〈こころ〉と社会
Mind and Society
「心の能力は3つ、すなわち認識能力、快 不快の感情、欲求の能力だからである」——カントのラインホルト宛書簡1787年12月28-29日 (X. 514)(出典、小田部 2020:42)
情動の語彙のなかに「心」があり、そのう
ちの一つは(5)身体語彙としての「心」であり、以下のような用例がある:「心持ち、心の起伏、心情、
心、心の動き、歌心、心持 ち、心の機微、心のひだ、心性」——池田光穂「情動の文化理論に
むけて」→「こころ(心)・マインド・精神」
◎ 心の科学
こころの悩みをもつ
ホモ・パティエンス(苦悩する人間の定義:V・フランクルの用語)
psyche + iaros =精神医学
ハードサイエンス(精神医学)とソフトサ イエンス(心理学)から融合領域(認知科学)へ
曖昧で未解決な領域もあり、根拠のない仮 説も多い。
★こころの哲学リンク集
★︎心身二元論▶『こころの社会』ノート︎▶︎︎心の健全さについて▶︎レス・エクステンサ▶︎︎ギルバート・ライル▶︎哲学的ゾンビあるいはP-ゾンビ▶︎︎独我論▶︎随伴現象主義▶︎︎▶︎▶︎
マービン・ミンスキーによる心の定義「ひとつひとつは心を持たない小さな エージェントたちが集まってできた社会」(ミンスキー『心の社会』 1990年[原著:1986])(→「マービン・ミンスキー『こころの社会』ノート」 へ)
The Society of Mind, by Marvin Minsky
"To explain the mind, we have to show how minds are built from mindless stuff, from parts that are much smaller and simpler than anything we'd consider smart" - The agents of the mind, from Minsky's The Society of Mind, 1986
オックスフォード英語辞典(OED)の
「社会 (Society)」の最初の定義はこのように書いてある。Association with
one's fellow men, esp. in a friendly or intimate manner; companionship
or fellowship. Also rarely of animals (quot. 1774).
【翻訳】ある人の仲間と共にある、とりわけ友好的 な
いしは親密な流儀での、連合(アソシーエション)のこと。仲間付き合い、親睦的結社。時には(人間以外の)動物にもみられる。[以上の用例は
1774年の下記]。[→「社会」]
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◎ ラターケース
エミール・クレペリン:精神医学者、精神分裂病(現:統合失調症)の命 名者、クレペリンテスト、比較文化精神医学の父
ラターの報告(p.222)
しかし、オラン・アスリ研究の専門家であ る信田さんによると、ラターは「病気」ではない。
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◎ 病いと疾病
医療人類学では、医療の専門家が定義する 病気(sickness)を疾病(disease)と言い、ふつうの人の日常的な考え方にもとづく理解 を病い(illness)と読んで区別する。
これらの用語は便宜的であり、相互に排除 するものではない。疾病と病いは重なることがある。
この使い方に従うと、病気がもっとも広い 意味での「人間の心や身体の不調」である。
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◎ 心の病気:事例1
10月3日水曜日、ピエール・リヴィエー ルは……、畑仕事にはゆかないと言ったあと、母および妹と残っていたが、地獄の悪魔にかり立てられ、樹 の枝をおろすために使っていた斧をつかんだ。この化け物は、火を起こそうとしていた母親にとびかかり、残酷にも頭に一撃を加えた。母親は彼の足もとに倒 れ、死んだ。ただちに彼は妹にもとびかかり、母親と同じ目にあわせた。学校から帰る途中の弟が、近所の農夫に呼びとめられ、なぜそんなに急いでいるのかと 聞かれた頃には、2人の死体はまだピクピク動いていた。……殺人の朝、母親は息子にこれからどうするつもりかとたずねた。今晩わかりますよ、と極悪人は答 えた。リヴィエールは犯行のあと、警察の追及を逃れられると思って逃走した(当時の新聞報道ただし引用は[フーコー 1995:177])。
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◎ 心の病気:事例2
大急ぎの診断ではあったが、大半の患者が 早発性痴呆[=統合失調症]で、ドイツよりも多いくらいで、したがって人種や気候、生活条件は、この病 気の発生に決定的影響を与えるものではないことが示された。さらには、われわれにもよく知られた特別な病像が[現在のインドネシアの]ジャワ人において数 多く観察でき人種と精神障害とのあいだの関係を理解するうえで、これは重要なことに思えた。現地人には明確なメランコリー疾患状態や自殺傾向が完全に欠如 しており、われわれの国[ドイツ]ではどうしても必要な患者を監視するという能力も、ここでは完全に余計なものであった。早発性痴呆の聴覚錯誤の果たす役 割は、おそらく言語の思考への影響が小さいためここではあまり重要ではなかった。おそらくは十分に発達した情意が必要条件となる妄想構築も明確に少なかっ た[クレペリン 2006:159]。
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◎ 心の病気:事例3
1990年代に多くの業界で断行されたリ ストラとコストダウンによって、ゴードンと彼の同僚たちは強い不安にさらされた。ジェーンは彼が強いス トレスを感じているのを察し、できることがあれば何でもしてあげたいと思った。1年前、ゴードンは妻の勧めで、妻にともなわれて、かかりつけの一般医を訪 れた。……彼がうつ病だなんて、彼を知る人は誰も思っていなかった。しかし、そのかかりつけの医師はうつ病という暫定的診断を下してプロザック[商品名] を処方し、2週間後に来てくださいと言った。ジェーンの記憶するかぎり、薬の副作用について何ら警告はなかった」。(その後ゴードンは、薬を飲みはじめて 直後から普段の彼ではなく様子がおかしくなり、数日後にゴードンは自宅の階上から飛び降りて自殺する)[ヒーリー 2005:1]。
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◎ 文化結合症候群
Culture Bound Syndrome, CBS
Yap, Pow Meng(1967)による命名
A・クラインマンによる批判:自文化の病 気のカテゴリーを、そのようなカテゴリーのない社会にもちこんで一方的に判断することの誤謬。
しかし、社会により心身の変調の訴え方に は、明らかに文化と関連したパターンがあり、またそれらに関する語彙も豊富である。
CBSの一覧は、225ページを参照
・CBSとルース・ベネディクト『文化の型(=文化の諸パターン)』[1934]は異なるのか?(→ルース・ベネディクト)
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◎ 心の変調の説明(ヒポクラテス)
メランコリーは、古代ギリシャのある病気 に関わる言葉が語源となっている。古代ギリシャでは、人間の健康状態や気質は体内にある黒胆汁液、黄胆 汁液、血液、粘液という4種類の体液の分量や質に因っていると考えられていた。これを四体液説という。とりわけ、黒胆汁液は、「メラノス・コロス」 (melanos cholos)と呼ばれ、この分量が多い者は、憂うつで無気力になりやすい気質を持つとされていた[ヒポクラテス 1963]。つまり、古代ギリシャでは、精神の状態と身体の体液のあり方・状態と深く関わっている。これは心と身体が相互に連関して分けることができない ので、心身一元論と呼ばれる身体観と呼ぶことができる。
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◎ 精神病は社会の発明?
ゴッフマン『アサイラム』1961:精神 病院は常人がしばしば想像するようなカオス的世界ではなく、精神病院に入院している患者には、病院ス タッフによって知られることのない社会的秩序が守られている。外部の観察者である社会学者によっても十分理解可能な、特有の人間的コミュニケーションが行 われていた。
ローゼンハーンの社会実験(D.L. Rosenhan, 1973. On Being Sane in Insane Places. Science 179:250-258.)
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◎ クリニカルリアリティ
生物学的な実体を欠いた病いの経験をうま く扱えない治療者の態度は、普通の患者を上手に扱えない。治療者は、患者の症状の原因となる隠れた生物 学的病変が絶対にないと断定できることはありえないと行った態度を取るように教育されてきたからだ。心気症においては「リアルな」疾病の実体の欠如こそ が、病者と医師との説明のやり方の間での争点となっている。我々は診療や入院の現場だけではなく、病者の生活世界と直結したリアルな疾病体験を、ここでク リニカルリアリティ(臨床リアリティ)と呼んでおこう。
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◎ nervios
中央アメリカのメスティソ社会を調査した 池田は、精神と身体、あるいは個人と社会とが絡み合った「ネルビオス」という病気の事例を示している [池田 1995]。「ネルビオス」とは、スペイン語で神経(ネルビオ)という身体器官の病気を指しながら、現地社会では「神経質」と訳すこともできるようなある 種の気質も指している。また「食後に起こる全身的な疼痛」、「ショックによる心身の喪失」、「ふさぎ込み」、「仕事の辛さ」などを「ネルビオス」という病 気のエピソードとして語ることを報告している。その社会的背景としての男性による暴力的な女性支配という文化的パターンというものがある。しかし、近代医 療との関係でネルビオスのもつ社会的意味は変容してゆき、文化的ストレス——先に述べた「苦悩のイディオム」——から精神医学者や心理学者が治療すべき精 神的な疾患へと変容していることを報告している.
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◎ PTSDは幻想か?
1980年に出されたアメリカ精神医学会 制定の「精神障害の分類と診断の手引き(第三版)」DSM-・の作成にあたって、ベトナム帰還兵を治 療・研究する者からは「ポスト・ベトナム症候群」をその疾病分類のなかに取り入れることが主張された。その結果、ベトナム戦争という特定の問題を離れ、事 故・災害・犯罪などによる被害も含めたPTSDという概念として正式に採用された。ヤングは、PTSDを他の精神疾患と区別する特徴が、過去の衝撃的な出 来事が現在に症状として立ち現れるという点にあることを指摘している。逆に、患者が時間をさかのぼって事後的に過去の特定の出来事や記憶に原因があると決 こんでいる症例は、他の精神疾患においても事欠かない。しかし、「ポスト・ベトナム症候群」から発展したPTSDでは、このことが政府からの兵役に関する 補償を受け取るうえで決定的な重要性を持っていた。こうして誕生したPTSD概念には、やがて持続性をもつ特異なストレス反応として神経生理学的な説明が 付け加えられ、「リアルな」疾病の実体が付与されることになった。
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◎ 隔離から開放へ
精神医療に関して日本は精神病患者のため の病床数が実数でも人口あたりの数でも、世界で最も多い国である。他方で、世界の精神医療の趨勢は、閉 鎖病棟の病床数を削減し、また通院を前提とした地域共同体(コミュニティ)で精神障害者を受け入れることにある。疫学——ある地域における病気の発生頻度 やパターンの調査解析から病気の発生機序を明らかにし予防の方策とする基礎研究——調査から、精神疾患を予防し、治療する試みが始まっている。治療後も、 リハビリテーション、ノーマライゼーション——障害者と健常者が特段に区別されることなく社会生活を共に営むようにする社会政策——などの活動をおこなう ことで、かつてのような精神病者への過酷な差別と排除が引き起こされないようなプログラムが進んでいる[新福ら 2001]。
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◎ 反精神医学(Anti-psychiatry)
反精神医学(はんせいしんいがく、Anti-Psychiatry)とは、1950年代後半から1960年代にかけて、従来の精神医学の理 論と治療上の処置に対して異議を申し立て、それとは異なるアプローチにおいて、「精神病」患者と医療者と市民の関係を、再定義する社会運動のことである。
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◎ うつ病の生物医学化
産業社会では、アクティブに活動すること が美徳とされるので、精神が憂鬱(ゆううつ)な状態は、たとえ、その人が治療の対象にならなくても、そ こから早く立ち直るべきだという配慮が働いて、いち早く治療が勧められることがある。その代表がうつ病であろう。先進国ではうつ病の相談件数が増大し、抗 うつ薬の処方が増大する。しかしながら皮肉なことが起こる。うつ病への治療を始める理由には、うつ病が自殺を引き起こすリスクが高いとされ自殺の予防のた めに治療が始まるわけだが、抗うつ薬のなかには自殺を引き起こすような行動変容をおこすという副作用の可能性が別のところから指摘される[e.g. ヒーリー 2005]。
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◎ 日本の精神医療の問題点
平均在院日数が長い
人口比に対して精神科病床が多く、歴史的 に精神病院が「収容所化」している
近年では、隔離と身体拘束数の絶対数が増 加している
関連サイト:精神医療国連個
人通報センター
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◎欧文文献
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■クレジット:医療人類学入門2008、〈こころ〉と社会(Mind and Society)、池田光穂
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◎ 和文文献