国民国家
Nation State
解説:池田光穂
至高なる領域としての国土(=国家が空間的に占有している領域)を政治的に統治している民(people)が国民(nation)としての統一 性やまとまりをもつ[ないしは、もたせようとしている]国家を、国民国家と呼ぶ。あるいは、国家(state)と国民(nation/ ネーション)が、分かち難く結びついている政治と統治の形態、あるいは、その理想形(ideal type)を国民国家と呼ぶ
それゆえ、国民国家概念は、国民=国家=領土の一致(=三位一体)をもとにする法的擬制のことであり、国民国家という形態は、民主主義ととも
に、常に最善で最良のものではない。経済と文化のグローバリゼーションおよび、世界的規模での移民の存在や、個々の国民国家内における統治の破綻から生じ
る難民の発生は、国民国家という統治方法が限界にきていることは明らかである(ハンナ・アーレントによる誕生の時点から破綻しているという/それは難民の
存在によって裏付けられている:「ハンナ・アーレント「国民国家の没落と人権の終
焉」ノート」)。
国家と国民は主権(sovereignty)をもつことを自ら任じているのみならず、他の国民や国家によって独立性を承認されている国民として の統合性は、民族性(ethnic entity:例、集合的な指標としての「国籍」)や文化性(cultural entity:例、公用語としての言語使用)により境界づけられることもあるが、 国民としての統合性が担保されるかぎり、それらの内実の多様性は権利として認められている。なぜなら国民は市民としての主権=至高性を同時に合わせ持って いるからである。(→「政治的アイデンティティとしての〈地元民〉」)(→「地政学」)
他方で、ネーションは、ステート(国家)という概念の縛りから外れると、その友愛の共同性を回復し、ポテンシャルをもつ概念となる。政治革命運
動の一形態である国民解放戦線(national liberation
front)とは、しばしば、ネーション概念をよく理解できない過去の社会科学者たちにより「民族解放戦線」と誤訳がなされてきたが、ネーションを解放す
るとは、それまでのネーションが誤った共同性によって定義されてきたことを修正し、あらたなネーションを「再想像」することにほかならないからである(→
「民族境界論」)
ネーションは、共同性をもつメンバーシップというイメージももつ。例えば、カナダでは、先住民(先住民族)は、 ファースト・ネーション(first nation)と呼ばれる。それは、カナダの入植に先立つ、カナダの重要な国民であり/あり続けているというカナダ政府の国家的認識を示している。より積 極的には、入植を征服ではなく(=この主張都合のいい入植者の強弁だという批判は常に存在するが)、先住民との交渉や和解し、共存するという多民族・多文 化国家としてのカナダ政府の政治的立場を表していると言えよう。
また、テレサ・ド・ローレティス(Teresa de Lauretis,
1991)は、レズビアンとゲイのための共同体論として、クイア・ネーション(Queer
nation)を提唱したが、ここでの、ネーションは、包括的である(Inclusivity)友愛の共同性を模索する未来への言語として開かれるいう可
能性をもつ(→「クイア理論」)
リンク
文献
Copyleft, CC, Mitzub'ixi Quq Chi'j, 1996-2099