はじめによんでください

「名指し」行為と人類学

Acting to indicate dominant and ruling people by their name: An anthropological studies

解説:池田光穂

1.「人種やエスニシティ研究において欠落している のは、文化人類学において研究対象となってきた人びとから、支配的存在を可視化する名指しについての検 討である」。この支配的存在とは、白人性の植民地形態(colonial forms of whiteness)であり、この場合の白人性の概念とは「白人の身体から遊離している」。(太田好信、2014年11月15日共同研究会趣旨説明、於: 民博)

2.人類学は研究対象を描くことに専心し、研究対象=先住民が人類学者やその周辺にいる支配者(例:白人、和人など)をどのように可視化し、名指ししてきたのかについての状 況に関して無視してきた。

ヤマトゥ、ヤマトンチュ、ナイチャ(シマクトゥバ[沖縄語])

シャモ、シサム(アイヌ語)

シヌーラ、ラディーノ、カシュラン(マム語・カクチケル語[マヤ諸語])

パケハ(マオリ語)

ハオレ(ハワイ語)[→「多文化主義批判について考える」]

ムズング(スワヒリ語)

3.また、人類学者は研究対象を描く際に、自らを不可視なものとして透明化し、民族誌の中に登場させてこなかった。

4.それらの非対称性を認識したとしても、あるいは、それらの解釈の違いがポジショナリティにもとづくものであったことが分かったとしても、文化人類学は 「変わらない」(かもしれない)。

5.それらのポジションが、力関係によって生まれることの認識が不可欠で、「必然」によって搦めとられた観念を解きほぐす歴史化という作業が必要である。 (グラムシになぞらえて)この歴史化は「「常識」として流布した概念をある歴史状況におけるヘゲモニーの形態として理解すること」をいう(太田 2010:279-280)。

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 クレジット:池田光穂「「名指し」行為と人類学」(旧版の名称は「構想メモ:支 配的存在を可視化する00」を改造したものです)

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