コンフリクトと移民:新しい研究の射程
Social Conflicts of Human Migration Processes: A New Perspective
叢書コンフリクトの人文学〈2〉
池田光穂編『コンフリクトと移民:新しい研究の射程』大阪大学出版会,
340頁 定価(本体2700円+税)ISBN978-4-87259-403-4 2012年
【目次】
序論 コンフリクトと移民−新しい研究の射程
第T部 文化理論
第1章 移民の哲学 (松葉祥一)
第2章 外国労働・構造的暴力・トランスナショナリティ (池田光穂)
第3章 メキシコにおける輸出工業化と移民予備軍の形成 (藤井嘉祥)
第U部 在日状況
第4章 外国人看護婦・介護福祉士候補の受け入れをめぐる葛藤 (奥島美夏)
第5章 ことばの文化の壁を越えて (中村安秀)
第6章 親密な関係の交渉 (山本ベバリーアン)
第7章 「往復する人々」の教育戦略 (志水宏吉)
第8章 外国人労働者問題の根源を考えるためのノート (崔博憲)
第V部 実践研究
第9章 多文化間精神医学の事例研究としてのベトナム−日本 (植本雅治・三浦藍)
第10章 実践的対話手法 (中岡成文・高山佳子・本間直樹)
第W部 研究への誘い
第11章 「コンフリクトと移民」を考えるブックガイド (池田光穂)
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2012年3月30日付けで、大阪大学グローバルCOEプログラム「コンフリクトの人文学国際研究教育拠点」最後の出版物となる叢書『コンフリ クトの人文学』(全4巻、大阪大学出版会)が出版されました。
第2巻:池田 光穂(編) 2012 『コンフリクトと移民----新しい研究の射程』(叢書「コンフリクトの人文学」2)、大阪大学出版会。(目次のpdfはこちら table_contents_sosho2.pdf ) http://gcoe.hus.osaka-u.ac.jp/table_contents_sosho2.pdf
解説:以下はかつて『コンフリクトと移民:その新しい研究にむけて』(大阪大学出版会刊行予定) を企画編集をした時に事務局に提出した出版企画書です。この企画書をもとに、本が編集され、寄稿された論文により、最終的に序論が書かれました(2011 年11月25日-2012年3月30日)
(出版企画書)
企画趣意書(647字) 本巻は、コンフリクトと移民現象に関連づける最新の成果を踏まえて、移民を集合的社会現象としてのみならず、その現象に巻き込まれる人々のアイデンティ ティと、研究者を巻き込んだ実践との間の関係性のダイナミズムとしてとらえ、コンフリクト解消にまつわる新しい射程と、この分野研究の教育実践への還元を 試みるものである。本巻の構成は、第I部から第V部までの5部からなる。まず移民とコンフリクトの理論的布置を示す、第I部 文化理論では、序論につづ き、人種主義や構造的暴力に関する解説と、それに取り組む国際協力体制に論じる。また離散(ディアスポラ)とアイデンティティを問題を論じる現代ユダヤ研 究の最先端のものを紹介することで、移民にまつわるコンフリクト研究が、現在非常にダイナミックな様相にあることを示す。第 II 部 在日状況では、日本における移民にまつわりコンフリクト状況を具体的なモノグラフの記述を通して紹介する5章からなる基幹部分である。それに引き続く 第 III 部 実践研究は、日本とベトナムのあいだを往還する研究班の紹介をとおして、コンフリクトの把握とその解消にむけての具体的な取り組みを立体的に紹介す る。第 IV 部は、研究への誘いと称して、このコンフリクト研究の教育面での意義を強調するための学習文献ガイドである。想定する読者である初学者や大学院生は、この ガイドの導きをもとに、各論文と各論文の間の関係について、比較考量し、各人が依拠する学問的パラダイムの強みと弱みについて、自ら批判的に検討すること が求められる。
総説
コンフリクトと移民現象に関連づける研究は、次の3つの歴史的かつ社会的条件の関係性が明らかになることで格段の発展を遂げた。
(1)17世紀中葉の西ヨーロッパに遡れる国家主権と領土概念の成立(ウェストファリア条約 1648年)。(2)18世紀後半から20世紀初頭までつづいたオーストリア=ハンガリー帝国で形成された多民族連邦国家における国民国家(民族国家 Nation-State)とその共存をめぐるさまざまな自治に関する諸議論やイデオロギーの流通。(3)1955年のアジア・アフリカ会議(バンドン会 議)に採択された反帝国主義・反植民地主義と「国民の自己決定(民族自決 national self-determination)」とそれ以降とりわけ1960年代以降の新興独立国の誕生、である。
この歴史的社会的条件に加えて大量移動手段の開発と普及により、ある特定の領土において国家によって保護されるべき国民が、自発的/非自発的 に政治的/非政治的理由により移動する権利を有し、移動先においてもホスト社会(あるいは国家)によって一定の権利をもちうる可能性を、国際的な人権規約 と当事国同士の互恵性の原則により保証されるという制度的枠組み(レジーム)が揃ったからである。
むろん言うまでもなく、国際的な移民の現状(status quo)が、このような枠組みの理想的な状況におかれていないからこそ、この状態は十分に紛争=コンフリクト状況たり得ると見なされており、その状況に関 する詳細な分析と、その問題解決にむけての実践的研究が必要とされていることは言うまでもない。その意味で移民をコンフリクト現象に関連づけて論じる、こ のような立場は、移民を集合的社会現象とみていることは明らかである。
しかしながら移民する個人や家族に焦点をあてた研究の流れが、他方ですくなくとも過去半世紀にわたって存在している。たとえば、これまでの日 本のブラジル移民研究にみられるような、文化のトランス・マイグレーション後における中長期にわたる同胞組織(日本人会)などが主催する行事や同人誌発行 などの文化的特性の維持と変容に関心をもつような現象の考察である。しかしながら、このようなアプローチは、現在においては旧さを認めざるを得ない。これ まで言われていた文化の同一性(アイデンティティ)の保持や消失のプロセスという集合的現象の一般化からは、その豊かさが十分に把握し切れないうらみがあ る。とりわけユダヤ人ディアスポラ研究の長年の進展と、そのカルチュラルスタディーズからの近年の影響などからみると、移民研究の中に、当事者の語りやア イデンティティに焦点化をするという、新しい潮流があることに我々は気づくはずである。
文化人類学や国際社会学あるいは国際政治学、経済学などでは、移動民は「移動する民」であり、コンフリクトを含めた、それがもたらす文化的社 会的現象、政治的問題、経済的な富の配分などについて研究されてきた。あるいは文化人類学や民俗学などでは「移動する民」からの連想から、漂泊民や採集狩 猟民との比較が行われてきた。しかしながら、冒頭に記したように、移民はきわめて、歴史的かつ社会的現象なるゆえに、移動の有無だけを移民たる資格の弁別 特徴にあげることは、その分析にさまざまなバイアス(偏重)をもたらしたり、移民の類型論化という過度の単純化を派生させたりする。例えば20世紀に顕著 になった移民の原因のひとつである難民を見てみると、まずプロトタイプとしての政治難民(亡命)や戦闘避難民があり、それらを重視する傾向がある。それゆ え(飢餓などの極端な例を除けば)経済難民や自分や家族の経済状況を向上することを目的する不法労働移民などは、国際的な保護を発動するプライオリティが 低くなり、どうしても前者と峻別してみる見方がある。このように「典型的な移民や難民」を想定したり、その理念型を求めたりする手法は、社会科学において は極めて一般的であるが、グローバルなレベルで大量に人が比較的簡便に移動し、かつまた定着とも非定着とも言えない移動性(モービリティ)をもつ新たな現 象が生じている現状では、もはや単一の理念的モデルの把握だけでは不十分なことは言うまでもない。
そこで、移民を人間の移動する現象であることのレパートリーであると拡張して把握することを編者は提案している。つまり、グローバル化のなか で、移動――移動(+)と表現――と対概念になった「移動しないこと」あるいは移動をオプションとして選択するが帰還し定着する場所に対する保守的な執着 を考えてみたいのである。この場合の後者を移動(−)と表現する。それに対して移民・移動の決断が自発性にもとづくが、強制力のように自発的でないかとい う観点は、19世紀末から20世紀に登場した亡命者や無国籍者の発生(H・アーレント)を考える上でも、先に指摘したように近代的なユダヤ人ディアスポラ という現象が、ユダヤ人のみならず、離合集散する民族集団の独調とその未来を考える上でも非常に重要になる。この移動ないしは移動に重きをおく意味の軸 と、移動の要因となる自発性の有無において、現在の世界の「民」の現在を考えてみたのが、下記の【図】である。
この図の4つの象限において、移動の強度も自発性の強度も高いものが、労働移民である。他方、民族の離散(つまりシオニズムと論理的に対偶の関 係にある)の典型がディアスポラである。シオニズムは国家(=主)なきユダヤの民が約束の地に終結しユダヤ人国家を作ろうという政治運動であったが、大国 の中や亡命先で民族の自治をもとめる帰還定着と定住運動は、多かれ少なかれシオニズム的な性格をもつ。それとは、対照的に自発性がない定着化は収容所やア サイラム(難民キャンプ)への入所現象を意味している。これらの象限の間には、移動の強度も自発性/非自発性の強度も希薄な、移動にまつわる社会的カテゴ リーを発見することができる。それらは、それぞれ労働移民の周縁化としての「放浪者(バガブンド)」、ディアスポラの周縁化現象として「流浪難民」や「デ ラシネ」、シオニズムの周縁化つまり自発性をもち移動もおこなうが、最終的に自分の土地に戻ることで移動を楽しむ「観光客」が、アサイラム収容者の周辺化 現象とは、アサイラムやゲットーを出て、指定されたところに「定着する民」か紛争や虐殺などが沈静化された出身地への「帰還者」などがそれに相当する。
コンフリクト解消を模索する本巻の執筆者たちは、このように移動と移民にまつわる現象について、その延長上あるいは逆のモーメントをもつ事態 についてより反省的な立場をとる。なぜなら、移民とそれにまつわるコンフリクトの解消への模索は、移民現象と対照的なさまざまな社会現象と、それらが抱え るコンフリクトの特性についてより自覚することが求められているからである。 本巻の構成は、第I部から第V部までの5部からなる。まず移民とコンフリクトの理論的布置を示す、第I部 文化理論では、序論につづき、人種主義や構造 的暴力に関する解説と、それに取り組む国際協力体制に論じる。また離散(ディアスポラ)とアイデンティティを問題を論じる現代ユダヤ研究の最先端のものを 紹介することで、移民にまつわるコンフリクト研究が、現在非常にダイナミックな様相にあることを示す。
第 II 部 在日状況では、日本における移民にまつわりコンフリクト状況を具体的なモノグラフの記述を通して紹介する5章からなる基幹部分である。それに引き続く 第 III 部 実践研究は、日本とベトナムのあいだを往還する研究班の紹介をとおして、コンフリクトの把握とその解消にむけての具体的な取り組みを立体的に紹介す る。
第 IV 部は、研究への誘いと称して、このコンフリクト研究の教育面での意義を強調するための学習文献ガイドである。想定する読者である初学者や大学院生は、この ガイドの導きをもとに、各論文と各論文の間の関係について、比較考量し、各人が依拠する学問的パラダイムの強みと弱みについて、自ら批判的に検討すること が求められる。
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