書評:花渕馨也『精霊の子供――コモロ諸島における憑依の民族誌』横浜:春風社、2005年
『文化人類学』71巻2号、Pp.266-269、2006年9月 による変奏エッセイ
6.0 憑依するジニと憑依された人間との関係は長期にわたって続く。フィールドにおける花渕(著者)の師匠はファティマという初老の女性であり、そのジニはサリム・アベディとよばれるムガラ族に属する威厳のある男性精霊である[彼を含めてジニは複数の人に憑依することがある]。先に述べたようにジニの種族は複数あり、その精霊の親族系譜関係の情報の多くは人々に共有されているので[かつ憑依される人を通して話されるジニの経験は多様性がある]、憑依をにわかに信じがたい人間(読者)には、ンゴマの現場は憑依されるジニの“役割コード”に基づいて演奏する集団即興演奏の観を示す。ジニから構成されるもうひとつの社会をジャニス・ボディの用語から借りて花渕はパラレルワールドと呼んでいる。そして、2つの世界を生きるジニと憑依される人々の生き方を「共生関係」」(第5章のタイトル)と指摘する。ここにおける共生は、現代日本に急速に膾炙しつつある多文化共生社会という用語における「共生」の謂いではない。後者の用語法は、まさに身体と人格が同一のひとつのものであるという前提がなされた上で、異なる文化的アイデンティティをもつ人々とどのように折り合いを付けて「共生」するかという議論である。しかし花渕の「共生関係」の用法では、パラレルワールドの住民、つまり、もう一つの世界を生きているジニたちも人間社会と、どのように多元的な「共生関係」を築いているかということを表現したものである。もし我々の社会で想定するならば、多重人格者の人たちが構成する社会秩序との[未だかつて実現されていない]共存のようなものが、花渕のいう「共生関係」なのである。
書評:花渕馨也『精霊の子供――コモロ諸島における憑依の民族誌』横浜:春風社、2005年、『文化人類学』71巻2号、Pp.266-269、2006年9月
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