医療通訳と人権を考える:医療人類学の視点(フルテキスト版)
01 医療通訳と人権を考える 池田 光穂 いけだ みつほ
“Mitzubishi,” se Queda
大阪大学コミュニケーションデザイン・センター(CSCD)
Center for the Study of Communication Design, Osaka Univ.
02 この講演の目的と内容 この こうえんの もくてき と ないよう
日本に住む外国籍の人の基本的権利を守るには、どうすればよいか、を考える。
人びとの言語や文化は大切なものである。
言語や文化は、人間の基本的権利のひとつである。
言語や文化は、共通のものと、違うものがあり、それぞれに重要である。
言語や文化の違いは、お互いに尊重しあってはじめて共存することができる。
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03 私の立場 わたくし の たちば
大阪大学で働く医療人類学者。
医療援助協力、先住民の人権運動、世界の公衆衛生学の歴史などを研究。
大阪生まれ、大学は鹿児島、大学院は大阪、中央アメリカ(ホンジュラス)でボランティア活動、北海道と熊本の大学で文化人類学を教え る。
現在の職場では、臨床コミュニケーション・デザイン・プロジェクトのリーダー。
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04 文化人類学とはなんでしょう? ぶんかじんるいがく とは なんでしょう?
自分とは異なる世界(言語や文化)に住む人びとのことを研究する学問。
言語や文化が、それを使う人びとの生き方を決定する。(例:宗教と生活)
言語や文化がたくさんある(多様性がある)のは、人間の生き方の可能性がたくさんあるということ。
自分たちとは異なる生き方を理解することを通して、多様な生き方を容認する基本的な考え方を学ぶこと。
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05 文化人類学の研究 ぶんかじんるいがく の けんきゅう
研究対象になる人びとと共に暮らす(フィールドワーク)
人びとの生活や生き方を考え、他の人に伝えるために、人びとの生活に関する記録(民族誌:みんぞくし)を作る。
他の世界に住む人びとの生活から、自分たちの生活や生き方について考える。
生き方の違いを、お互いに認めるにはどうすればよいのかを、研究対象となった人たちとの対話をとおして考え、社会に対して提言する。
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06 フィールドワークの三要素 ふぃるどわーく の さんようそ
〈ことば〉の習得
現地での長期滞在
参与観察
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07 医療人類学 いりょう じんるいがく
人びとの生活や生き方を、医療や保健の観点から文化人類学的に考察する学問を、医療人類学(いりょうじんるいがく)と呼ぶ。
つまり、保健と医療の文化人類学的研究が医療人類学である。
人びとの健康や医療に関する知識と実践は、近代西洋医療だけではない。
身体の意識や伝統医薬の研究。
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08 例)子供の下痢 1 れい) こども の げり、そのいち
子供が下痢になったとき、大切なことは、(1)その原因をしらべることと、(2)子供の脱水症状を防ぐことである。
多くの社会では、下痢への対処行動は、水分とらないことがよいと考えられている。
経口補水療法(けいこうほすいりょうほう)つまりスポーツドリンクを飲ませることは脱水症状の軽減に役立つ。
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09 例)子供の下痢 2 れい) こども の げり、そのに
子供の下痢に最初に気付くのは母親(誰が経口補水療法をおこなうか?)
子供の下痢に対する、これまでの考え方はなにか?(人びとの身体に関する伝統的理解)
どのような説明をしたら母親に経口補水療法を理解してもらえるか(伝統的身体観や文化への気づき)
どのようにしたら母親は、これまでの行動から新しい行動をとってくれるようになるか?(新しい病気観の受容と行動変容)
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10 なぜ医療人類学なのか? なぜ いりょう じんるいがく なのか?
人びとの下痢に関する考え方や対処行動は、インタビューだけでなく、観察してはじめて明らかになる(→現場で長期滞在)。
下痢に対する伝統的な対処行動のなかには、有害なものも優れたものもある(→文化相対主義の見方)。
新しい行動を受け入れてもらうためには信頼関係が必要(→その社会の一員としての発言と責任)。
人びとが経験し、他の世界の人びとにも役立つ可能性があるものは、外部世界に伝える必要がある(→保健や医療に関する民族誌)。
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11 医療通訳と人権 いりょうつうやく と じんけん
保健医療で大事なことは、助け合い。
生命(いのち)を輝かせることは本人のみならず社会のひとびとの歓びにつながる。
助け合いや生命に関わることは、その社会の文化と深くかかわっている。
医療通訳は基本的人権に関わることである。
医療通訳とは、文化の翻訳行為でもある。
人権に関わることはしんどい(つらい:pesada)けれど、うまく達成した時には歓びを感じる。
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12 医療通訳をとりまく状況 いりょうつうやく を とりまく じょうきょう
200万人を超えた定住外国人(多文化共生社会の到来)
国よりも自治体、自治体よりも市民グループの活動能力の高さ(しかし、財源や権力はその逆)
保護(擁護)の発想からエンパワーメントへ
児童への教育放棄・DV・青少年の非行など日本社会との共通の課題(人権概念としての「人間の安心・安全の保障」)
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13 医療通訳の能力強化 いりょう つうやく の のうりょく きょうか
専門職としての資質の向上
能力検定、倫理綱領、説明責任、安定雇用確保などの課題。
医療通訳の仕事を、より多くの人びとに知ってもらおう!
医療通訳は〈人権〉に関わる大切な仕事です。
医療通訳に関する〈正当な報酬〉の確保
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14 文化翻訳者としての医療通訳 ぶんか ほんやくしゃ としての いりょうつうやく
言語活動とは社会活動である:社会言語学者としてのセンスが必要。
人間の言語活動の多様性:通辞(translator)から翻訳者(interpreter)へ
言葉の多様性の擁護者へ:特定言語中心主義を反省しよう。
イディオレクト現象:人の数だけ言語がある。
人権擁護者の一人としての自覚をもとう!
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15 ことば は いきもの 言葉は生き物。ことば は なまもの
〈ことば〉は生き物。〈ことば〉は生もの。
人間の言語運用能力のすばらしさ
教育社会学者バジル・バーンスティン:「限定コード」と「精密コード」
言語の混交現象:効率よくコミュニケーションを成立させる「ピジン語」。母語にまでに展開した「クレオール語」。
今後「人にやさしい日本語」と「詳細(しょうさい)日本語」のバイリンガル化が進むのでは?
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16 2つの日本語への道 ふたつ の にほんご への みち
グアテマラの先住民の多くはバイリンガル:マヤ系先住民言語(および、その他の先住民諸語)とスペイン語、しかし誰もバイリンガルとは 思わなかった!(→英語中心主義の悪弊)
日本人の多くも優雅な二言語(正確には方言):あるいは限定/精密コードの使い手である。
従来の日本語である「詳細日本語」に加えて、即席でわかりやすい「人にやさしい日本語」文法の確立を!(話者と言語学者の協働作業)
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17 ふたつ の にほんご
詳細日本語(しょうさい・にほんご):これまでの にほんじんが はなしていた ことば。むつかしい つかいかたの にほんご。
人にやさしい日本語(ひとに やさしい にほんご):すぐに つかえる やさしい にほんご。にほんご が じょうずでないひとと な かよくできる にほんご。
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18 これからの医療通訳の課題 これからの いりょうつうやく の かだい
これまでの現場の経験を通して、行うべき課題をあぶり出す(短・中・長期に分類)。
短期集中コースあるいは大学教育において教育カリキュラムを確立する。
社会言語学(言語人類学)ならびに文化人類学の卒前・卒後教育を通して、〈現場力〉を養う。
医療通訳は「草の根の〈人権ミッション〉である」という社会意識の確立。
このような人材の育成は大学の課題である。大学教育関係者につよく世論的圧力をかける。
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19 まとめ
日本に住む外国人のうち日本語言語運用能力が不足する人びとには、医療通訳は不可欠な専門職種である。
医療通訳の仕事は、言語と文化を媒介する人権ミッションである。
言語と文化を媒介するすべての職業人には、文化人類学と基本的人権について知識は不可欠である。
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20 これで講演はおしまい。あとはシンポジウムのバトルでお会いしま しょう。
"Foreigners in Japan face significant challenges getting health
services. Language and cultural differences mean that foreigners often
delay seeking care, have difficulty communicating with medical staff,
cannot read essential medical documents, and often feel their concerns
are not understood or responded to. These challenges can adversely
impact the delivery of health services and lead to poor outcomes." - http://www.diversityrx.org/health-care-japan
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Copyleft, CC, Mitzub'ixi Quq Chi'j, 2006-2016