15. 偏向した(バイアスのかかった)情報提供者
□ 24. 信頼と真実性

□ 25. 集会(ミーティング)の参加者の期待


B. 人道的観点
□ 4.  考えられうる危害の予測

□ 5. 方法の選択

□ 6. 情報を提供してくれる人への義務 
□ 16. 信頼関係(ラポート)の確立

□ 17. 行動に関する現地での規範(概念)を学ぶ

□ 18. 定義された悪との交渉——現地で憂慮されていることを知る※

□ 19. モデルとされたりエキゾチックな対象としての参加者

□ 26. 参加者が理解可能な方法で、参加者自身がそこで表現されているか?

□ 27. 本人たちが当惑するようなかたちで、表現されていないか?
C. 情報を与えられた住民・参加者
□ 7. 匿名性と信頼性の度合い

□ 8. 研究者のアイデンティティの表現

□ 9. サンプリングと参加者の選定

□ 10. フィールドワークを実施できるための自己評価

□ 20. 力の格差

□ 21. 私たちは何をどの程度まで(現地の人たちと)約束できるか?
□ 28. 調査がおわったあとで調査に参加した人たちの気持ちが変わること

□ 29. 叙述や描写(=書くこと)における力の格差


D. 必要性・実装可能性
□ 11. フィールドワークを行うモチベーション(自己の動機)

□ 12. 参加者のためのフィールドワークの応用可能性

□ 22. ローカルな知識や求められているサービスについて知る・学ぶ

□ 23. 現地で実装してほしい、あるいは行ってほしいと求められていることについて知る・学ぶ
□ 30. 出版することと、その情報の流布

□ 31. 得られたナマの資料は、他の研究者にも利用可能になるのか


●倫理的ジレンマ演習(PERCSを参 照しましたが、かなり改造してあります)

1)君はカソリック教徒ではない(キリス ト教ではあるが、聖体拝領を認めない一派)が、このカソリックのコミュニティの研究をおこなっている。 たまたま訪れた街で(自分の信仰する宗派についてはなにも語らず)インタビューが終わろうとしていた時に、家の主人に「君は(インタビューの質問が非常に 洗練されていたので)私たち以上にキリスト教によく精通している。さて、私たちの街では今日は夜に特別にミサがあるので、一緒に教会に行って、今夜は家に 泊まっていきなさない」と誘われた。どうやら、そのミサは、通常のカソリックのもので、宗教的にはそれほど面白いものでもなさそうだ。しかし、君は、この ミサに集まる人たちとの会話ができたり、この主人の教会での振る舞いが、自分が採集したデータが、より「厚い記述」として加わるのではないかと期待できそ うである。君は、ミサそのものは終わろうとしていた。家の主人は、とても満足していたので、当然、聖体拝領を受けるものと期待している。さて、私は、自分 の信仰を裏切って、聖体拝領を受けるべきだろうか? 自分の信仰はもともと家族の伝統でありそれほど篤信でもなかった——カソリックを調査対象にしてからは共感も多く感じその知識も十分にあるがカソリックで の受洗は経験していない——ので、偽カトリックとして振る舞うことは十分に可能で絶対にバレる心配もない。唯一の気がかりは、インタビューをして、宿泊ま で提供してくれる家の主人を裏切ることにある。

2)君は大学のスポーツクラブの研究(= 内部のメンバーから「組織」をどのように理解しているのか?というテーマで)をしている。調査同意書を 組織とメンバーから同意を得てビデオエスノグラフィーの記録にとって研究中である。さて、調査に深く関わるうちに、スポーツクラブのメンバーの中のアイデ ンティティが、男らしく振る舞うことに関わる飲酒文化や、女性を性的に対象にする話題などが、インタビューや映像の端々に登場することがわかってきた。こ のことは、クラブの対抗試合での勝利や敗北におけるさまざまな語りや行動の中でも、顕著である。しかし、大学のクラブ管理ルールでは、クラブハウスの中で の集団的飲酒は禁じられており、クラブのメンバーは組織の紐帯を強めるように、Tシャツのマークやテーマソングの選定などフォーマルなクラブの見せ方と、 内部のメンバーのサブカルチャーに関わる「もうひとつ」の意味があることが、ビデオエスノグラフィーによる収集過程でより明確になってきた。もし、このエ スノグラフィーを、大学院セミナーや博士論文の公聴会等で公開すれば、インフォーマントである、このスポーツクラブとメンバーとのあいだで約束した守秘義 務(「許諾の得られたもの以外をみだりに公開しない」)が破られることになる。さて、調査者であるあなたはどうしますか?

出典:Program for Ethnographic Research and Community Studies (PERCS), Elon univeristy. https://www.elon.edu/u/academics/percs/

リンク

リンク

  • フィールドワーク研究の倫理:解説編
  • ギアーツ「捉え難い真理への探求と、人類学 の研究倫理
  • 山口昌男と本多勝一 論争の〈深層〉について
  • 調査研究の倫理について学ぶ
  • 研究倫理(2010年)
  • 日本文化人類学会倫理綱領 (サイト外リンク)
  • 日本民俗学会倫理綱領
  • 日本社 会学会倫理要綱
  • 日本文化人類学史
  • 日本人類学会と日本文化人類学の研究倫理要 綱の比較研究
  • 文献

  • 田代志門・藤原康弘「改正個人情報 保護法は臨床研究にどのような影響を与えるのか」『医学界新聞』第3207号 2017年1月16日
  • ギアーツ「第2章・道徳 的 行為としての思考」『現代社会を照らす光:人類学的な省察』鏡味治也ほか訳、青木書店、2007年
  • 稲賀繁美編『異 文化理解の倫理にむけて』名古屋大学出版会、2000年
  • 稲賀繁美「異文化理解の倫理にむけて」 『人類学的実践の再構築 : ポストコロニアル転回以後』杉島敬志編、京都 : 世界思想社、2001年
  • Center for the Study of CO*Design, 2010-2099


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