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ボアズ『プリミティヴアート』の意味

Franz Boas'  Primitive Art, 1927, An Introduction


池田光穂

書誌案内より:「近代人類学のパイオニアであるフランツ・ボアズは、文化相対主義の概念を導入し、すべての人間集団は遺伝的要因よりも歴史的条件に起因する異なる 方法で平等に進化してきたと主張した。この1927年の研究は、原始(未開)美術の基本的特徴を、対象物や文学、音楽、舞踊の象徴性や様式 を検証しながら、明瞭で平易な言葉で分析しており、大きな影響力をもった。ボアズは主に、アメリカ北西部海岸のインディアンを対象とした広範なフィールド ワークに基づいており、さらにアメリカ大陸、アフリカ、南太平洋全域の工芸品や風習も参照している。トーテムポール、バスケット、マスク、その他の装飾品 など、323点を超える写真、図、図表が、この研究の深さと重要性を示している」

https://books.google.co.jp/books/about/Primitive_Art.html

2つの原理が指針となる、

I.現存するすべての「人種」と文化形態で「心的な 過程は根本的に同じであ」り、

II.「すべての文化的な現象を歴史上の出来事の結 果」として考える(p.3)

章立て 言叢社版、大村敬一訳による

緒言

1 序論

2 芸術の形式的要素

3 具象芸術

4 象徴的意味

5 様式

6 北アメリカ北部太平洋沿岸の芸術

7 プリミティヴな言語芸術と音楽とダ ンス

結論

緒言

1 序論

2 芸術の形式的要素

3 具象芸術

4 象徴的意味

5 様式

6 北アメリカ北部太平洋沿岸の芸術

7 プリミティヴな言語芸術と音楽とダンス

【書評】

正直に言うと私には縁ある書である。1927年刊 行になる本書の原著は1970年代中ごろ私淑した若い大学教師から奨められた本の一冊だからだ。入学したての私に対して彼は本書について興味深いコメント を残した。本書は、後に解釈人類学の祖と言われるようになるクリフォード・ギアツ(1926- 2006)の37歳の野心的著 作、『農業のインボリューション』(1963)を書く アイディアになったものだと。ギアツの書はジャワ中央東部の労働人口圧が文化と生態システムの内向きにむかうユニークな社会現象を分析した比類なき研究 書、伝統農業システムの内旋つまり過剰な人口圧が限られた土地への更なる労働投下を生み農業生産性を限界まで引き上げる過程を描いたものだ。農業生態学と 「未開芸術」がどうして繋がるのか? 理由はわからないが文化人類学とは「ものすごい想像力」を駆使するものだと私は瞬時に魅了されてしまった。

本書の著者フランツ・ボアズ(1858- 1942)は北米派の文化人類学の創始者であり、数 多くの弟子(例えば、クローバー、ローウィ、サピア、ラディン、ベネディクトミードハーストンなど)を育て偉大な父=パパ・フランツと呼ばれた。ボアズは一般には弟子たち に理論化を戒め民族と文化に関する詳細な記述(=民族誌)とその歴史的再 構成や現地語による調査の重要性を強調した。他方で、当時の優生学的人種主義の台頭に対抗 して彼は北米移民の形質人類学的身体計測調査などおこなって、人 間集団の形質的変化の動態ゆえに人種差別には科学的根拠がないことを証明する「行動する人類学者」でもあった。

クワクワカワクのカラスを自らの身体を使って表現するフランツ・ボアズおそらくクワクワカ ワクの人たちが表現する鳥類の身体表現を真似ていると思われるフランツ・ボアズ!

著者自身によって「芸術成長の動態的研究に関する ひとつの研究」と記された本書は、しばしば誤解されるような未開芸術という特殊なジャンルの定立を目論 んだものではなく、むしろ、人間の心的過程である美的表現の普遍性を信じ、芸術表現として顕れる現象は、地理と社会という環境要因の制約を受けながら歴史 的な発展の産物であることを雄弁に語るものである。

本書は、世界の資料を参照にしつつとりわけ彼がもっ とも精通した北米太平洋沿岸北部のクワキウトル(現在はクワクワカワクと表現される)先住民を中心と して、北米の「プリミティブな人々」の素材を中心とした「アート=芸術」に関する美学的形相——言うまでもなく西洋美学を脱中心化する人間のより一般的普 遍的な美的形式——に関する検討という前半部分(第一章〜第五章)と、それらの理論的概念を用いて総合的に解説する後半部分の2つの部分に大別される。後 半部分は、装飾、口頭を中心とした文学、音楽やダンスとの関連のなかで、極めて濃厚な記述と解説を、教養的知識習得を超えたあたかも〈固有の文化への接触 体験〉するかのように楽しむことができる(第六章「北アメリカ北部太平洋沿岸の芸術」および第七章「プリミティブな言語芸術と音楽とダンス」)。ボアズ は、北西太平洋沿岸の先住民の口承伝統に関する広範囲な調査をおこない、とりわけ、インフォーマントでもあったクワクワカワクで育ったのジョージ・ハントと親交を深め、膨大な民族誌記録を残した。

George Hunt, 1854-1933

本書の価値は、訳者の大村敬一により微に入り細を 穿ちきわめて丁寧かつ正確に(=底本ドーヴァー版の対応ページが付されている)翻訳され、またかつ美的 に配慮されて(=評判の悪かった同版からの図版ではなく初版から製版し直している)、詳細な日本語オリジナルの索引がつき、かつ二段組で百ページにも及ぶ 訳者によるボアズの評伝・人類学的思考の特徴・現代思想への影響について詳細に論じられた解説が含まれており、この種の翻訳本ではおそらく世界で最高水準 の出来栄えに仕上がっている。

ギアツは亡くなる五年前に冒頭で触れた自著の邦訳 (NTT出版・2001)に際して序文を載せインボリューション※すなわち(社会にすでに用意されている 個別の芸術的要素が)内向きに洗練凝縮化するこの分析用語を「文化人類学の確立した概念」と改めて我々に解説してくれている。今年生誕百年を迎えた岡本太 郎(1911-1996)をはじめとして「現代芸術」の多くの芸術家の創造の源泉に「未開芸術」がもつ想像力が動員されたことは学術的に「常識」 となっている。しかし、それはボ アズが詳細に論じているように、現代に先行して「未開芸術」があったのではなく両方の活動とも同時代的(コンテンポラリー)に生じている現象であり、そこ に見られる芸術的創造力の共通性や普遍性のほうに人は驚異すべきなのだ。この良質の文化人類学の遺産を芸術のみならず思想に関心をある読書人に是非とも勧 めたい。さまざまなアイディアに満ちあふれた恐るべき書物であり、かつ大いに元気づけられる本なのである。

※インボリューションの用語法の由来は、ボアズの弟子のアレクサンダー・ゴールデンワイザーである。ゴシック建築やマオリの彫刻のように、一定の形態に達しているのに、それでもな お、内部と細部に向かって複雑化をとげることにより進化をとげる文化のパターンである(ギアーツ 2001:201)。

 未開芸術(プリミティブ・アート)に興味を持たれ る方、本職ないしはアマチュアの文化人類学者、さらにはこれから人類学的リテラシーをつけようとする児童・生徒・学生の皆さんにも、お勧めの本であるこ とは間違いありません!


初出:書評:フランツ・ボアズ『プリミティヴアート』(大村敬一訳)言叢社、2011年、『週刊読書人』第2897号、4面、2011年7月15日(この 文章は加筆修正しており、オリ ジナルとは一部が異なります)

(左)翻訳書、(右)原著90-91ページ(ドー ヴァー版)

書誌:フランツ・ボアズ『プリミティヴアート』大村 敬一訳、言叢社、2011年2月刊、546ページ+索引図版リスト107ページ、ISBN-13: 978-4862090355、8,925円


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