民主主義の経済理論
A political economy of democracy
"An Economic Theory of Democracy is a treatise of economics written by Anthony Downs, published in 1957. The book set forth a model with precise conditions under which economic theory could be applied to non-market political decision-making. It also suggested areas of empirical research that could be tested to confirm the validity of his conclusions in the model. Much of this offshoot research eventually became integrated into the Public Choice School. Downs' theory abstains from making normative statements about public policy choices and instead focuses on what is rational, given the relevant incentives, for government to do."- An Economic Theory of Democracy(Wiki)
「『民
主主義の経済理論』は、アンソニー・ダウズが1957年に発表した経済学の専門書である。この本は、経済理論を非市場的な政治的意思決定に適用できる正確
な条件を備えたモデルを提唱した。また、モデルにおける結論の妥当性を検証するための実証的研究の分野も提案した。この派生研究の多くは、最終的に公共選
択学派に統合された。ダウズの理論は、公共政策の選択に関する規範的な主張を避け、関連するインセンティブの下で政府が合理的に行うべき行動に焦点を当て
ている。」
1) A two-party democracy cannot provide stable and effective government unless there is a large measure of ideological consensus among its citizens. | 1) 二大政党制の民主主義は、国民の間にかなりのイデオロギーのコンセンサスがない限り、安定的かつ効果的な政府を実現することはできない。 |
2) Parties in a two-party system deliberately change their platforms so that they resemble one another; whereas parties in a multi-party system try to remain as ideologically distinct from each other as possible. | 2) 二大政党制では、各政党は、互いに似通った政策を掲げるように意図的に政策を変更する。一方、多党制では、各政党は、互いにイデオロギー的にできるだけ異なる立場を維持しようとする。 |
3) If the distribution of ideologies in a society's citizenry remains constant, its political system will move toward a position of equilibrium in which the number of parties and their ideological positions are stable over time. | 3) 社会におけるイデオロギーの分布が一定に留まる場合、その政治体制は、政党の数とそのイデオロギー的立場が長期的に安定する均衡状態に向かっていく。 |
4) New parties can be most successfully launched immediately after some significant change in the distribution of ideological views among eligible voters. | 4) 新しい政党は、有権者のイデオロギー的見解の分布に重大な変化があった直後に立ち上げるのが最も成功する。 |
5) In
a two-party system, it is rational
for each
party to encourage voters to be irrational by making its platform vague
and ambiguous. Source: https://bit.ly/3wRhimN | 5) 二大政党制では、各政党は、その政策を曖昧で不明瞭なものにすることで、有権者に非合理的な行動を取るよう促すのが合理的だ。 |
「テキストに合理的選択論が入っていないと、それは政治学を紹介していないということになってし まいます。それが入っていないと、全体像がないということになってしまいます。今は合理的選択論がわからないと政治学者とは言えません。……「ゲーム理論 は、いま進化ゲーム理論が進んでいるのです。最新のアメリカのテキストの中では、合 理性ということには全然こだわっていません。……「従来のゲーム理論は、合理選択の均衡状態のことしか興味がない。……進化ゲーム理論者、どうい うふうに動くのですか、こういうふうに動く、ということに興味がある。「それ(=進化ゲーム理論)は最新でやりすぎです。……。そうそう、それは一年生に 紹介するよう なものではない」。出典:リード、スティーヴン・R.(2004):出典は『書斎の窓』有斐閣の広報誌、No.532, p.4. 2004.
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《旧ページのクレジットは、戦後民主主義 の「失敗」あるいは現代「政治」学入門》戦後民主主義は、自由主義史観*によって蚕食・価値下落・倒壊 されたのだろうか。自由主義史観なんかの生半可な批判よりも、自らの誤った歴史認識によって、戦後民主主義は構成さ れてきたのではないか?あるいは、輝かしい成果を生みながらも、揺るぎないスタンダードな歴史観を持ち得なかった戦後民 主主義(ないしは、それにもとづく史観)は、そもそも最初の前提の中にその「失敗」の種子が含まれていたのではないか?もし、そうだとしたら、戦後民主主 義は「未だ生まれていない」未完のプロジェクトではないのか?戦後民主主義は、御陀仏してしまう前のロートルではなく、いまだ胎盤の中にいるピチピチした 赤子 ではないのか?いまだ生まれていない戦後民主主義に生命を与える作業を、この自主ゼミでは試みよう。(受講学生は「民主主義がなぜよいのか・必要なのか」 という問題をすでにクリアしていることが必 要です)(封建主義者の方には、別の教育プログラム[建設中:リンクしません]を用意しております)
【課題】
(1)政治 経済システムの継承性の問題
日本の政治経済システムは、1945年8月15日を境に根本的に変化したのか?
崩壊したのは戦争機械として機能していた日本の政治経済システムで、軍事中心から経済中 心へと世界ヘゲモニーを目指す流れは、この半世紀変化しなかった。
→これを傍証する証拠は?
→これに反論する証拠は?
(2)民主主義を確立する主体性の問題
戦後民主主義というものは、本当に勝ち取られたものなのか?
なぜある人びとは、天皇の録音による敗戦の知らせを聞いて自殺し、他方でなぜある人びと は解放感を得ることが可能であったのか? 人びとの意識は決して一枚岩ではなかった。そこから、生まれた民主主義はコンセンサスをえるための出発点を欠い ていた。
戦後民主主義は、戦勝国、具体的にはGHQによってもたらされたのであって、その定着に 寄与した左翼政党や戦後のリベラル知識人によってではない。
→あらゆる民主主義はいつも「勝ち取られる」つまり常に暴力的にもたらされるものなの か?
→あらゆる政治システムと同様に、民主主義は確立されたら終わりではなく、それは人為的 に維持されていかねばならない。維持されていかねばならないことにまつわる難問は、生みを苦しみの味わった人とそれを遺産として継承する人との間の「民主 主義に対する思い入れの落差(温度差)」である。このことについて、皆さんの身近な実例を検討しなさい。
(3)民主主義の象徴的——正確には神学的——側面にまつわる問題
「象徴の〜」という形容詞がつく天皇制を定める規則「皇室典範」は、身分差別・女性差別・障 害者差別を謳う憲法や民主主義の原則に違反するものではないのか?
→戦後民主主義者たちは、なぜ天皇制に触れる議論を徐々に避けるようになったのか?
→戦後の保守主義者(戦後の民主主義に敵対した人たち)もまた、天皇制に触れる議論をお こなわなくなったのか?[天皇の親政や制度の讃美は聞かれるが、洗練された政治的議論とは言えない代物であった]
→皇室典範から、身分 制・女性差別・障害者差別に抵触する項目——つまり反民主主義的思 考——があるかチェックしてみよう。
→あるなら、その議論を論証するための別の歴史的な資料を探してこの主張を補強してみよ う。
→ないなら、この上の命題を証拠をもって徹底的に論破してみよう。
→そして、最後の審問「福沢諭吉はレイシスト(人種差別主義者)か?」
[文献]このページを造る原動力になった本、ただし、読んでも上の質問には答えられないでしょう:安川寿之輔『福沢諭吉のアジア認識』高文 研、 2000年
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