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パラダイム

Paradigm, or The Structure of Scientific Revolutions


池田光穂

パラダイムとは、ある科学のコミュニティのメンバーが共通にもつ考え方の枠組 み、あるいは「常識(=共通の感覚:コモンセンス)」のこと。トーマス・クーン(1962)が『科学革命の構造』の中で定式化して、人口に膾炙した。パ ラ ダイムとは、もともと、文法における品詞の活用を示した表のことである。そこからクーンは、「ルール・法則性がつまった一覧」すなわち、共通の理解や感覚 を、示す用語として転用し、科学者集団は共通のパラダイムのもとに活動して科学的知識の生産に従事していると考えた。このパラダイムを破壊することから 「科学革命(scientific revolution)」は始まる

パラダイムとは、もともとも文法規則による活用表の ようなルールの体系である。革命的変化のない状態を、通常科学(ノーマル)サイエンスという。通常科学においては、学者はまさに品詞の活用 のように、ルー ルにしたがって、それがなんであるかを分析する。そこでは、微妙な問題や、解法の際は、そのようなルールにしたがって解く。したがって、ノーマルサイエン スにおける科学者の営為は、パズル解きのような、既約にしたがった手続きに従う。実験や検証もまた、その考え方の中から導かれる。このパラダイムの発想 は、トーマス・クーン自身の発言によれば、ニュートンの力学(=重力による落下速度は一定)を前提してしていると、アリストテレスの力学(=物体の落下速 度は質量に比例する)がさっぱりわからないというエピソードに代表される(『本質的緊張』『構造以来の道』)。また、野家啓一によると、ウィトゲンシュタインの「アスペクト知覚」の考察(『探究』第二部xi章)——ジャス トロウ図形においてウサギとアヒルの顔が同時に見えることはない。つまり2つの認識の間には跳躍がある——が、その影響を与えたという(野家はハンソンの 「観察の理論負荷」にもこのアスペクト知覚の考察が影響を与えたという)。

革命において、ルールによって解けない問題の発生は 重要であるが、多くの学者たちがそのアノマリーに直面しない限りは、例外として誰も真面目に取り扱わない。しかし、より多くの研究者による「アノマリーの 認識」だらけでにっちもさっちもいかなくなるとき、みんなは手詰まりになる。それをブレイクスルー(かのような)科学的手法や集団が、クーンがいうところ の「異常科学(アブノーマル・サイエンス)である。しかし、アブノーマルサイエンスに、みなが一斉にくら替えすることはまずありえない。科学者集団に対し てアノマリーのインパクトが多く、かつ、多くの科学者集団が、そのアノマリーに取り組まないと革命は進行しない。しかし、それが多数の科学者による集団改 宗の事態になれば、一気にアブノーマルサイエンスは、革命の様相を呈す。Discovery commences with the awareness of anomaly, i.e., with the recognition that nature has somehow violated the paradigm-induced expectations that govern normal science. - Anomaly and the Emergence of Scientific Discoveries

かつてアブノーマルサイエンス(地動説)だったもの が、より改宗者を得て、最初は、中途半端な成果しかえなかったものが、次第に精緻化すると、そのサイエンスはノーマル化への道をすすむことになる。した がって、過去のノーマルサイエンスと、未来のノーマルサイエンスの間のパラダイムのコミュニケーションは不可能であり、両者の間には断絶がある。

パラダイム内における、研究者の間の理解可能な地平 を、通約可能だが、パラダイム間ではコミュニケーションできないことを「通約不可能性」と呼ぶ。パラダイムシフトとは、古いパラダイムの支持(=上掲の挿 絵を「アヒルの頭部」としてみている)から新しいパラダイムの支持(=「うさぎの頭部としてみている」)のように、同時に2つの見解(=解釈)が共存でき ないものように、当事者からみえるらしい。

ざっと、このような説明が、クーンの科学革命の構造 のあらましである。したがって、クーンは、それ以前の、科学的真理はまがりなりにも漸進的に獲得されうるというカール・ポパーらの「反証可能性」の議論とは、そりがあわない。また、クーンの考え方を真面目 にうけると、科学革命を通して、人間は無知蒙昧から叡知あるものへと直線的に進むというわけでもない。あるのは、科学的認識論における断絶だけであるとい う立場をとる。

●パラダイム概念(ウィキペディアのparadigm shiftよ り)

A paradigm shift, a concept identified by the American physicist and philosopher Thomas Kuhn, is a fundamental change in the basic concepts and experimental practices of a scientific discipline. Even though Kuhn restricted the use of the term to the natural sciences, the concept of a paradigm shift has also been used in numerous non-scientific contexts to describe a profound change in a fundamental model or perception of events. Kuhn presented his notion of a paradigm shift in his influential book The Structure of Scientific Revolutions (1962). Kuhn contrasts paradigm shifts, which characterize a scientific revolution, to the activity of normal science, which he describes as scientific work done within a prevailing framework or paradigm. Paradigm shifts arise when the dominant paradigm under which normal science operates is rendered incompatible with new phenomena, facilitating the adoption of a new theory or paradigm.[1:Kuhn, Thomas (1962). The Structure of Scientific Revolutions. pp. 54]
パ ラダイムシフトとは、アメリカの物理学者・哲学者であるトーマス・クーンが提唱した概念で、ある科学分野の基本的な概念や実験方法が根本的に変わることを 指す。クーンはこの言葉を自然科学に限定して使用したが、パラダイムシフトの概念は非科学的な文脈でも数多く使用されており、基本的なモデルや事象の認識が大きく変化することを表している。クーンは『科学 革命の構造』(1962年)でパラダイムシフトの概念を提示した。クーンは、科学革 命を特徴づけるパラダイムシフトと、既存の枠組みやパラダイムの中で行われる科学的作業である通常の科学とを対比させている。パラダイムシ フトとは、通常の科学が支配しているパラダイムが新しい現象と相容れず、新しい理論やパラダイムの採用が促進される場合に生じる。
Kuhn acknowledges having used the term "paradigm" in two different meanings. In the first one, "paradigm" designates what the members of a certain scientific community have in common, that is to say, the whole of techniques, patents and values shared by the members of the community. In the second sense, the paradigm is a single element of a whole, say for instance Newton’s Principia, which, acting as a common model or an example... stands for the explicit rules and thus defines a coherent tradition of investigation. Thus the question is for Kuhn to investigate by means of the paradigm what makes possible the constitution of what he calls "normal science". That is to say, the science which can decide if a certain problem will be considered scientific or not. Normal science does not mean at all a science guided by a coherent system of rules, on the contrary, the rules can be derived from the paradigms, but the paradigms can guide the investigation also in the absence of rules. This is precisely the second meaning of the term "paradigm", which Kuhn considered the most new and profound, though it is in truth the oldest.[2:  Agamben, Giorgio. "What is a Paradigm?]
クーンは、「パラダイム」という言葉を2つの異なる意味で使ったことを 認めている。最初の意味では、「パラダイム」は、ある科学コミュニティのメンバーが 共通に持つもの、つまり、そのコミュニティのメンバーが共有する技術、特許、価値観の全体を指す。もうひとつの意味では、パラダイムは全体 の中の一つの要素であり、例えばニュートンの『プリンキピア』のように、共通のモデ ルや例として機能し、明示的な規則を表し、それによって調査の首尾一貫した伝統を定義するものである。このように、クーンはパラダイムを用 いて、彼が「ノーマルサイエンス(正常な科学)」と呼ぶものの構成を可能にするものを調査することが問題だとする。つまり、ある問題が科学的であるとみなされるかどうかを決定できる科学である。通常の科学とは、一貫し た規則の体系によって導かれる科学を意味するのではなく、逆に規則はパラダイムから導き出されるが、パラダイムは規則がない場合にも調査を導くことができ るのである。これはまさに「パラダイム」という言葉の第2の意味であり、クーンはこれを最も新しく深遠なものと考えているが、実際には最も 古いものである。

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