はじめによんでください

『バングラデシュ農村を生きる:女性・NGO・グローバルヘルス』(書評)

Review of "Living in Rural Bangladesh: Women, NGOs, and Global Health," 2024. by Etsuko Matsuoka (ed.)


池田光穂

☆ 松岡悦子 編著『バングラデシュ農村を生きる:女性・NGO・グローバルヘルス』風響社、2024年(→出版社サイトにリンク

★ 本書の章立て:

はじめに
●第一部 バングラデシュの自由の闘争とNGOsの誕生

第1 章 戦争と災害が育てたNGOs(語り:ナシール・ウディン/文:松岡悦子)

第2 章 GUPの活動とワーカーたち(松岡悦子/モンジュルル・チョードリー/ナシール・ウディン)

第3 章 バングラデシュ農村の多元的なヘルスケア(松岡悦子)

第4 章 TBA(ダイ)が介助する出産の現場(松岡悦子)

● 第二部 貧困からの脱却とジェンダー平等:2015~2021年のカリア村とラジョール村)

《第 2部、第3部の調査方法について》(松岡悦子)

第5 章 農村部における児童婚の現状と展望:リプロダクティブ・ヘルス/ライツの視点から(五味麻美)

第6 章 マイクロクレジットから見る女性の生活変容とNGOsの課題(青木美紗)

第7 章 村落社会の変化と女性の行動圏(浅田晴久)

● 第 三部 バングラデシュのヘルスケア政策と女性の健康

第8 章 女性たちにとってのヘルスケア環境:私立病院・公立病院・NGOs(松岡悦子)

第9 章 出産介助者と母子保健政策の半世紀(阿部奈緒美)

第10 章 医薬化の迷路:妊娠初期の薬の使用(諸昭喜)

第11 章 正常な出産を望む女性たち(松岡悦子)

第12 章 母乳か粉ミルクか:文化と医療の狭間で(曾璟蕙)

第13 章 産後の健康から浮かび上がる女性の生活(嶋澤恭子)

あ とがき(松岡悦子)

私 の「★コメント(comment)」にタグジャンプす る!!

はじめに
人類共通の課題〈健康〉を農村で見つめる
グローバルな課題はマクロな視点や施策で語られることが多い。本書は、1971年の独立直後から多くのNGOが設立され、今や平均余命や新生児死亡率が近 隣のインドやパキスタンを凌駕するバングラデシュの歩みを、ミクロな観察やエスノグラフィーから報告する。いわば、政策の現場を人びとの目線で評価しよう とする試みである。

 本書は、バングラデシュの独立から2021年までの50年間を、GUP(Gono Unnayan Prochesta)というNGOと女性たちの目を通して描こうとするものである。GUPは、マダリプル県ラジョール郡で1973年にスタートして以来、 そこをプロジェクト地域に活動している中規模のNGOだ。本書に登場する人たちは、いずれもラジョール郡(Upazila)ラジョール村(Union)と カリア村(Union)の人たちだが、GUPのワーカーの中にはダッカに住んでいる人もいる。

 バングラデシュは1971年に独立闘争に勝利した後、多くのNGOsが国内で誕生した。BRAC(Bangladesh Rural Advancement Committee, 1972年設立)のファズレ・ハサン・アベッドや、GK(Gonoshasthaya Kendra、1972年設立)のザフルッラ・チョードリー、そしてGUPのアタウル・ラーマンらの創始者は、傑出した指導力とアイデアで貧困からの脱却 をめざし、健康や教育、ジェンダー平等といった新しい価値観に則って国づくりを始めた。その意味で、初期のNGOsを設立した人たちは、現在のSDGs (持続可能な開発目標)のめざす世界を先取りしていたと言える。
●第一部 バングラデシュの自由の闘争とNGOsの誕生
第1 部では、NGOsの設立と成長を相次ぐ災害への対応として描き、70年代から90年代までのNGOsの変遷をたどる。そして、90年代に私が行ったフィー ルドワークに基づいて、当時のヘルスケアの情況、とくに妊娠・出産をめぐる女性たちの行動を描く。90年代には、TBA(Traditional Birth Attendant伝統的介助者のことで、この地域ではダイと呼ばれる)のダイが家で出産を介助し、何かあると「村医者」(正規の医師ではない)を呼んで 対処しようとしていた。女性たちは、自分の年齢を聞かれると一様に困った顔をしていたが、子どもの年齢についてはみんな答えていた。90年代半ばには、病 院は政府の郡病院(Thana Health Complexと呼ばれていた)があるだけで、人びとは病院に行きたがらなかったし、そこでの出産数はほんの僅かだった。そのような状況で、90年代の妊 産婦死亡率は出生10万人当たり574と推定されている。
第1章 戦争と災害が育てたNGOs(語り:ナシール・ウディン/文: 松岡悦子)
    はじめに
    第1節 ナシールの話:NGOsとの出会い
    第2節 NGOsを見るまなざし
松岡悦子(まつおか えつこ)
1954年生まれ
1983年 大阪大学大学院人間科学研究科博士後期課程単位取得満期退学。博士(文学)。
専門は文化人類学。
現在、奈良女子大学名誉教授。
主著書として、『妊娠と出産の人類学』(世界思想社、2014年)、編著として『世界の出産:儀礼から先端医療まで』(松岡悦子・小浜正子編、勉誠出版、 2011年)、『子どもを産む・家族をつくる人類学』(松岡悦子編、勉誠出版、2017年)など。
第2章 GUPの活動とワーカーたち(松岡悦子/モンジュルル・チョー ドリー/ナシール・ウディン)
    第1節 ラジョール村でのGUPの創設
    第2節 救援ではなく人々の開発を
    第3節 チッタゴン地域事務所のオープン
    第4節 ラジャック医師が語る健康プログラム
    第5節 GUPが大きくならなかったのは

第3章 バングラデシュ農村の多元的なヘルスケア(松岡悦子)
    第1節 GUPのヘルス・プログラム
    第2節 民間セクター:しろうと
    第3節 民俗セクター:村医者
    第4節 専門職セクター:タナ・ヘルス・コンプレックス
    第5節 アーサー・クラインマンによる多元的なヘルスケア

第4章 TBA(ダイ)が介助する出産の現場(松岡悦子)
    はじめに
    第1節 村の女性達の出産
    第2節 妊婦健診
    第3節 村の出産の担い手 ダイ

●第二部 貧困からの脱却とジェンダー平等:2015~2021年のカ リア村とラジョール村)
第2 部では、2015年から2021年にかけて断続的に行った調査をもとに、ラジョール郡の近年の様子を、児童婚、マイクロクレジット、女性の空間移動(モビ リティ)の点から描く。現地でのフィールドワークを2015年、2019年、2020年に行ったが、2016年にダッカのレストランで人質襲撃事件が起こ り、バングラデシュへの渡航がむずかしくなった。そこで2016-17年に現地の調査者に依頼して質問紙調査とインタビュー調査を実施してもらった。ま た、2020年4月以降はコロナ禍で渡航できなくなったため、2021年に現地の調査者に依頼して、訪問による質問紙調査を実施した。第2部と第3部は、 フィールドワークに加えて、これらの質問紙/インタビュー調査(2016-17年)と、質問紙調査(2021年)がもとになっている。
《第2部、第3部の調査方法について》(松岡悦子)

第5章 農村部における児童婚の現状と展望:リプロダクティブ・ヘルス /ライツの視点から(五味麻美)
    はじめに
    第1節 児童婚とは
    第2節 児童婚を取り巻く現状
    第3節 農村部の現状:児童婚を経験した女性たちの語り
    
    第4節 児童婚の社会・文化的背景
    第5節 農村部の展望:若者たちの声〈マダリプル県 2021年〉
    おわりに
五味 麻美(ごみ まみ)
1970年生まれ
2021年聖路加国際大学大学院看護学研究科博士後期課程修了。博士(看護学)。
専門は看護学、助産学、国際母子保健。
現在、川崎市立看護大学講師。
主著書として、『世界を翔けたナースたち: 青年海外協力隊看護職の活動』(JOCV看護職ネットワーク、2011年、共著)、論文として、「日本で暮らすムスリム外国人女性に対する助産ケアの特 徴」(『日本助産学会誌』38巻1号、2024年、共著)「日本の産科医療施設で出産したムスリム外国人女性の妊娠・出産経験に関する質的研究」(『日本 助産学会誌』 37巻1号、2023、共著)など。

第6章 マイクロクレジットから見る女性の生活変容とNGOsの課題 (青木美紗)
    はじめに
    第1節 GUPにおけるマイクロクレジットの取り組み
    第2節 マイクロクレジット利用の変容とマイクロファイナンス機関の多様化
    第3節 マイクロクレジット利用者の意識
    第4節 経済的環境と出産および子育て
    おわりに
青木美紗(あおき みさ)
1984年生まれ。
2013年京都大学大学院農学研究科博士課程中退。博士(学術)。
専攻は食料・農業経済学、協同組合論。
現在、奈良女子大学研究院生活環境科学系・准教授。
主著書として、「マイクロファイナンス事業の拡大に伴うNGO利用者の認識変化に関する研究:バングラデシュにおける複合的な生活支援に携わるNGOに着 目して」(『協同組合研究』39巻2号、2019年)など。
第7章 村落社会の変化と女性の行動圏(浅田晴久)
    はじめに
    第1節 バングラデシュ農村における女性の行動
    第2節 女性の日常活動内容
    第3節 GPS調査でみる女性の行動圏
    第4節 コロナ禍における男女の行動圏の変化
    おわりに
浅田晴久(あさだ はるひさ)
1980年生まれ
2011年京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科博士課程研究指導認定退学。博士(地域研究)。
専門は地理学、南アジア地域研究。
現在、奈良女子大学文学部准教授。
主著書として、『インド北東部を知るための45章』(明石書店、2024年、共著)、『モンスーンアジアの風土とフード』(明石書店、2012年、共 著)、論文として、「アッサム州における近年の農業変容と地域社会:在来ヒンドゥー教徒村落の耕地利用変化に着目して」(『南アジア研究』32号、 2021年)、「バングラデシュの洪水と稲作」(『歴史と地理・地理の研究』192号、2015年)など。

第三部 バングラデシュのヘルスケア政策と女性の健康
第3部では、バングラデシュの妊娠・出産・産後を中心とするヘルスケア に焦点を当てた。バングラデシュではヘルスケアにかかわる人の95%がインフォーマル・セクター(正規の医療者ではない)に属していて、医師・歯科医師・ 看護師といった正規の医療者はわずか5%でしかないという報告がある[Bangladesh Health Watch 2008: 8]。このカオスとも言えるヘルスケアの状況を、医学雑誌のランセットはバングラデシュの強みだと述べ、低コストで優れた健康指標を成し遂げたことを「バ ングラデシュ・パラドックス」と呼んで称賛している[Chowdhury et al. 2013]。確かに、平均余命や新生児死亡率などのバングラデシュの健康指標は、近隣のインドやパキスタンより優れている。第3部では、このようなヘルス ケア体制を背景に、妊娠・出産が90年代とは劇的に変わり、ラジョール郡にも私立病院が林立するようになったことを述べる。介助者であったTBAの変遷、 薬の女性たちへの浸透(医薬化)、女性の出産経験、母乳育児の情況と産後の女性の健康をテーマに、MDGs(ミレニアム開発目標)とSDGsがリプロダク ティブ・ヘルスに及ぼした影響を考察する。そして、2020年にバングラデシュの妊産婦死亡率の推計値は、123へと大きく下がった(世界銀行データ)。
第8章 女性たちにとってのヘルスケア環境:私立病院・公立病院・ NGOs(松岡悦子)
    はじめに
    第1節 産み場所:自宅から病院へ
    第2節 私立病院の興隆
    第3節 政府の施設
    第4節 NGOsの施設
    第5節 未来に向けてどのようなヘルスケアをめざすのか

第9章 出産介助者と母子保健政策の半世紀(阿部奈緒美)
    はじめに
    第1節 ダイで産むつもりだった女性たち
    第2節 2人のダイ:アニタとジェスミン
    第3節 サフィナとは
    第4節 母子保健政策の変遷
    おわりに
阿部 奈緒美(あべ  なおみ)
1968年生まれ。
2019年奈良女子大学大学院人間文化研究科博士後期課程修了。博士(学術)。
専攻は近現代史、ジェンダー史。
現在、奈良女子大学アジア・ジェンダー文化学研究センター協力研究員。
主要著書として、『想像する身体 下 身体の未来へ』(臨川書店、2022年、共著)、『医学史事典』(丸善出版、2022年、共著)、論文として、「明 治期の大阪における産婆制度の変遷」(『日本医史学雑誌』第65巻第1号、2019年)、「大阪市旧隣接郡域の産婆による産婆法制定運動開始の背景:大正 期の社会状況と地域的特殊事情に着目して」(『日本看護歴史学会誌』第31号、2018年)など。

第10章 医薬化の迷路:妊娠初期の薬の使用(諸昭喜)
    はじめに
    第1節 薬の人類学
    第2節 妊婦の薬の服用
    第3節 質問紙調査の結果
    第4節 考察
    おわりに
諸昭喜(ちぇ そひ)
2019年奈良女子大学大学院人間文化学科博士後期課程修了。博士(学術)。
専攻は医療人類学、朝鮮半島地域研究。
現在、国立民族学博物館グローバル現象研究部助教。
主著書として、『아프면 보이는 것들: 한국 사회의 아픔에 관한 인류학 보고서(韓国社会の痛みに関する人類学レポート)』(Humanitas、2021年、共著)、『우울증은 어떻게 병이 되었나(うつ症はどのように病になったか)』 Junko Kitanaka著(April Books、2023年、編訳)、論文として、「東洋医学における疾患の社会的構築:韓国の産後風を事例として」(『人体科学』27号、2018年)、そ の他として、「日本と韓国における産後ケアの現在地」(『季刊民族学』183巻、2023年、松岡悦子共著)など。
第11章 正常な出産を望む女性たち(松岡悦子)
    はじめに
    第1節 医療化する出産
    第2節 女性が「良かった」と思う出産経験とは
    第3節 出産と社会・経済的階層との関連
    第4節 MDGsとリプロダクティブ・ヘルス
    おわりに

第12章 母乳か粉ミルクか:文化と医療の狭間で(曾璟蕙)
    はじめに
    第1節 調査地の様子
    第2節 バングラデシュの授乳をめぐるコンテクスト
    第3節 質問紙調査の実施
    第4節 考察
    おわりに
曾璟蕙(そう けいえ)
1982年生まれ
2019年奈良女子大学人間文化研究科博士後期課程修了。博士(社会科学)。
専門は文化人類学、台湾地域研究。
現在、奈良女子大学アジア・ジェンダー文化学研究センター特任助教。
論文として、「台湾における母乳哺 育政策の推進と女性たちの授乳経験」(『アジア・ジェンダー文化学研究』5号、2021年)、「台湾における産後養生と女性の身体」(『奈良女子大学社会 学論集』22号、2015年)など。

第13章 産後の健康から浮かび上がる女性の生活(嶋澤恭子)
    はじめに
    第1節 産後の健康障害とその対処
    第2節 インタビュー調査より
    第3節 産後の休息と家族の手伝い
    第4節 産後の儀礼
    第5節 産後の時期の重要性
    おわりに
嶋澤恭子(しまざわ きょうこ)
1969年生まれ
2011年熊本大学大学院博士後期課程社会文化科学研究科単位取得満期退学。修士(文学)。
専門は助産学、文化人類学
現在、大手前大学国際看護学部教授
主著書として、『アジアの出産と家族計画:「産む・産まない・産めない」身体をめぐる政治』(勉誠出版、2014 共著)、『ワークブック国際保健・看護 基礎論』(ピラールプレス、2016、共著)、『国際化と看護』(メディカ出版 2018年 共著)など。
あとがき(松岡悦子)

本書の目的の一つは、MDGsとSDGsという世界の大きな流れの中 で、個々の文化に生きる人々がどのような影響を受けているのかをヘルスケアの分野で明らかにすることである。本書ではMDG5(MDGの目標5)と SDG3(SDGの目標3)に掲げられた妊産婦死亡率の低減という目標がローカルな場面に及ぼす影響を、ラジョール郡の女性たちを例に示したい。死亡率の 低減は確かに人類共通の目標だが、そのために導入された政策が現場の人びとの行動をどのように変え、女性の健康にどんな影響を与えているのかを評価するこ とが必要だろう。果たして、女性のリプロダクティブ・ヘルスが改善されたのか、女性は妊娠・出産でより良い経験をするようになったのか。死亡率の低減とい うマクロな次元の目標とは別に、女性たちがどう感じ、それまでより健康な生活を送るようになったのかが重要である。そのためには、個々の女性の経験やロー カルな場の人たちの動きをミクロにとらえるエスノグラフィックな調査が必要になる。たとえば、2000年にMDGsがスタートしてから、バングラデシュを 含む中低所得国では妊産婦死亡率の数値目標を達成するために、さまざまな政策が導入された。基本的には、自宅ではなく施設で出産することと、介助者を TBAからSBA(Skilled Birth Attendant 専門的な介助者)に換えることが目標になった。2015年までにバングラデシュの施設分娩率とSBAによる介助の率は順調に上昇した。だが、妊産婦死亡率 は予想通りには減少せず、意外なことに施設分娩の増加よりも早いスピードで帝王切開が増えた。今回の2021年の調査では、私立病院で産んだ女性の9割以 上が帝王切開になっている。MDGsとSDGsがめざす死亡率の低減は、現場の女性たちを思わぬ方向に誘導し、将来の出産のリスクを高める結果を産んでい る。人類共通の目標を達成するための政策が、個々の女性の健康にプラスになることもあれば、むしろ混乱をもたらしたり、意図しなかった結果をもたらしたり することがある。今やグローバルヘルスの影響力は甚大で、数値で示される目標や根拠を問い直すことはむずかしい。けれども、だからこそ、ミクロな観察やエ スノグラフィーを用いて、ローカルな文化や人々の経験を描き出す必要があるだろう。マクロな視点で出される政策や目標は、ミクロな観察やエスノグラフィー で補完されてはじめて、人類の幸福に結びつくと思えるからだ。

本書のもう一つの目的は、バングラデシュ建国時に設立されたNGOsのもっていた革新的な力を明らかにすることだ。独立後のバングラデシュで、大学を出た 優秀な若者たちの多くは公務員をめざしたが、その中でNGOsに入って社会的な価値の実現をめざす人たちもいた。確かに、先に挙げた3つのNGOsの創始 者は裕福な家の出身で、海外で教育を受けたり職に就いたりした恵まれた人たちだった。また、彼らの考え方や手法は、ヨーロッパの平和活動家や宗教団体の思 想、パウロ・フレイレの教育思想や、中国の裸足の医者の思想などの影響を受けて生まれている。だが、度重なる災害と貧困の中で社会をどう変えていくか、そ のためにどうすればよいかを探った人々のエネルギーと革新性は、世界をもう一度作り直せるのではないかという希望を私たちに与えてくれる。今一度、バング ラデシュの建国時のNGOsがもっていたエネルギーに触れてみることで、私たちの社会が変革と再生のエネルギーを取り戻せるのではないかと考えた。
索引/略称/写真図表一覧



++++

★ コメント(comment)

はじめに

●第一部 バングラデシュの自由の闘争とNGOsの誕生

第1章 戦争と災害が育てたNGOs(語り:ナシール・ウディン/文: 松岡悦子)
    はじめに
    第1節 ナシールの話:NGOsとの出会い
    第2節 NGOsを見るまなざし
・GUPとは, Gono Unnyaan Prochesta (ゴノ・ウンニャン・プロチェスタ)=人々の開発の努力、というNPO
・バングラ最大のNPOは、BRAC(15-)
・GUPの創設の契機(17)——このあたりは、どうして、このNGOを取り上げるのかについての論考や、一般的な解説がないと、なかなか読みづらい。こ の章を最後にしてもよかったのではないか?あるいは付録として
・NGO実践者や、NGO研究者以外に、強い関心をもつものはないだろう。
・あるいは、そのために関心を呼ぶためには、日本側の著者により、サマリー論文があってもよかったと思う。
第2章 GUPの活動とワーカーたち(松岡悦子/モンジュルル・チョー ドリー/ナシール・ウディン)
    第1節 ラジョール村でのGUPの創設
    第2節 救援ではなく人々の開発を
    第3節 チッタゴン地域事務所のオープン
    第4節 ラジャック医師が語る健康プログラム
    第5節 GUPが大きくならなかったのは
・GUPとは, Gono Unnyaan Prochesta (ゴノ・ウンニャン・プロチェスタ)=人々の開発の努力、というNPO
・この章も、この後につづく、叙述とどのような関係があるのかが詳述されていないので、なかなか、読書するが辛い章になっている。
第3章 バングラデシュ農村の多元的なヘルスケア(松岡悦子)
    第1節 GUPのヘルス・プログラム
    第2節 民間セクター:しろうと
    第3節 民俗セクター:村医者
    第4節 専門職セクター:タナ・ヘルス・コンプレックス
    第5節 アーサー・クラインマンによる多元的なヘルスケア
・この章は歴史的叙述、つまり、1994-1995年のラジョール郡の ヘルスケアの状況である。
・アーサー・クラインマンの多元的ヘルスケアのスキームから、調査対象地域のそれを明らかにする[→ヘルスケアシステム]。
・ヘルスケアモニタリング(65-)、ヘルスボランティア(66-)
・クラインマンの解説(67-)
・ポピュラーセクター=素人(69-):この節の説明が良好なのは、地元の当事者たちの語りがセットになっていること
・フォークセクター=村医者(73-)
・専門職(プロフェッショナル)セクター=タナ・ヘルス・コンプレックス(80-)
・クラインマンの多元的ヘルスケア論をバングラの文脈で解説する(82-)
第4章 TBA(ダイ)が介助する出産の現場(松岡悦子)
    はじめに
    第1節 村の女性達の出産
    第2節 妊婦健診
    第3節 村の出産の担い手 ダイ
・編者の専門領域である、出産の現場への参加観察の記録(89-)
・1995年の状況であること。その後の調査記録は、第2部、第3部で展開される特に8章、11章がこの章に後継するものになるはず。
・健診の現場(97-)
・ダイに関する人物像の描写(100-)
・ダイは穢れの専門家(105)
・難産の時の、行動選択など(106-)
●第二部 貧困からの脱却とジェンダー平等:2015~2021年のカ リア村とラジョール村)

《第2部、第3部の調査方法について》(松岡悦子)
・編者による調査方法の覚書:冒頭にあってもよかったのではないかと思 う
第5章 農村部における児童婚の現状と展望:リプロダクティブ・ヘルス /ライツの視点から(五味麻美)
    はじめに
    第1節 児童婚とは
    第2節 児童婚を取り巻く現状
    第3節 農村部の現状:児童婚を経験した女性たちの語り
    
    第4節 児童婚の社会・文化的背景
    第5節 農村部の展望:若者たちの声〈マダリプル県 2021年〉
    おわりに
・児童婚は、バングラだけの問題ではない、世界の途上国の問題だが、バ ングラはその規模が大きいので、それに対する介入は急務(121-)
・子ども=18歳未満と定義、国際的にその保護が強化されている(122)。
・今後30年間の間に3億人以上がその対象(123)
・女児の存在が家庭にとって負担、ダウリ(婚資)、誘拐や性的暴力への危機:これらの要因が児童婚を加速する(124)
・新法により、駆け落ちなどで女児に性的暴行が加えられたときに、「特別な事情」として婚姻関係を結ぶことが考えられる(125)——これは仮に恋愛関係 での駆け落ちでも、女児への強制的な性関係を契機にすることが随伴するので、婚姻後の不同意な性行為の可能性を高めるだろう。
・児童婚を経験した女性の語り(126-)これも、なかなか厚い語りである。
・児童婚の社会・文化的背景(132-)
・1995年79%から、2023年51%、それでも高率(132)
・恋愛結婚の比率が高いが、親による取り決め婚がある。いずれにせよ、女児が家族が規定する婚姻関係にコントロールされている可能性がある——普遍的な人 権概念からの逸脱。
・女性の家庭内労働搾取、夫方居住による、さまざまな自由の制限(134)
・男女異なるジェンダー規範(134)
・若者たちの声(134-)
・「はやすぎる婚姻」には否定的な意見が多い(141)——でも社会制度慣行にはばまれて自由が阻害されている。
・しかしながら、恋愛結婚が増加傾向にあるのは否めない(142)——当事者による主権、あるいは主体的選択が認められた社会からの調査者は、そうでない 社会での若者の立場に、隔靴掻痒感のある対応をとらざるをえない。とくに、国際援助機関から派遣されたり、グローバルスタンダードが、その社会の規範を 「劣ったもの」あるいは「改善されなけばならない社会課題」と認定されている場合はなおさらだろう。
・価値観にさらされる職場や活動の現場のなかで、調査者を鍛えるのは、被調査者である現地社会の人々との「対話」による、調査者自身への癒ししかないだろ う。調査者は、そこで、自分の無力さに直面することで、ようやく、現地の人々への共感を覚えるからである。
第6章 マイクロクレジットから見る女性の生活変容とNGOsの課題 (青木美紗)
    はじめに
    第1節 GUPにおけるマイクロクレジットの取り組み
    第2節 マイクロクレジット利用の変容とマイクロファイナンス機関の多様化
    第3節 マイクロクレジット利用者の意識
    第4節 経済的環境と出産および子育て
    おわりに
・バングラディシュにおけるマイクロファイナンスの導入は、人々とりわ け女性のエンパワーメントに貢献した、という定番パラダイム。
・マイクロクレジットの私(評者)の理解はこれでいいか?→消費者向けの小口金融で、無利子や無担保など消費者向けの小口金融は高利であるという、従来の クレジットの概念を打ちこわし、マイクロクレジットが、村落を中心としたコミュニティの発展に貢献するもの。
・マイクロファイナンス機関の増加(図1.p.151)(170)
・融資額も増加(170)
・従来は融資後の収益で返済するというものだが、別のファイナンスで返済をするなどの、自転車操業的なものも増えてくる(170)
・ローンを組むのは大変(苦痛?)だが、生活の向上のために、資金調達の唯一の手段と考えている(170)
・収入が多いと、出産や病院へのアクセスに使う(171)——これは、近代的な出産への出費は、ある程度余裕のある家庭の不可避の資金調達のためにマイク ロクレジットが使われている可能性を示唆する。
・マイクロクレジットの普及にともない、基本的に貧困からの脱出や生活水準の向上に役立っている。しかし、かならずしも、すべての女性が、焦げ付きのない 利用形態を選択しているわけでないことが判明(171)
第7章 村落社会の変化と女性の行動圏(浅田晴久)pp.173-
    はじめに
    第1節 バングラデシュ農村における女性の行動
    第2節 女性の日常活動内容
    第3節 GPS調査でみる女性の行動圏
    第4節 コロナ禍における男女の行動圏の変化
    おわりに
・15年間の変化(173)
・農村部の女性のモービリティを考察する。パルダ規範との関連性。
・ムスリム女性は、むやみに外出すべきではないという規範が、パルダで、パルダはペルシャ語で幕やカーテンの意味(174)
・モービリティ研究は少ない(175)
・結論からいうと(198)モービリティが大きく変化している兆候はなかった。
・モービリティは増加してなくても、マイクロクレジットなどを通して、女性のエンパンワメンとは達成されている(199)
・女性のモービリティが増大しなくても、男性のモービリティが大きくなって、いる可能性があるので、男性のそれを調査する必要性がある。
・COVID-19の流行は、モービリティの頻度を下げる。男性より、女性のほうが、この制限へのインパクトが大きかった。
・パンデミックの流行は、男性の海外労働の帰国を促したので、国内の家庭状況の変化を与えている可能性がある。
・男女の役割分業が、バングラディシュの家族を支えているので、女性モービリティだけでは、イスラーム社会の変化は測量できないと著者はいう(199)
第三部 バングラデシュのヘルスケア政策と女性の健康

第8章 女性たちにとってのヘルスケア環境:私立病院・公立病院・ NGOs(松岡悦子)
    はじめに
    第1節 産み場所:自宅から病院へ
    第2節 私立病院の興隆
    第3節 政府の施設
    第4節 NGOsの施設
    第5節 未来に向けてどのようなヘルスケアをめざすのか
・MSG5は、2015年までに妊産婦死亡率を1990年の1/4に下 げる(→このような数値目標は選択的PHCないしは世界銀行的マインドに由来する)
・TBAからSBAへの路線(205)
・産み場所は、自宅から病院へ(206-)
・私立病院の興隆ないしは隆盛(210-)
・政府の施設:ウパジラ・ヘルス・コンプレックス、村の家族保健福祉センター、コミュニティ・クリニック
・NGOの施設
・第5節「未来にむけてどのようなヘルスケアをめざすのか」が考察であり結論(228-)
・後発途上国の特徴(229)を、ヘルスケア政策へのポジティブなものとして評価している。
・ベースラインがあまりにもひどかったので、その改善の効果が、他の地域よりも「よく」見えている可能性がある。
・コブリンスキーの出産の仕方の4つのモデル(230)→一種の進化論だろうか?
・ヘルスケア体制の再編成は必至と著者は考えているようだ(231)
・クラインマンのセクター分類では、フォークセクターの比重が依然として高い(231)
・クラインマンはヘルスケアの多元性が、優れた健康指標に貢献すると述べており、著者も、それがバングラディシュの人たちの満足?(ないしは大きな不安や 不安に結びつかない)可能性について示唆している。
・この章の語りは多様であり、また多く提示することで、記述が「厚く」なっていることは事実だ。
・233ページの薬のリストは10章からの誤植なのか???
第9章 出産介助者と母子保健政策の半世紀(阿部奈緒美)
    はじめに
    第1節 ダイで産むつもりだった女性たち
    第2節 2人のダイ:アニタとジェスミン
    第3節 サフィナとは
    第4節 母子保健政策の変遷
    おわりに
・母子保健政策の変動を、出産介助者の視点から描写する(235)
・SBA(skilled birth attendant);FWV(family welfare vister)
・CSBA(community skilled birth attendant)
・出産介助者は、医師、SBA、ダイの順(235)
・ダイに関する描写や語り(236-)
・私立病院におくるダイと、そうでないダイ(237-)
・FWVのサフィナさん(241-)
・母子保健の変遷(244-)と時代区分
・TBAトレーニング時代
・施設分娩率の上昇と帝王切開率の上昇はパラレル(250)
・著者の予想は、医師の出産介助の比率上昇(251)
・高所得の人たちが、医師の出産を利用している。それは、出産介助者の所得やコストに関連している。
・FWV(family welfare vister)の近代医療化の傾向は、医師への需用向上と関係
・SBAやダイを出産介助につかう人でも、「些細な理由(=リスクの予感?)」で結果的に、帝王出産でうむ可能性がある(→バングラディシュの出産が近代 医療にますますアフォードされる)
・著者は、妊産婦の知識向上が帝王切開へ数を減らすと主張(251)
・つまり、この著者は、医療化は無知により、ますます、加速すると考える。あるいは、知識を得て「まとも」になると考えているようだ。
・だから著者は知識を与えることを「エンパワメント」と呼ぶのである(252)。
・エンパワーする存在としての、ダイ、SBA、FWVがあるという(252)。
・だが、このようなビジョンは、より近代化するFMVであるサフィナさんの業務様態とその行動や思想の理解を邪魔するのではないか?と私(評者)は危惧す る。
第10章 医薬化の迷路:妊娠初期の薬の使用(諸昭喜)(ちぇ そひ)
    はじめに
    第1節 薬の人類学
    第2節 妊婦の薬の服用
    第3節 質問紙調査の結果
    第4節 考察
    おわりに
・つわりの薬を飲む(友人)か飲むべきでない(著者のちぇさん)かで喧 嘩してしまう(257)。
・それが、薬の消費に関する文化的文脈を調べようとする動機になる。
・医療化(medicalization)と医薬化(pharmaceuticalization)の区分の重要性——ファーガソンの注意喚起(258)
・我々の生活には、医薬化が進行している(259)——薬の摂取、サプリメントの摂取、健康食品の摂取、薬膳をわざわざ注文して食べる、体にいいものの摂 取、からだに悪いもの(=ドラッグ、アルコール、ラーメン)を誘惑にまけて摂取する、そして、デトックスのためになにかを摂取する、これらの多様性を「医 薬化」の表現で説明しきれない(池田のコメント)
・途上国における「悲惨な」医療化、あるいは医薬化——それはその通りだ(259-)
・過剰処方?(260)——「金がないから薬がない」あるいは「安い(基本)医薬品は効かない、医師が処方箋をかいてくれる医薬品は高すぎる」(1980 年代ホンジュラス農民の不満)
・その意味で、20世紀に定番化したOXFAMによる批判的言説——多国籍企業の医薬品により途上国の国民はつねにカモにされている——は、再検討すべき か?
・多国籍医薬品産業は、ミレニアム以降どのように再編成されているのか?
・PHCの時代には、ジェネリック医薬品の話はあまりきかなかった。先進国には特許医薬品、途上国と先進国の貧困層にはジェネリックという「使い分け体 制」の理解はいいのか?——医薬品流通の論理、資本主義的市場の論理
・ベトナムやカンボジアで聞いた話:パテント医薬の国家認証には、官僚による認可がつきもので、医薬品業界は、政府の高官や管理にも賄賂を使い、腐敗して いる。事情は1980年代の大学病院でも同じだったが、それの現在は今どうなっているのか?
・効かない/効果が怪しい高額パテント医薬品の存在、また、それを難病患者への救世主ととらえるメディアの体制。これはindian medicineの時代とあまり変わらないのでは?
・妊婦薬の服用に関する、ベグナさんの話は、レヴィ=ストロースの「象 徴効果 (pdf)」の論文を思い起こす。
・アンケートの分析:どうして?どこから?誰から?何を?(266-)
・途上国への薬の使用に関する先行研究:1)非理性的、2)過剰処方、3)薬への過剰依存、4)自己投薬(273)
・非理性的ではないというカウンター言説(ニクター)
・バイオメディカルなものが多くをしめるが、それ以外に宗教的な聖水などもふくまれる(273)
・妊娠を病理としてみなす医療化があるから医薬化もあわせて起こっているのであろう。
・このような医薬化は、結局のところ、MDGsやSDGsが、まがりなりにもうまくいった(否定的な)帰結だということもできる。
・医療化は、帝王切開の過剰な普及にも関連している。妊娠と出産管理が、医療化した帰結だから(275)
・著者は非正規医療者の排除は、ヘルスケアに空白をうむので、「過渡期」にはそれを適用すべきでないという(275)
・この過渡期という考え方は、PHC医療関係者がつねに心にいだく、プラグマティックな思考法である。だから著者も、専門家とスクラム組んで、どのような 人をヘルスケアの主体と考えるのかを提唱している(275-276)
・この論文が医療人類学につきつける理論上の課題は、実践の問題ではない。医療人類学は、社会薬学にくらべて「医薬品やくすりの『効果』」について、他の 関連学問領域(心理学、生理学、社会学等)の成果について十分に吟味してこなかった、そして、その効果という用語法の範囲設定を怠ってきたということだ。
第11章 正常な出産を望む女性たち(松岡悦子)
    はじめに
    第1節 医療化する出産
    第2節 女性が「良かった」と思う出産経験とは
    第3節 出産と社会・経済的階層との関連
    第4節 MDGsとリプロダクティブ・ヘルス
    おわりに
・どのような出産を望むのかは、母親の教育年数や経済階層と関係あるの ではないかという「仮説」から出発(281)
・出産の医療化がここでもおこる(282)
・時代区分、エポック、2000年、2010年
・帝王切開がおこるとき(291)
・帝王切開は。家族関係に影響を与えるか?(293-)
・女性たちが「よかった」と感じる出産体験とは(295-)※これは重要な視点、なぜなら医師たちは、リスクや科学的「正しさ」を強調し、本人たちの満足 を後回しにするので
・経済階層がたかくなると帝王切開が増える?(その理解でよいか、299)
・ダイに付き添われて出産することが満足度が高い
・ただしダイの資質にはおおきなばらつきがある。
・女性の視点中心の出産をと!著者は強調する。
第12章 母乳か粉ミルクか:文化と医療の狭間で(曾璟蕙)(そう け いえ)
    はじめに
    第1節 調査地の様子
    第2節 バングラデシュの授乳をめぐるコンテクスト
    第3節 質問紙調査の実施
    第4節 考察
    おわりに
・乳房の普遍的意味は、性的器官ではなく、子どもを養うための器官だ (307)
・子どもが育てられるコンテクストの描写(311-312)
・母乳に関する伝統的観念の描写(313-)
・母乳をめぐる政府の政策(315-)
・調査法の解説(316-)
・母乳と分娩の文化的関係(318-)
・母乳哺育文化論が展開
・母乳哺育がうまくいかない理由を母親に帰する「先行研究」→「犠牲者非難」言 説。
・母乳哺育の減少傾向(世界的トレンド?)
・粉ミルクとの併用は一般的に不満の原因になる
・赤ちゃんはオリゴ糖を消化できないにも関わらず、母乳を生命線にする(→赤ちゃんの腸内最近のおかげ
第13章 産後の健康から浮かび上がる女性の生活(嶋澤恭子)
    はじめに
    第1節 産後の健康障害とその対処
    第2節 インタビュー調査より
    第3節 産後の休息と家族の手伝い
    第4節 産後の儀礼
    第5節 産後の時期の重要性
    おわりに
・妊産婦、あるいは産褥婦に対する医療者ならびに医療機関の世界的なネ グレクト傾向、人権無視状態(334)
・図1、産後の健康問題(回答)
・図2、対処行動(338)
・図3、対処行動とその意思決定者(338)
・図4、経済レベルと対処行動
・図5、NGOへの参加(339)
・帝王切開率の上昇(出産の近代医療化)と語り(340-)
・医療関係者の語り(342)
・産後儀礼(348)
・産後の時期の重要性(通過儀礼論におけるリミナルな状況?)
・儀礼が、リミナルな状況に働きかける(統合をもたらす→儀礼論の定番の説明)
・つまり、当たり前な文化人類学的な儀礼論の「効用」が忘れられている(→「通過儀礼」)。
・女性の視点にたったリプロダクテイブ・ヘルス向上のためのプログラム開発の必要性を説く(354)
・大切なのは女性の「出産のあり方を選択できるようになること」——これは調査側のイデオロギーか、それとも被調査者との共同歩調をとれるべ木課題か?
あとがき(松岡悦子)


索引/略称/写真図表一覧



◎ 総合コメント「応用人類学の調査と倫理:ところで『誰の人生』なのか」

フィー ルドワーク

フィールドワーク (field work)とは、研究対象となっている人びとと共に生活をしたり、 そのような 人びと[イン フォーマント(informant, 情報提供者)]と対話したり、インタビュー(interview, 面接問答)をしたりする社会調査活動のこと、である。また、フィールドワーカー (fieldworker)とは、フィールドワークをして調査をする人のことをさす。

し かしながら、現地にいけば、誰でも「対象社会を理解することができる」と思い込むことは危険で ある。そもそも、対象社会とはなにか? そして「社会や文化を理解することができる」とは何かについて、ここでは十分に検討されていないからである。

フィー ルドワーカーは、しばしば自分の母国で学んだ調査方法論やその知識を使って、対象社会や調 査対象となる人々のつきあいの中で、フィールドから帰って、その人たちがいないところでは、人々の気持ちや生活を代弁してやろうという気持ちになる。たと え、それが善意にもとづくとしても、これは無反省に行えば知識の使い方を誤ることになる。人類学者は、自分が学んで得た知識を使って、調査対象者の人びと を代弁=表象(represent) できる特権をもつと[人類学者たちは]思っているが、それはしばしば自分が現地社会から学んできた過程を忘却することと関連している。彼/彼女らを代弁で きる特権は、しばしば、調査者と調査さ れる人にとっての双方にとっての損失(=マイナス・サム・ゲーム)になっていることを自覚することが重要だ。フィールドワークの倫理とは、他者から知識を 得ることではなく、他者との間の関係性のことを 意味する。他者との間の倫理を〈取り戻す〉ということは、フィールドワークにおいて自分がもつ特権を忘れ去る(自分が学んできたことを捨て去る= unlearning)ことであり、他者たちについての知識について「必死に学ぶこと」を意味する。映画『スターウォーズ』のなかで、ジェダイの騎士にな るべくヨーダ師のもとに赴いたルーク・スカイウォーカーは、師からこのように忠告される:You must unlearn what you have learned.」

応 用人類学

「応 用人類学とは、文化人類学の知識と方法論を駆使して、さまざまな社会活動の局面に介入(intervention)しようとする知的実践 行為のことである。この場合の「応用」とは、国際的な開発援助の文脈(→開発人類学)で、おもに (先進国かあるいは先進国に援助された開発途上国の政府機関など)開発側の集団的でかつ学問的な実用的関わりをさす。

し たがって、応用人類学者は、開発の団体や組織(エージェント)に属し、またその職業倫理も、組織と開発対象への2 つの領域(セクター)に対するものとなる。何かに応用するわけだから、経済開発や社会開発であれば、開発人類学になり、医療援助政策に関わるのであれば応 用医療人類学(applied medical anthropology)、観光開発であれば、観光人類学などと、形容詞のついた「〜人類学」あるいは連辞符人類学と呼ばれることもある。組織的な関わ りよりも、研究者個人が、人類学と開発現象に関わることは、より個人の倫理的関与の側面を強調して、関与的人類学 (engagement anthropology )や公共人類学(public anthropology)と 言われる。もちろん、応用人類学的な実践と、それらの人類学は深く関わることは言うまでもない。他方、先進国(あるいは開発国)でも文化人類学を、観光、 マーケティング、商品開発などの分野で「応用」されることがある。

応 用人類学を可能にする基礎的素養とは(1)文化人類学、(2)開発学・開発研究(3)行動科学、の3つの領域に関する学問である。

応 用人類学の歴史は古く、マリノフスキーはあのトロブリアンド諸島の民族誌を書き上げた直後から、アフリカの食糧事情と食生活の改善につい て発言をはじめている。植民地統治の基礎資料収集という観点からでは、1930年代のイギリス社会人類学は戦争遂行と密接に調査をおこなってきた(日本の 海外における民 族学調査にもそういう側面がある)。北米では、第二次大戦中における戦時協力、また、戦後はマーシャルプランとの関連で、開発人類学の基礎研究が一気に進 んだ。つまり文化人類 学の 応用との関わりは歴史的に深いことをまず認識する必要がある。特筆すべきことは、応用人類学[が何であるかという]パラダイムの認識は、1960年代末の ベトナム戦争協力に関する社会科学の政府機関へ の関与とそれに対す る批判からはじまることである。それ以降、理論と応用を二項の対立として捉える、北米人類学じしんというネィティヴの[民俗的]認識が生まれたとみるほう が自然かもしれな い[北米の外から北米の文 化人類学の発展を眺めるとそのようにつまり「文化人類学的な相対化」に思える]。」

「文 化人類学と民俗学を中心とした研究倫理について考察する。ここでは、これから具体的にフィールドワークをするために、すでに倫理申請を前提に、先生(指導 教員、メンター、研究代表者(PI)) と、フィールドワークの際の最終的な倫理項目を完全にチェック(✓)しているかを検証するためのルーブリックを示します(雛形はProgram for Ethnographic Research and Community Studies (PERCS) ,Elon University のものを利用させていただいた[原文]with password /ただしオリジナルサイトのものは現在されて存在しません)[原図:fieldwork_ethics_Elon_PERCS.png]。」

他 者を知ろうとするよりも、他者の意味について考えたまえ!!

「わ れわれは非我を知るなかでわれわれ自身を知るようになる。……他の事物をわれわれ側から修正することのほうが、それらの事物のわれわれに対する反作用より も目だっているところでは、行動の様相をとり、反対に他の事物のわれわれに対する感化が、そ れらの事物に対するわれわれの感化よりも圧倒的に大きいところでは、知覚という様相をとる。ところで、他の事物によって形成されるようなわれわれの在り方 についてのこの概念がわれわれの生活のもっとも顕著な部分であるので、われわれは他の諸事物もまたお互いに作用しあうことによって存在すると考えるのであ る。他、または非という観念は思想のもっとも重要な部分となる」。——チャールズ・サンダー・パース(1985:20)

まっ たくもって、その通りである。だが、他者と他者の生活について知りたいという文化人類学の探求が、結局は「われわれ自身を知る」た めだけだったら、結局、私たちと同じ、血のかよった人間は、自分のためのダシにすぎないのであれば、はたして、その他者は私たちにどのような気持ちをもつ だろうか?「お前は俺たちのことをあれこれ聞くだけで、俺たちに何をしてくれること、いまだに表明してくれない。これは不公平じゃないか?」と言われるこ とは、自分と他者の立場を替えたら、常識な人間だったら誰しもが感じることだ。

そ れが、私が、このコメントの副題にある「ところで『誰の人生』なのか」という文句——文句には他者に対する不満や注文という意味もある——に回帰していく のである。

こ れを、私が応用人類学というものの調査と倫理において重要なことだと考える。私の医療人類学の「定義」は、医療と人類学をブリッジする学問領域であり、決 して、医療や保健というものを文化人類学の立場から分析するというものではない。ただし、このような「定義」にたどり着いたのは、医療人類学を勉強してよ うやく20年以上たった頃だった。それまでは、真面目に医療人類学は「医療や保健というものを文化人類学の立場から分析する」だと思い込んでいた。だか ら、医療や保健科学のもつ実践の面については、冷ややかな視線を向けていた。しかしながら、実践の学問である、応用人類学の教育に携わり、応用医療人類学 のゼミを通して、医療人類学の実践という側面の重要性に気づくことになった。医療人類学の歴史を調べ、先人たちの実践の現場から得られた、さまざまな興味 ふかい理論装置の意義を再考することも、実践の意味を考えることに繋がった。

と いうわけで、教師としての医療人類学者という立場から、この本を読んで、気づいたことを、この本の執筆者の皆さんに、フィードバックして、自分なりに、こ の本の各章が、この世の中に送り出されたことを、言祝ぎたい。

→ 上掲「★コメント(comment)」各論にタグジャンプする!!

++++++++++

リ ンク

文 献

そ の他の情報


Copyleft, CC, Mitzub'ixi Quq Chi'j, 1996-2099

Mitzub'ixi Quq Chi'j