医療人類学用語辞典

伝統医療・伝統的医療

Traditional Medicine


解説:池田光穂

伝統医療とは、文字通り古くからある医療のことである。しかし、例えば、ヒ ポクラテス(Ἱπποκράτης ὁ Κῷος, Hippocrates)の医療は、アスクレピオス(Ἀσκληπιός, Asclepius)の医療に比べると伝統 医療と呼び がたいという心証をもつ研究者がいるという経験的事実が、伝統医療という言葉のニュアンスにある、非西洋医学性を物語っている。

つまり、伝統医療とは、(1)非西洋医学の歴史的伝統をもち、(2)施術者が公教育などの近代合理的なシステムによって再生産されていない(さ れにくい)、(3)歴史的価値が認められた、医学・医術の体系をさすことばである。

つまり、近代医学/近代医療にも伝統(=歴史性)というものがあるために、近代/伝統という二元論的な図式の理解や、伝統を乗り越えて近代がう まれたという解釈は、根本的に間違っていることになる(→「伝統医療と近代医療 の二元論を超えて」)

もちろん、このような定義では、正統な大学教育で教えられる、アーユルベーダーや中国医学(中医学だけでなく日本の漢方や鍼灸医学を含む)は、 伝統医学ではないことになってしまうので、それらは例外であり、伝統医学そのものである。

さて、その伝統医療だが2010年代の後半になり、知的財産保護の国際摩擦の原因になりつつあるらしい。

それは、伝統医学の国際標準化 機関(ISO, International Organization for Standardization)で、日本は中国や韓国の後塵を拝しているという主張がある。例えば......

「(東郷) 私は2005年に世界保健機関(WHO)で国際標準化が推進され始めたときから、伝統医学の国際標準化にかかわっています。当時は、WHO西太平洋事務局 (WPRO)の伝統医学医官は韓国のChoi Seung-hoon氏で、Choi氏の下で立ち上げられた4つの標準化プロジェクトに日本の鍼灸領域の代表として携わったのがきっかけです。 2009年以降は国際標準化機構(ISO)での鍼灸の国際標準化にかかわるようになりました。こうしたなかで、厚生労働省、日本医療研究開発機構AMED)、経済産業省から研究費をいただ き、日本として国際標準化に対応する活動を行ってきました。そのプラットフォームになったのは2005年に設 立された日本東洋医学サミット会議(JLOM)ですが、私は2014年から2年間、事務総長を担当しました。森岡先生、田上先生にも知的財産、伝統的知 識、生物多様性条約(CBD)といった別の角度から伝統医学の国際標準化を見ていただきご協力いただくようになりました......。(同じ発語者で)伝 統医学の国際標準化は1980年代に始まっていますが、2004年頃からWHOで本格化しました。韓国のChoi氏がWPROの伝統医学医官になり、ツボ の位置、伝統医学の用語、伝統医学の情報、臨床ガイドラインの4つのプロジェクトを立ち上げました。そのうち、ツボの位置と伝統医学の用語に関する標準化 の成果は、本になって出版されています。用語の標準化は、主に日本と中国と韓国の3国が集まって議論をしていました。例えば「虚実」のように、同じ用語で も意味する内容が国によって違うことは結構あるわけです。ですから用語集には注釈(annotation)を入れるに留めて、定義 (definition)を入れてはいけないことにしたのですが、レビューの最終段階でChoi氏が強引に定義を入れてきました」 (出典:「医 道の日本」2017年7月)

伝統医学者も、漫然と医療営業をつづけていると、診断基準や治療法の国際標準化で、そのマニュアルに従わないと正統な医療とみなされず、また、 その知財に対する対価を納入義務が生じるようになるかもしれない、という危惧である。

ちなみにISO(The International Organization for Standardization;国際標準化機関)は、現今のSDGとの関連について、自己評価(下図)をおこなっていて、そこからもSDG #3 Good health and Well-being への関与が大きいと報告している(→画像クリックで出典にリンク)。

日本語で使われている東洋医学(TOYOO IGAKU)の定義は大塚恭男(Yasuo OHTSUKA, 1930-2009)の解説によると「古い時代に中国から導入された医学が、長い時代を経て日本的な修飾を経つつ体系化された医療体系のことである」とさ れている(大塚 1996:i)。

また、漢方(KANPOO)とは、16世紀にオランダ医学(蘭方)が導入された後に、それと区分されるためにはじめて「漢方」という用語が使わ れたと興味ふかい解説をおこなっている(「漢方医学の独自性の相対化」)。つまり「16世紀以降は西洋医学が日本に導入されてきた。当初はポルトガル・ス ペイン系の医学を南蛮医学あるいは紅毛医学と呼んでいたが、西洋系医学をオランダ人がほぼ独占するにいたって、これを蘭方あるいは洋方と呼び、これに対し て従来の中国系の医学を漢方と呼ぶにいたったのである」(大塚 1996:i)と。

●統合医療(Integrative medicine

日本伝統医療(漢方)の劣勢に対 抗してうまれたのが統合医療である。(社)日本統合医療学会は次のように統合医療を説明している。冒頭の最初のセンテンスは意味不明であるが、近代西洋医学を批判しながらも、そ れを含めた伝統医療なども含めた医療運動(かつてホーリスティック医療運動と呼ばれたものの変奏であるように思われるが)を標榜している。2012年以 降、厚生労働省なども支援している旨が書かれている。

統合医療は医療の受け手である「人」を中心とした医療システムである。 近代西洋医学に基づいた従来の医療の枠を超えて、「人」の生老病死に関わり、種々の相補(補完)・代替医療を加味し、生きていくために不可欠な「衣・食・ 住」を基盤として、さらには自然環境や経済社会をも包含する医療システムである。21世紀に入り、超高齢社会や大災害、がんなどの生活習慣病や難治性疾患 の増加、分化や高度化に伴った医療費の増大により、医療保険の枠組では限界のある、従来の医療から統合医療が求められている。2011年の東日本大震災に おける統合医療の実績を踏まえて、2012-13年には厚生労働省で「統合医療の在り方に関する検討会」が開催され、2014年からは国民に統合医療の正 しい情報を発信するデータベース(統合医療情報発信サイト)の事業が始まった。さらに、2016年には厚生労働省医政局に統合医療企画調整室が開設され た。このように政府が動き出す中で、医療従事者や一般市民への統合医療への理解は急速に浮上してきた。/統合医療の実施にあたり、統合医療には2つのモデ ルが考えられる。一つは患者を中心とした、医療従事者の多職種連携による集学的チーム体制で患者の疾病に対応しようとする「医療モデル」であり、もう一つ は地域住民を中心とした、地域コミュニティの多世代連携による地域住民の生活の質(QOL)の向上を目的とした「社会モデル」である」統合医療とは=日本統合医療学会のHP)

なお、次に説明する米国の補完代替医療(CAM)の定義では、この統合医療と呼ばれ ているものが含まれているために、それは、正統的な医療とは米国内ではみなされていない部分も含むと見なされている。米国の国立がん研究所(National Cancer Intsitute)では、統合医療は、標準的な医療ケアstandard medical care)」をメインにしてそれに「患者の心、身体、精神(スピリッ ト)を扱い、安全で効果的と見なされてきた補完代替医療」を組み合わせたものであると定義されている。

"Integrative medicine is a total approach to medical care that combines standard medicine with the CAM practices that have been shown to be safe and effective. They treat the patient's mind, body, and spirit." - Complementary and Alternative Medicine.

●補完代替医療 (Complementary and Alternative Medicine, CAM)

米国の国立がん研究所 (National Cancer Intsitute)では、(がん患者のニーズの高い)補完代替医療は、「『標準的な医療ケアの部分ではない、医療的産物と諸実践である(the term for medical products and practices that are not part of standard medical care)」と解説している。つまり、米国では、医師(M.D., medical doctor)と整骨治療医師(D.O., doctor of osteopathy)の学位をもつ専門家、ならびに「理学療法士、医療助手、臨床心理学者、そして看護師」がおこなう実践のみが「標準的な医療ケア」の範囲に含まれているのであり、それ以外は、実質的に全 部、補完代替医療 と呼ばれるのである。「標準的な医療ケア」 とは、生物医療、アロパシー、西洋起源の、主流をなしている、正統的な、あるいは通常の医療(biomedicine or allopathic, Western, mainstream, orthodox, or regular medicine)のことである。ここでアロパシー医療とは日本では馴染みのない言葉であるが、いわゆる西洋医学の主流の方法であり、それはホメオパシー 医療(同毒療法などといわれ一般に医学的根拠がないと証明された医療)ではないものを指している(→Complementary and Alternative Medicine, by NCI)。もっとも、北米大陸やヨーロッパ大陸では、ホメオパシー医療はとても人気があり、それは東アジアにお ける中国伝統医療と同じくらいであるということを忘れてはならない。

つまり、補完代替医療とは、主流派ではない非正統的医療のことであ る。米国の補完代替医療(CAM)と重なる部分があるにも関わらず(先に述べた)日本の統合医療は、日本の医学界にきちんと した地歩を持っているために、日本では正当性が与えられている違いがある(→Complementary and Alternative Medicine, by NCI

Complementary and Alternative Medicine, CAM = Complementary medicine + Alternative medicine

Integrative medicine = (main) Integrative medicine + effective CAM

ジョンズホプキンス大学のサイト では「伝統的代替医療」につぎの5つの療法を列挙している。つまり、(i)鍼[Acupuncture]、(ii)アーユルベーダー [Ayurveda]、(iii)ホメオパシー[Homeopathy]、(iv)ナチュロパシー[Naturopathy]、(v)中国あるいは東洋医療[Chinese or Oriental medicine]、である。これは日本の伝統的施術者にとっては噴飯物かもしれないが、米国の通常の人たちにはこのような理 解が一般的である、ということを日本の伝統的施術者はきちんと理解しておかねばならない(→Types of Complementary and Alternative Medicine, by Johns Hopkins Medicine)。

リンク(サイト内)

  • 「医療」の概念についての覚書医療としての癒し=癒しとしての医療「医療と文化」について考えよう///
  • 医療化医療化とスティグマ化の関係/////
  • 漢方、漢方医学
  • 東洋医学
  • 池田光穂「近代医療の欠如概念としての伝統医療」池田光穂「「医療と文化」再考」(ウェブページ宣伝版)池田光穂「世界医療システム」伝統医療と近代医療の二元論を超えて/ 「伝統」医療従事者数:民間医療事典医療は流転する医療人類学の現在 2009民間療法事典漢方、漢方医学東洋医学私たちは多文化医療について何を考えないとならないか?多元的医療体系国民医療ないし は国家医療の誕生患者と国家///
  • リンク(サイト外)

  • 日本医療研究開発機構AMED
  • 平成 31年度 「『統合医療』に係る医療の質向上・科学的根拠収集研究事業」の採択課題について日本医療研究開発機構
  • 並 木隆雄(千葉大学)「ISO/TC249における国際規格策定に資する科学的研究と調査および統合医療の一翼としての漢方・鍼灸の基盤研究」「3-2「統合医療」の国際 標準化などの基盤整備に関する研究

  • ISO/TC249 - Traditional Chinese medicine.
  • What are the UN Sustainable Development Goals? by International Organization of Standardization.
  • 文献

  • 大塚恭男『東洋医学』岩波書 店、1996年
  • その他の情報

    ここがユニーク!:それ自身で独立したカテゴリーとしてではなく、 伝統医療を理解するためには、その参照軸となる近代医療を抜きにしては語れないことを明らかにした(もちろん議論の余地はある!)

    【参考文献】



  • Copyleft, CC, Mitzub'ixi Quq Chi'j, 1996-2099