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マルクス主義

Marxism before Marx and Engels

池田光穂

"Marxism is a method of socioeconomic analysis that uses a materialist interpretation of historical development, better known as historical materialism, to understand class relations and social conflict as well as a dialectical perspective to view social transformation. It originates from the works of 19th-century German philosophers Karl Marx and Friedrich Engels. As Marxism has developed over time into various branches and schools of thought, there is currently no single definitive Marxist theory." - Wiki-Marxism .

「マルクス主義とは、歴史的発展に対する唯物論的解 釈(史的唯物論として知られている)を用いて、階級関係や社会的対立を理解し、社会変革を弁証法的に捉える社会経済分析の手法(世界観や生 き方)である。19世紀のドイツの 哲学者、カール・マルクスフリードリヒ・エンゲルスの著作に端を発する。マルクス主義は時間の経過とともに様々な分派や思想に発展してきたため、現在で は唯一の決定的なマルクス主義理論は存在しない」ウィキペディア英語の翻訳)。

マルクス主義から生まれた概念のなかには、実践的には「階級闘争(Class conflict, class struggle)」や「革命(revolution)」などの用語があり、理論用語として「批判理論critical theory)」「疎外(Social alienation)」「虚偽意識(False consciousness)」などがある。

歴史的発展 GWF.ヘーゲルから影響を受けた歴史発展論、 とりわけ「歴史の終わり(end of history)※下欄で説明」という用語にみられるように、人類の歴史は(進歩と発展の結果)最終的な頂点をむかえるというビジョンをマルクス主義も受け継い だ。
唯物論(materialism 哲学的存在論(オントロジー)におけ る、人間を含む事物の成り立ちの根源は物質的根拠を持つという信念とそれにもとづく理論構築(=解釈)のこと。ここから唯物論者は物質的根拠を持たない精 神的なもの(例えば、神や超自然的存在、見えないもの、触知できないもの)に存在の根拠を求める立場や信念は、基本的には受け入れない。物質的根拠を持た ない精神的なものを重視する立場は、唯心論(spiritualism)あるいは観念論(idealism)などと呼ばれ、唯物論者とはしばしば論争にな る。ただし、マルクス主義者は、精神のあり方を否定するわけではない。マルクス主義者は、我々の精神はそれを支える物質的根拠があると主張するのである (→「ルカーチとシンプソン家」)。
史的唯物論 (historical materialism) 上掲の歴史的発展と唯物論の考えを合成 すると、唯物論的立場とは、その実践において(マルクスの「フォイエルバッハに関する11のテーゼ」)の11番目の命題「哲学者たちは世界をたんにさまざ まに解釈しただけである。大切なのは世界を変えることなのである」を重視し、唯物論者は歴史的発展の主人公であることを自覚すると同時に、社会を変革して いく必要性を重要視する。マルクス主義者は、その中でも「革命(revolution)」は重要な活動とみなしている。
階級(social class
上流、中流、下層階級ということばは、 日本語でもよく使われるが、その際に、その言葉の使い手は、本人や家族の所得すなわち経済階級にもとづいて階層間の違いを説明する。マルクス主義において は、下層階級である労働者階級(プロレタリアート)が、(生産手段をもつ)資本家に雇用されて、労働をする(=「労働力商品」を売る)ことでのみしか賃金 を稼げない。そのために、マルクス主義のプログラムでは、生産手段を資本家からすべての労働者に「取り戻し(=生産手段の共有という)」、すべての社会階 層が、労働を通して等しく対価うけるシステムを構築することを目的とする。このような社会状況が、先の史的唯物論のアイディアと結びつくと、生産手段の共 有のみならず、やがて生産物の共有が実現され、経済的格差がなくなり、すべての人に富が共有される社会が訪れると想定する。そのため、マルクス主義は、し ばしば、共産主義(communism)と同一視される。
弁証法(dialectic
もともとは古代ギリシャ哲学における問答法のことを意味した。ソクラテ スの問答法は、対話相手に「それとはなにか?」と質問しつづけ、回答者が答えるうちに最後には最初の返答の矛盾した答えを導きだし、回答者に最初の前提を 疑うこと(=否定する)を促した。ヘーゲルは、セクストスのピュロン主義(懐疑主義)の研究を通して、哲学における独断論や不可知主義と対決するために、 否定のなかに肯定のチャンスが生まれてくる可能性を模索した。ヘーゲルの存在論では、人間を含む事物は、メタボリズムにより自己を外界にあわせて変化さ せ、自己の再生産して同一性を確保するものだと考えられている。そのため、精神のみならず(=ヘーゲルは観念論者である)成長変化するもののには(否定の 作用を通して)他のものになりつつ同一性を保つこと、すなわち「対立の統一」という考え方がある。ヘーゲル主義者は、フィヒテの用語を借りて、ヘーゲルの 弁証法には、定立・反定立・総合の論理の組み立てがあると主張する。マルクス主義では(唯物論の構図により)物質の条件が精神に影響を与えて、人間の精神 構造を規定する。マルクス主義者は、ヘーゲル主義者のように精神(=自己意識)の内的関係として弁証法をみるのではなく、我々の社会のなかの関係性がなん らかの実在的根拠(=管理職と社員の間では命令と服従の関係があり、それが賃金や処遇の関係に反映されているはずだ)をもち、それらの関係性における弁証 法が可能であると考えるのである。ルカーチはそれを「真の本質的な相互作用は歴史過程における主体と客体との 弁証法的関係である」と言う言葉で表している。
歴史のおわり(End of history
歴史の終わりとは、ある特定の政治的、経済的、社会的システムが発展 し、それが人類の社会文化的進化の終点となり、人類の政府の最終形態となると仮定する政治的、哲学的な概念である。ユートピア』のトマス・モア、ゲオル ク・ヴィルヘルム・フリードリヒ・ヘーゲル、カール・マルクス、ウラジーミル・ソロヴィヨフ、アレクサンドル・コジェーヴ[1]、そして1992年の著書 『歴史の終わりと最後の人』のフランシス・フクヤマなど、様々な著者が特定のシステムが「歴史の終わり」であると主張してきた[2]。

歴史の終わりという概念は、様々な宗教で表現される世界の終わりという考えとは異なり、地球や地球上の生命が完全に破壊され、人類が滅亡することを予言す るものである場合がある。歴史の終わりは、社会、統治システム、経済がこれ以上大きく変化することなく、人間の生活が未来に向かって無限に続く状態を提唱 している。

歴史の終わりというフレーズは、1861年にフランスの哲学者であり数学者であるアントワーヌ・オーギュスタン・クルノによって「市民社会の完成に伴う歴 史的ダイナミックの終焉を指すために」初めて使われた[4]。「アーノルド・ゲレンは1952年にそれを採用し、ハイデガーとヴァティモによってより最近 になって取り上げられた」[4]。

「歴史の終わり」の思想の形式的な発展はヘーゲルと最も密接に関連しているが、ヘーゲルはこの思想を曖昧な言葉で論じ、そのようなことが確実であると考え たのか単なる可能性であると考えたのか不明にしている[5] 歴史に関するヘーゲルの哲学の目的は、歴史が理性の実現のプロセスであり、そのために彼は明確な終点を名指さないことを示すことであった。ヘーゲルは、一 方では時間の経過に伴う発展において本質的に理性が存在することを示すことが歴史の課題であると考え、他方では歴史自体も時間の経過に伴う理性の発展とい う課題を持っていると考えた。歴史の実現はこのように観察できるものであるが、同時に能動的な課題でもある[6]。

現代の言説において、歴史の終わりという概念とよく結びつけられているのが、フランシス・フクヤマの名前である。1989年のベルリンの壁崩壊の数ヶ月前に発表された論文『歴史の終わり?この論考は、後に1992年に出版された『歴史の終わりと最後の人(The End of History and the Last Man)』 の中で、ヘーゲル、マルクス、コジェーヴの知見に基づき、さらに発展させたものである。このエッセイは、その最も重要な競争相手であるファシズムと共産主 義が敗北した今、自由民主主義と市場経済にはもはや深刻な競争は存在しないはずだという考えを中心に据えている[8]。

彼の理論において、フクヤマは物質的あるいは現実の世界と思想あるいは意識の世界とを区別している。彼は思想の領域では自由主義が勝利していることが証明 されていると考えている。つまり、成功した自由民主主義と市場経済がまだどこでも確立されていないにもかかわらず、これらのシステムに対する思想的な競争 相手はもはや存在しないのである。このことは、人間の生活におけるどんな根本的な矛盾も、現代の自由主義の文脈の中で解決することができ、解決するために 別の政治経済構造を必要としないことを意味する。歴史の終焉を迎えた今、フクヤマは、国際関係は経済的な問題に主眼を置き、政治や戦略とは無縁のものとな り、大規模な国際暴力紛争が起こる可能性は低くなると考えている。

フクヤマは歴史の終わりは悲しいものになると結論付けている。なぜなら、人々が命を賭ける覚悟で行っていたイデオロギー闘争の可能性は、今や「経済計算、 技術問題の果てしない解決、環境問題、洗練された消費者の要求の満足」の見込みに取って代わられているからである[9]。 これはフクヤマが現代の自由民主主義が完璧な政治体制であると考えているということではなく、他の政治構造によって市民に自由民主主義のように富と個人の 自由を提供できるとは思っていない[10]ということである。
「虚偽意識(False consciousness マルクス主義理論において、虚偽意識とは、資本主義社会におけるプロレ タリアートや他の階級関係者を惑わし、階級間の社会的関係に内在する搾取を隠蔽すると言われる物質的、思想的、制度的過程を説明する言葉である。 Friedrich Engels(1820-1895)は1893年にFranz Mehringに宛てた手紙の中で、従属階級が支配階級のイデオロギーを意図的に体現するシナリオを扱うために「誤った意識」という言葉を使った。 Engelsはこの意識を「誤った」ものとしており、その階級が自分に利益をもたらさない目標に向かって自己主張をしていることによる。この文脈における 「意識」は、階級が政治的に識別し、その意志を主張する能力を反映している。従属階級は、社会で主要な役割を果たし、思想と行動が十分に統一されているた めに、その意志を主張することができれば、意識的である。
疎外(Social alienation 社会的疎外感とは、友人や家族、あるいはより広い社会など、その人が親 和性を持っている集団から切り離されたと感じることである。このような疎外感は「(1)統合や共通の価値観の程度が低く、(2)個人間、または(3b)地 域社会や職場環境における個人と集団の間に高い距離や孤立が見られる社会関係の状態(列挙)」として説明されてきた。古典的・現代的な複数の理論家によっ て開発された社会学的な概念である。この概念は多くの分野ごとに使われ、個人の心理状態(主観的)にも社会的関係の一種(客観的)にも言及されることがあ る。マルクスは当初青年ヘーゲル派に属し、フォイエルバッハと同様に精神的根拠を否定し、ヘーゲルの弁証法モデルを(歴史的)唯物論に適応させた。マルク スの疎外論は、1844年の『経済学・哲学手稿』と『ドイツ・イデオロギー』(1846年)で最も明確に表現されている。若い」マルクスは、「成熟した」 マルクスよりも頻繁に、そして直接的に疎外について書いており、これをイデオロギーの断絶とみなす人もいれば、この概念が中心であり続けたと主張する人も いる。構造主義者は、一般に、哲学的・人類学的(マルクス主義的)な概念(例えば、自己からの内部疎外)から構造史的解釈(例えば、労働の占有による外部 疎外)への移行があり、それに伴って、用語が疎外から搾取、商品フェティシズム、再定義へと変化したと考えている。マルクスの疎外概念は、コスタス・アク セロスによって、経済的・社会的疎外、政治的疎外、人間的疎外、思想的疎外の4種類に分類されている。
批判理論critical theory 批判理論(critical theory)とは、社会の中にある(あるいは「そう考えられる」)権力構造に着目して、それを暴き、それに対して挑戦していく内省的態度と社会実践が セットになった社会哲学(social philosophy)のことである。社会哲学(social philosophy)とは、社会と社会制度に対して批判的態度をもって、経験主義と倫理的な概念をつかって社会のなかに埋め込まれた行動(=社会行動) について考える学問である。批判理論は、文学などの芸術のなかに、社会階級や権力性があることを指摘する(=発見する)文芸批評や、マルクス主義の階級意 識への発見と、それに対して自覚的になろうとする、マルクス主義、とりわけフランクフルト学派のヘルベルト・マルクーゼ(Herbert Marcuse, 1898-1979)、テオドール・アドルノ(Theodor Ludwig Adorno-Wiesengrund, 1903-1969)、マッ クス・ホルクハイマー(Max Horkheimer, 1895-1973)、エーリッヒ・フロム(Erich Seligmann Fromm, 1900-1980)、ヴァルター・ベ ンヤミン(Walter Benjamin, 1892-1940)らの主張に由来する。
革命(revolution 政治学において革命(ラテン語:revolutio、「好転」)とは、 政治権力や政治組織における根本的かつ比較的突然の変化のことであり、一般に認識されている抑圧(政治的、社会的、経済的)や政治的無能のために、国民が 政府に対して反乱を起こした際に発生するものである。革命は人類の歴史を通して起きており、その方法、期間、動機となるイデオロギーは様々である。革命の 結果には、文化、経済、社会政治制度における大きな変化が含まれ、通常、認識された圧倒的な独裁や専制政治に対応するものである。何が革命を構成し、何が 革命を構成しないかについての学者の議論は、いくつかの問題を中心にしている。革命に関する初期の研究は、主にヨーロッパの歴史上の出来事を心理学の観点 から分析していたが、より近代的な研究では、世界的な出来事を含み、社会学や政治学などいくつかの社会科学の観点が取り入れられている。革命に関する数世 代にわたる研究は、多くの競合する理論を生み出し、この複雑な現象に対する現在の理解に大きく寄与している。
階級闘争(Class conflict, class struggle 階級闘争、階級戦争とも呼ばれる階級紛争は、社会階級間あるいは貧富の 差による社会経済的な競争によって、社会に存在する政治的緊張や経済的敵対関係のことである。階級闘争の形態としては、資源や安価な労働力をめぐる戦争、 暗殺や革命などの直接的暴力、貧困や飢餓、病気や危険な労働条件による死などの間接的暴力、失業の危機や投資資本の引き揚げ(資本逃避)などの経済的強 制、あるいは政治文学による思想的なものなどがある。さらに、階級闘争の政治的形態としては、合法・非合法のロビー活動、議員への贈収賄などがある。社会 的階級闘争は、対応する労働組合の交渉力を弱めるために雇用者が従業員を産業的に締め出すといった労使間の紛争のような直接的なものと、不当労働行為、低 賃金、劣悪な職場環境に抗議する労働者の生産の減速のような間接的なものがある。カール・マルクスとミハイル・バクーニンの政治・経済哲学において、階級 闘争は、社会的多数派である労働者階級のための根本的な社会政治的変化をもたらすための中心的教義であり実践手段である。

1817 ヘーゲル、エンチクロペディー( Enzyklopaedie der philosophischen Wissenschaften、1817年、1827年、1830年)小論理学、自然哲学、精神哲学

1818 ヘーゲル、ベルリン大学教授に就任。カー ル・マルクス生誕。

1820 フリードリヒ・エンゲルス生誕。

1821 『法哲学(綱要)Grundlinien der Philosophie des RechtsElements of the Philosophy of Right』(『法 の哲学』)の刊行

1823 ヘーゲル学派の形成がはじまる

1827 フランスのパリに旅行、その帰途、ヴァイ マルでゲーテを訪ねる

1829 プロイセン王フリードリヒ・ヴィルヘルム 3世によってベルリン大学総長に指名

1831 11月14日コレラにより急逝

1832 宗教哲学(講義)(ドイツ語: Vorlesungen über die Philosophie der Religion、1832)

1833-1836 哲学史(講義)(ドイツ語: Vorlesungen über die Geschichte der Philosophie、1833-1836)

1835-1838 美学(講義)(ドイツ語: Vorlesungen über die Ästhetik、1835–1838)

The Philosophy of Fine Art, volume 1 (of 4), by G. W. F. Hegel

CHAPTER III THE BEAUTY OF ART, OR THE IDEAL, A. THE IDEAL SIMPLY, OR AS SUCH

"Conversely we may exclaim that art gives to her forms the dilation of a thousand-eyed Argus, through which the inward life of Spirit at every point breaks into view. And not merely is it the bodily form, the expression of countenance, the attitude and demeanour which thus avails; the same appearance is everywhere visible in actions and events, speech and voice-modulation, in short, under every condition of life through which it passes, and under which it is possible for soul to make itself recognized in its freedom and ideal infinity." p.211, 1920, The Philosophy of Fine Art, volume 1

B. THE DETERMINACY OF THE IDEAL II. THE ACTION  (1. The universal World-condition, 2. The Situation) 3. The Action

"For with us moderns it is the concrete subjectivity alone, for which we, in the representations of art, feel that profounder interest, wherein abstractions such as these do not appear in their isolation, but are made to appear merely as phases or aspects of human character, whether we regard it in its particularity or as a concrete whole. In much the same way the angels possess no essential[Pg 299] universality and self-subsistency such as characterize Mars, Venus, and Apollo, or even Oceanus and Helios. They are, it is true, objects of imaginative conception, but their specific character is that of vassals of the one Divine and essential substance, which is not in this case broken up into self-subsistent individualities, as we find it in the Greek Pantheon. For this reason we have here no imaginative vision of many objective powers dwelling in a state of tranquillity, which may be represented as essentially Divine personalities. We find, on the contrary, the essential content of such either as subsisting in the Godhead, or realized in a mode which is both particular and subjective in wholly human characters and actions. Nevertheless it was precisely in the conception[342] of self-subsistency and individualization that the ideal representation of the gods originated." p.299, 1920, The Philosophy of Fine Art, volume 1

The Philosophy of Fine Art, volume 2 (of 4) by Georg Wilhelm Friedrich Hegel

1838, 1840 歴史哲学(講義)(ドイツ 語: Vorlesungen über die Philosophie der Geschichte、1838年、1840年)(→Hegel’s Philosophy of History)英訳フルテキスト

1841 マルクス「デモクリトスの自然哲学とエピ クロスの自然哲学の差異」学位論文提出。フォイエルバッハ『キリスト教の本質』第1版(2年後に第2版)

1842 マルクス『ライン新聞』主筆(〜1943 年3月)

1844 マルクス、ルーゲと共に『独仏年誌』を発 行。『経済哲学草稿』執筆。その後エンゲルスと邂逅、意気投合する。

1845 

マルクス、パリを追放されブリュッセルに移る。エン ゲルス『イギリスにおける労働者階級の状態』。 5月ころ「フォイエルバッハに関するテーゼ」執筆(世に出るよう になるのは1888年)。「ドイツイデオロギー」執筆。『聖家族』

1847 マルクス『哲学の貧困』

1948 マルクスとエンゲルス『共産党宣言(共産 主義者宣言)』

1949 マルクス「賃労働と資本」

1850 エンゲルス『ドイツ農民戦争』

1852 マルクス「ルイ・ボナパルトのブリュメー ル18日」

1857-1858 マルクス『経済学批判要綱』執筆

1867 マルクス『資本論』第1巻

1875 マルクス「ゴータ綱領批判」

1878 エンゲルス「反デューリング論」

1883 マルクス死去

1885 マルクス・エンゲルス『資本論』第2巻

1888 エンゲルス「ルードヴィッヒ・フォイエル バッハとドイツ古典哲学の終焉」

1895 エンゲルス死去

From Montaigne to Marx

モンテーニュからマルクスへ2018

  • Montaigne, 1533-1592
  • Thomas Hobbes, 1588-1679
  • John Lock, 1632-1704
  • Henri de Boulainvilliers, 1658-1722
  • Bernard de Mandeville, 1670-1733
  • Montesquieu, 1689-1755
  • Francis Hutchinson, 1694-1746
  • David Hume, 1711-1776
  • Denis Diderot, 1713-1784
  • Jean-Jacques Rousseau, 1712-1778
  • Adam Smith, 1723-1790
  • Edmund Burke, 1729-1797
  • Condorcet 1743-1794
  • Jeremy Bentham, 1748-1832
  • Maximilien de Robespierre, 1758-1794
  • Claude H. de R. Saint-Simon, 1760-1825
  • Bonaparte Napoleon, 1769-1821
  • Georg Wilhelm Friedrich Hegel, 1770-1831
  • Alexis de Tocqueville, 1804-1859
  • John Stuart Mill, 1806-1873
  • Napoleon III, 1803-1873
  • Karl Marx, 1818-1883




Copyleft, CC, Mitzub'ixi Quq Chi'j, 1996-2099

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リンク

文献

その他の情報

的場昭弘『マルクスを再読する』角川書店、2017年
アントニオ・ネグリの「帝国」の概念
アルチュセール・ショック
スピノザ革命
現代社会とマルクス
共産主義社会とは何か
唯物論とは何か
たえざる運動としての共産主義
構成された価値と労働運動
共産主義の亡霊と『共産党宣言』
国家の解体
オリエンタリズム
方法の問題『資本論』と『経済学批判要綱』
社会運動とマルクス
批判理論とその実践


Chris Hani, 1942-1993


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