先住民のアイデンティティについて考える:グアテマラ西部のマヤ系先住民の事例
On Identities of Indigenous People: A Case of
Mayan "Mam" People of Western Highland Guatemala
この発表で、私は、先住民という人種的・民族的カ テゴリーが国家の形成過程において、土着性や劣等性のスティグマ(=他者表象)から、他者からの承認を要求するアイデンティティ(=自己表象)として変化 しつつあるものとして把握できることを、私の調査経験から示したい。
考察の対象となる集団は、グアテマラ共和国の西部高地のマヤ系の先住民のひとつ「マム」についてである。マムはマム語を話すグアテマラでは第三番目に人 口の多い——さまざまな統計があるが数十万以上——言語集団である。1996年末の和平合意後に形成された政府系のグアテマラ言語学アカデミー公認のマヤ 系の「言語コミュニティ」であると同時に文化集団である。このことは、社会経済変化のニーズに伴う新語辞典や、同言語使用地域の地名辞典の編纂においてマ ム語の使用が、その地域の「文化」を規定するという制度化と軌を一にしていることからもわかる。しかしながら政治的に脱色化されたこれらの「教材」が現実 には十分に社会に膾炙したり公教育に有効にフィードバックしているとは言い難く、先住民アイデンティティをこれらに帰属させることは困難である。
集団的アイデンティティの語義に戻って「私たちは何者であるか?」という観点から、マムの人たちの自己意識について探るとすると、明らかに彼らを外部か ら定義しようとする状況とのせめぎ合いの中で、この自己意識が形成されていることがわかる。これは我々がしばしばおこなうオーラルヒストリーを聞き出す際 にみられる現地の人たちの歴史の連想ゲームに似ている。まず「それほど遠くない」歴史的存在としてのマムは、強制労働法令(1934年)や現在まで続くプ ランテーションでの季節労働など、スペイン人征服者(コンキスタドーレス)から黒い遺産を引き継いだ非先住民——グアテマラの著名な歴史家によると植民地 生まれの白人(クリオージョ)——の「主人」や近代国家からの搾取対象としての記憶が語られる。学校教育においては、コンキスタドーレスたちに武力で抵抗 した先住民反乱者の象徴であるテクン・ウマンが語られる一方で、先住民人口を激減させた流行病、教会やエンコミエンダによる徴税、異端審問、密造酒取締な どは、ほとんど取り上げられることがない。しかしながら先住民出身の教師たちは、このような抑圧の歴史に通暁している。いわゆるマヤ主義あるいはマヤ先住 民運動の担い手の多くは先住民の歴史や文化に明るい高等教育をうけた知識人たちが多くいた。
1990年代以降に本格化する北米への移民以降には、ネオリベラル経済のなかで優秀な労働力として、他のラテンアメリカ人、とりわけメキシコ人(チョ ロ)よりも真面目でタフでよく働くグアテマラ先住民の「優秀性」について私はしばしば聞かされてきた。これは労働力主体としての先住民のこれまでのネガ ティブな表象化が逆の方向に変化したひとつの事例である。また自らの使用のために織物を紡いできた女性達は、内戦の犠牲者となり、後に生活再建のための手 工芸生産者あるいは組合のメンバーとなり、さらには内戦後の社会復興のためのマイクロファイナンスの借り手になってゆく。新ミレニアム以降、麻薬問題と犯 罪者の増加の社会不安のなかで勝利した元軍人大統領(2012-15年期)は就任早々の昨年10月に、西部高地での農民抗議集団と警官隊との衝突で犠牲者 を出すことになる。先住民と国家の暴力的な対峙は、先住民自身による主権や統治へ希求への要求を増す。2002年以降の地方分権化法の施行のもとでコミュ ニティの自治に関する動きが活発になり、民主主義の定着や善き政府に関する話題は地方でもしばしば聞かれるテーマになりつつある。地方自治というテーマは 自分たちは何者で、何ができるか、何をなすべきかという西洋啓蒙主義の審問をグアテマラ西部高地の諸都市にもたらすことになった。
先住の(indigenous)という言葉は、そもそも先住ではない探検家や植民者によって「発見」されてきたという歴史的経緯をもつが、そこには土着 の動植物の同定(identification)に似て、当事者自身による再承認や内容の変更可能性という概念が欠落している。それゆえこの概念にはこの 種の普遍性や本質性を内面化した時に外部からの圧力に屈することのない「抵抗」の潜在力を持ちうる可能性も出てくる。しかしながらこの抵抗の主体は何事に も闇雲に反対する集団ではない。現在の先住民集団は、国内および国際的な状況のなかで、自らの集団が帰属する国家との関係のなかで自らの歴史のダイナミズ ムを、その都度、認識し、再解釈し、修正し、また自らのものとしているのである。
本編はこちらです:130608JASCA_mikeda.html
【文献リスト】現在、建設中です
◎現地のマム語については
◎現地マム語の語彙集(Todos Santos Cuchumatan, Huehuetenango, Guatemala)
◎現地マム語の語彙集(Comitancillo, San Marcos, Guatemala)
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先住民のアイデンティティについて考える:グアテマ
ラ西部のマヤ系先住民の事例
On Identities of Indigenous People: A Case of Mayan "Mam" People of
Western Highland Guatemala.
キーワード:先住民、グアテマラ、マヤ、マム、アイデンティティ
indigenous people, Guatemala, the Maya, the Mam, Identity
先住民という人種的・民族的カテゴリーが国家の形成過程において、土着性や劣等性のスティグマ(=他者表象)から、他者からの承認を要求するアイデンティ
ティ(=自己表象)として変化しつつあるものとして把握できることを、グアテマラ共和国の西部高地のマヤ系の先住民のひとつ「マム」の事例から考察する。
The historical dynamics of the identities of being one of "Mayan Mam
Indigenous People" will be examined through the author‘s own fieldwork
in two towns of the Guatemalan western highland. The author proposes
that we, anthropologists, should look more the process of
representation of their own self identities than the statistic
stereotyped "indian" by the others.
日本文化人類学会第47回研究大会:2013年6月8日 発表予定:於:慶應義塾大学三田キャンパス:F会場(531教室:F08/ 6月8日17:00
-17:25)
◎謝辞:この研究は日本学術振興会科学研究費補助 金・基盤研究(B)海外学術調査「中米先住民運動における政治的アイデンティティ:メキシコとグ アテマラの比較研 究」(平成22年度〜平成25年度:研究代表者:池田光穂)によるものです。関係各位の皆様、研究班のメンバーのみなさまに感謝いたします。
◎リンク集
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(レジュメ編)