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火星の人類学者の方法論入門

The methodology of the Martian Anthropology: An Introduction

池田光穂

 ——「ゼミナールのこのような状況はしばしば、一人の火星人がはじめて地球人の集団に出会い、彼らと理解しようとしているのではないか、という空想を呼び醒ました」(メダルト・ボス 1991:viii)

このページは、自閉症スペクトラム障害(ASD)者 である、テンプル・グランディン氏が、非ASD者との共存を可能にするために身につけた「自分以外の人の生き方を想像する能力」 がいかにして可能になったのかを考えるページである。そして、もし、君がそして私たちが、他者たちの圧倒的な同調圧力にめげずに「自分は自分である」こと を確信し、他者の ことなどを気にせずに平安に、人生の真理をつきつめるためには、「火星の人類学者」 になる努力がいかに大切であるのかを主張するものである。

「著者たちは自閉症者で科学者のテンプル・グラン ディン(1947年生まれ)のライフコースの検討を通して、非自閉症者が多数派を占める社会への適応過程と自らのエンパワメントをもたらす生存の技法につ いて考えようと思う。最初に、自閉症の診断方法の確立から自閉症スペクトラム障害の概念の確立までについての歴史を述べた後に、神経内科医で秀逸な医学的 エッセー作家のオリヴァー・サックス(1933-2015)博士が、「火星の人類学者」を自称するグランディンの研究室への訪問記——それがサックスの同 名の書名タイトルになる——を執筆する物語について検討する。火星の人類学者は、 あたかも(地球の)異文化の世界に住まう人類学者が自分の共感的体験や思いを後回しにして、異民族の振る舞いを模倣することで、まず自分が持つ異文化に対 する違和感を飼い馴らすしてゆくという様を表現したもので、自閉症者のグランディンが非自閉症の地球人——この地上の大多数の人たち——の生活に合わせて ゆく生存の技法そのものを示唆する。グランディンの手法は特殊なものではなく、我々がしばしば抱く社会での生きづらさを、人はどのように克服してゆくのか という知恵を、非自閉症世界の住人——我々のこと——に授けてくれるのである」——火星の人類学者たちの社会的包摂について(共著:池田光穂・竹内慶 至)、Co* Design、3:■-■, 2018年3月(査読有)[印刷中]。

以下に、その論証を示す。

序論

1.自閉症から自閉症スペクトラム障害(ASD)へ

一群の奇妙な人たちに関する記録は、レオ・カーナー の1943年の論文を嚆矢とする。

カーナーは、Kanner, L. (1943), Autistic Disturbances of Affective Contact (pdf), Nervous Child, 2, pp.217-250.において、自閉障害という言葉をはじめて使った。

情動的な接触が自閉により障害される(乱れる)とは どのようなことを意味するのか? それは「発達(development)」と「精神ないしは心の正常/異常(psychotic normal / abnormal)」と交錯するところに登場する。

自閉症(autism)というものが障害から病気あ るいは症候群へと変化してきてきたが、この30年間では、その分類をめぐっておよそ次のような変化がある(→「火星の人類学者」)。

(1)広汎性発達障害(pervasive developmental disorders, PDD):ICD-10, 1990と分類されるもの。これは、広汎性発達障害は、(小児)自閉症、アスペルガー症候群、非定型自閉症およびその他の広汎性発達障害など、の3群にわ けられていた。DSM-III では、幼児自閉症・全症候群存在とされる。次に、

(2)広汎性発達障害(pervasive developmental disorders, PDD):DSM-IV, 1995と分類されるもの。これは、DSM-IV, 1995では、広汎性発達障害(pervasive developmental disorders, PDD)は、自閉性障害アスペルガー障害特定不能の広汎性発達障害(PDD -NOS)に三分類された。PDD-NOSとは、pervasive developmental disorders not otherwise specified のアクロニム(頭文字略号)である。自閉性障害、アスペルガー障害、特定不能の広汎性発達障害は、古典的自閉症の3基準を満たしている。

(3)DSM-IV-TR, 2000. は第4版の改訂版で、基本的にその枠組みが継承された。そして、その13年後のDSM-5, 2013の登場である。

(4)自閉症スペクトラム障害(ASD)の誕生: DSM-5, 2013である。これは、DSM-5, 2013より、上掲の障害(自閉性障害、アスペルガー障害、特定不能の広汎性発達障害)はすべて自閉症スペクトラム障害(Autism Spectrum Disorder, ASD)のなかで包括的表現されるようになる:DSM-5, 2013。なお、スペクトラム概念の提唱者は、アスペルガー派のローナ・ウィング(Lorna Wing, 1928-2014) である。ASDは、古典的自閉症の3基準(1:対人コミュニケーションの永続的な欠陥、2:限局された行動、興味あるいは活動の反復的様式、そして、3: これらの徴候の小児期早期の発現、である)を満たすものとされている(大井 2013:24-25)。

(5)ASDとは、別に社会的(語用論的)コミュニ ケーション障害(Social (pragmatic) Communication Disorder, SCD)が設けられる。これらの用語法の定義以降、現場では(新しい定義から除外されたり、また別のところから加わるという)さまざまな混乱がおこった。

ASDの定義は、科学論的に考えても、診断のラベル を決定することで、適切な社会的ケアと治療手段(=寛解のための方策)を決定することで、病気の客観的な分類や病気の普遍性(=不変性)を意味するもので はない。その扱いと、原因仮説については、社会的ラベルから、生物学的、脳科学的、遺伝的(エピジェネティクスを含む)、心理的、環境的なものまで多様で ある。それらの議論に入ると、ノミナリズムと本質主義のどうどうめぐりに入るので、社会制度的な決定に影響する関する議論を除いては、これ以上議論しな い。

2.自閉症研究とその整理

前節で分類カテゴリーの過去30年間の大まかな変遷 を述べたが、研究の流れとしては、自閉症(ASD)とは何か?から、どのように自閉症と付き合うのか?という研究中心の考え方から、実践を巻き込んだ研究 への姿勢へと変化していった。

70数年間の研究は、おおまかにわけて3つの位相が ある。それらは、漸次移り変わってきたのではなく、重層的に折り重なってきたというのが実情であろう。つまり、

(α)力動精神医学[自我発達論]によるもの、から (β)オペラント学習理論による行動療法、そして(γ)生活療法とよばれる教育や保育実践における自閉者(ASD)との関わりに関する研究である。

3.この発表で考えたいこと

この発表で考えたいことは、次の3つのポイントであ る。その課題と、課題設定にまつわる問題点もあらかじめ提示しておこう。

(a)社会的包摂としてのASDのノーマライゼー ション過程の推進、(b)ASD者を含む異才発掘と、その能力の社会的利用、そして、これがもっとも私が関心のあるテーマであるが、(c)この奇妙な人た ち「火星の人類学者」(テンプル・グランディンの用語)は、どのようにして地球(=この社会)に居場所を見出し、地球人に「承認(recognition)」 (ヘーゲルの用語)され ているのか?である。

(a)社会的包摂としてのASDのノーマライゼー ション過程の推進

基本的なコンセンサスは、みんなが多様性を重視、 尊重し、お互いの存在の承認のもとで共存することが善とされている。もちろん、このようなことを否定する、人類文化の美風に抵抗する人たちもいる(cf. フレッド・ピアス(2016[2015])『外来種は本当に 悪者か?』より、藤井留美訳、草思社)。

(b)ASD者を含む異才発掘と、その能力の社会的 利用

社会が特異な才能のある人に価値を見出し、その利 用を通して社会のイノベーションを試みることは、そのような異能を持たない多数派の正常人(凡庸人とも言う)の有効活用という都合のよい論理である。その ため、そのような異能が利用されない場合や、期待通りの成果が上がらない場合、その人たちに対する価値下落がはじまる。あるいは、ASD者に対して見えな い選別と差別が新たに始まる可能性がある。そのような変動の価値を握るのは、もちろんASD者ではなく、多数派の凡庸人たちである。

(c)この奇妙な人たち「火星の人類学者」(テンプ ル・グランディンの用語)は、どのようにして地球(=この社会)に居場所を 見出し、地球人に「承認」(ヘーゲルの用語)されているのか?

このようなプロセスがわかって、いったい凡庸派の 人たちにいったいどんなメリットがあるのか?という反論があがるはずである。私は、オリバー・サックスによるASD者のひとりであるテンプル・グランディ ンの訪問記「火星の人類学者」の読解を通して、私と私が属する社会の人たちに対して2つの意味を見出した。ひとつは(c-1)ASDが社会的承認をえるた めにおこなっている常人派の人たちのコミュニケーションを理解しようとする実践的努力である。これは文化人類学者が見知らぬ異文化の社会の中で社会的承認 を得るためにおこなう実践の技ときわめて類似していることである(→「異文化理解」)。(c-2) しばしば、フィールドワークで人類学者が学生・院生や一般の人々に、文化人類学がとてもヒューマニスティツクであることを表明する際に主張する「ともに喜 びあい、ともに感情を分かちあう経験」は、文化理解のための必須条件でなくてもよいのではないか、という「予感」である。これらのことを、さらに次章(次 節)で説明する。

4.ASD者が使う自らの存在を非ASD者に「承認」させる技について

火星の人類学者」 (テンプル・グランディン)とは、彼女が地球上で、その居場所を見出すための技——彼女はCD-ROMに例えている(サックス 2001:392)——であり、それは、人類学者が調査対象である異文化の社会の中で調査者として生活しつづけることを現地の社会から承認してもらうプロ セスととてもよく似ている。言い換えると、グランディンは「火星の人類学者」として自分の、この社会(=地球)への適応プロセスを地球の人類学者(でかつ 神経内科医)のオリバー・サックスに自己の方法論を提示したのである。

石川准(1992)は、これまで自己同一化と訳され ることが多かったアイデンティティを「存在証明」と訳している。

5.結論

したがって、グランディンは、自分の認知プロセス (=ASD者がもつ自文化中心主義)の相対化(→「文化相対主義」)を通して、異文化である非ASD者が多数派をしめる地球人の中でよりよく 生きることを実践しているのである。

グランディンが実践する「文化相対主義」とは、静態的で固定的な「文化概念」にもとづく認識論的な相対主義ではなく、他者に対して、自己とは異なった存在であることを容認し、自分たちの価値や見解(=自文化)に お いて問われていないことがらを問い直し、他者に対する理解と(「応 答責任」という)対話をめざす「火星の人類学者」がこの地球上で生きてゆ くための倫理的態度のことをいう。それゆえに、私は、グランディンが会 得している実践ないしは生き方の方法論を「技」と呼んだのである。

ここから派生的に、非ASD者が会得すべき課題が浮 上する。それは、テンプル・グランディンから私たちが学んだこと、すなわち「自分以 外の人の生き方を想像する能力」の陶冶は、すべての人間が会得すべき(命令語法を帯びたような)徳目などではなく、本来の人間に備わってい る能力の一端であることを理解することである。

支配者、主人、権力をもつもの、差別者、ASDをコ ントール可能だと思っている非ASDの人たちは、「自分以外の人の生き方を想像する 能力」がなくても生きてゆくことができる。また、その必要性を日常生活のなかで感じる必要性はないだろう。しかし、被支配者、奴隷、権力を 持たない者、被差別者、そしてASD者たちは、それらと非対称的な関係にある存在者との関係のなかで、必要に応じて「自分以外の人の生き方を想像する能力」を持たざるをえない。つまり、彼/彼女ら 能力は自閉どころか自己の外に向かっているのである。それが自らを閉ざす者という自閉症スペクトラム障害(ASD)の存在のパラドクスである。

「悲劇的な人生 を送らなかった人間がどうして悲劇的な選択をこれほど強調し、内的な衝突に苦しめられている人たちにこれほど共感するのか。彼の答えは簡単だった。『私の 人生は私の見方とは反対である。私はすべての選択は苦痛に満ちていると思うが、選択が自分にとって苦痛だとは思わない』。もしそれが本当だったとしたら、 彼の仕事は、自分自身の人生ではなく、自分以外の人の生き方を想像する能力に 負っていたのである」(マイケル・イグナティエフ『アイザイア・バーリン』石 塚雅彦・藤田雄二訳、315頁、2004)[→「田辺繁治『生 き方の人類学』講談社、2003年:解説ノート」]

特徴
テンプル・グランディン
火星の人類学者
地球の人類学者
動機・出発点
・マジョリティの人たちの気持ちがわから ない


方法論

・マジョリティの人たちの気持ちを情動で 体験するのではなく、彼らの行動観察や言語使用から理解する ・研究対象の人たちの気持ちを情動で体験するのではなく、彼らの行動観 察や言語使用から理解する



・時に「火星の人類学者」も研究対象になる


・自己観察


















・数学が苦手
・自分がマイノリティであることに時間がかかる
・視覚情報を優先する

・重要なインフォーマントである母親に手 紙を書く
・カメラやビデオを使う
・録音機を使う

■余滴:1944年以前のハンス・アスペルガーにつ いて

During World War II, he was a medical officer, serving in the Axis occupation of Croatia; his younger brother died at Stalingrad.[3] Near the end of the war, Asperger opened a school for children with Sister Viktorine Zak. The school was bombed and destroyed, Sister Viktorine was killed, and much of Asperger’s early work was lost.[6] There is some debate as to whether or not he was associated with the Nazi Party.[7][8] Georg Frankl was Asperger’s chief diagnostician until he moved from Austria to America and was hired by Leo Kanner in 1937.[9] - Hans Asperger, https://en.wikipedia.org/wiki/Hans_Asperger

-[3] Lyons, Viktoria; Fitzgerald, Michael (2007-10-05). "Letter to the Editor: Did Hans Asperger (1906–1980) have Asperger Syndrome?". Journal of Autism and Developmental Disorders. Springer Science+Business Media. 37 (10): 2020–2021. PMID 17917805. doi:10.1007/s10803-007-0382-4; [6] ;Attwood, Tony (1997-10-01). Asperger’s Syndrome: A Guide for Parents and Professionals. London: Jessica Kingsley Publishers. p. 11. [7] [N]o evidence that Asperger had directly participated in any Nazi medical crimes. - Donvan, John; Zucker, Caren. "The Doctor and the Nazis". Tablet Magazine.; [8] Silberman, Steve. "Was Dr. Asperger A Nazi? The Question Still Haunts Autism". NPR. ; [9].Silberman, Steve (2015). NeuroTribes: The Legacy of Autism and the Future of Neurodiversity. Avery Publishing. p. 168. ISBN 978-1-58333-467-6.

■ニューロ・ダイヴァーシティ(Neurodiversity

"Neurodiversity is an approach to learning and disability that argues diverse neurological conditions are result of normal variations in the human genome.[->  Pier Jaarsma and Stellan Welin, "Autism as a Natural Human Variation: Reflections on the Claims of the Neurodiversity Movement" (PDF). Linköping University.] This portmanteau of neurological and diversity originated in the late 1990s as a challenge to prevailing views of neurological diversity as inherently pathological, instead asserting that neurological differences should be recognized and respected as a social category on a par with gender, ethnicity, sexual orientation, or disability status." - Neurodiversity

■「神経部族(NeuroTribes)」

神経部族(NeuroTribes)とは、スティー ブ・シルバーマン()による同名の書名のタイトルのことである。シルバーマンは、この自閉症ないしはASDのメタファーとしての「部族」概念については、 同書のなかで詳しく論じているわけではない。ニューロ・ダイヴァーシティの説明(邦訳, Pp.581- および12章)のなかで、新しく登場しつつあるASDへの理解と寛容性を謳ってるのみである。

シルバーマンの著作(邦訳)の章立てを紹介しておこ う:1.クラハム・コモンズの魔術師;2.緑のストローへのこだわり;3.シスター・ヴィクトリンは何を見たのか;4.魅力的な特異性(奇妙さ);5.毒 親の誕生;6.ハイテクのパイオニアとして;7.怪物とたたかう;8.自然界のものをはっきりと二分するのは不可能である;9.レインマン効果;10.パ ンドラの箱;11.自閉空間の中で;12.「脳多様性」の世界をめざして。

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"I should not like my writing to spare other people the trouble of thinking. But, if possible, to stimulate someone to thoughts of his own," - Ludwig Wittgenstein

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