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法人類学:仮想シラバス

Introduction to Legal Anthropology

ヘンリー・サムナー・メイン『古代法』1861 年

解説:池田光穂

法の人類学 (anthropology of law, law anthropology)は法人類学(legal anthropology)とも言います。法の人類学は、文化人類学の下位分野で「社会 秩序の通文化的研究」であるということができます。その理由は、法または法律は、社会の秩序を「維持・進展」させるもので、行為に関する言語(→言語行為論)活動から構成されるもので、そのような言語活動は、外部からの強制力[時に内面 から規定することもある]すなわち「司法的権力(legal power)」によって支えられているからです。

さらに、法的権 力(legal power)に、社会的正当性を与える のは、その社会の成員が、法に 従うことが「善いこと/良いこと」という判断、つまり倫理や道徳に支えら れていることが必要になります。倫理や道徳に支えられて、人が動員(=動かされて行為すること)されるこ とを、ヘゲモニー権力が作働していると表現することがあります。法が整備する社会的装置がなければ、〈外部からの強制力=抑圧的権力(oppressive power)〉——具体的 には警察や裁判所が使う権力や物理的力(=暴力)——を発動することができないからです。ヘ ゲモニーとは、人々による合意にもとづいた覇権や支配権のことをさします(→政治人類学)。

このように考え ると、どのような社会でも、〈法的秩序に ついての共通の考え方があり「法的権力を作働させる装 置」としての〈司法(judicature, administration of justice)〉があると主張するのが、法の人類学ないしは法人類学の基本的な考え方です。

法の人類学ない しは法人類学についての、これまでの古典 的な理論は、法を、法理論(=法学, jurisprudence)の観点から考察・分析する立場です。この立場は、法理論の人類学的考察(anthropology of jurisprudence)で、この立場は、 法律学の下位分野である法社会学(sociology of law)——近代社会における実定法や法制度を専ら研究する分野——の通文化研究に近いものがあります。この学問は、長い間、比較法学の伝統の中に位置づ けられてきましたが、〈法のグローバリゼーション現象〉のもとで、非西洋の第三世界の法概念や、宗教と法の一致がつよくみられるイスラム法などの研究を通 して、見直しの機運があり、さまざまな比較法に関する事実の蓄積があります。

他方、法に関す る現場での運用に関する文化人類学研究で は、民族誌学にもとづく研究法とその分析が行われてき ており、こちらは、クリフォード・ギアーツの「ローカルノレッジ(現場での知/局所的な知の適用)」の提唱により、法の人類学的研 究に新たな光が投げ掛けられています。

民族誌学よる通 文化研究法にもとづく、法人類学の古典 は、ブ ロニスラウ・マリノフスキーという人類学者がトロブリアンド諸島の住民について書 いた『未開(=野蛮な)社会における犯罪と慣習』(1926)にはじまります。

しかし、比較法 的発想の始祖は、フランス啓蒙期の思想家 のモンテスキューにあらわれます。しかし比較法研究に おける未開社会(当時「野蛮」な社会と言われており同義)と古代社会の法を、類似の適用形態だと考えた「進化主義的人類学」の成果とその古典としてあげら れるものが、英国の法学者のヘンリー・メイン卿(Sir Henry Maine)の『古 代法(英語)』(1861)があげられます。

※ 法人類学の4つのエポック:【未開法の発見】【法 概念の相対化】【機能主義的人類学】【現代の法人類学[紛争処理過程/法多元主義/移行期正義]】