法の人類学入門
Introduction to Legal Anthropology
解説:池田光穂
法の人類学(anthropology of law, law anthropology)は法人類学(legal anthropology)とも言います。法の人類学は、文化人類学の下位分野で「社会 秩序の通文化的研究」であるということができます。その理由は、法または法律は、社会の秩序を「維持・進展」させるもので、行為に関する言語(→言語行為論)活動から構成されるもので、そのような言語活動は、外部からの強制力[時に内面 から規定することもある]すなわち「司法的権力(legal power)」によって支えられているからです。
さらに、法的権力(legal power)に、社会的正当性を与えるのは、その社会の成員が、法に従うことが「善いこと/良いこと」という判断、つまり倫理や道徳に支えら れていることが必要になります。倫理や道徳に支えられて、人が動員(=動かされて行為すること)されるこ とを、ヘゲモニー権力が作働していると表現することがあります。法が整備する社会的装置がなければ、〈外部からの強制力=抑圧的権力(oppressive power)〉——具体的 には警察や裁判所が使う権力や物理的力(=暴力)——を発動することができないからです。ヘ ゲモニーとは、人々による合意にもとづいた覇権や支配権のことをさします(→政治人類学)。
このように考えると、どのような社会でも、〈法的秩序についての共通の考え方〉があり「法的権力を作働させる装置」としての〈司法(judicature, administration of justice)〉があると主張するのが、法の人類学ないしは法人類学の基本的な考え方です。
法の人類学ないしは法人類学についての、これまでの古典的な理論は、法を、法理論(=法学, jurisprudence)の観点から考察・分析する立場です。この立場は、法理論の人類学的考察(anthropology of jurisprudence)で、この立場は、 法律学の下位分野である法社会学(sociology of law)——近代社会における実定法や法制度を専ら研究する分野——の通文化研究に近いものがあります。この学問は、長い間、比較法学の伝統の中に位置づ けられてきましたが、〈法のグローバリゼーション現象〉のもとで、非西洋の第三世界の法概念や、宗教と法の一致がつよくみられるイスラム法などの研究を通 して、見直しの機運があり、さまざまな比較法に関する事実の蓄積があります。
他方、法に関する現場での運用に関する文化人類学研究では、民族誌学にもとづく研究法とその分析が行われてき ており、こちらは、クリフォード・ギアーツの「ローカルノレッジ(現場での知/局所的な知の適用)」の提唱により、法の人類学的研 究に新たな光が投げ掛けられています。
民族誌学よる通文化研究法にもとづく、法人類学の古典は、ブ ロニスラウ・マリノフスキーという人類学者がトロブリアンド諸島の住民について書 いた『未開(=野蛮な)社会における犯罪と慣習』(1926)にはじまります。
また、1933年には、ラドクリフ=ブラウンは『社会科学百科事典』にて「未開法」という項目——彼流の機能 論的見解に充ち満ちていますが——を寄稿しています(ラドクリフ=ブラウン 1975:292-302)。
しかし、比較法的発想の始祖は、フランス啓蒙期の思想家のモンテスキューにあらわれます。しかし比較法研究に おける未開社会(当時「野蛮」な社会と言われており同義)と古代社会の法を、類似の適用形態だと考えた「進化主義的人類学」の成果とその古典としてあげら れるものが、英国の法学者のヘンリー・メイン卿(Sir Henry Maine)の『古 代法(英語)』(1861)があげられます。ヘンリー・メインの業績で重要なことは、伝統社会と近代社会を峻別するのに、前者(=伝統社会)は身 分にもとづき、後者(=近代社会)は契約にもとづく、社会的紐帯(=今日の社会関係資本)が、どのような指標(=規準的な判別)にもとづいて、対比される のかについて指摘したことである。メインの議論を敷延すれば、伝統的な社会の法は、身分的秩序維持に注意が払われ、近代的なほうは(市民の間の自由意思に よる)契約を維持することに重点がおかれていることが、容易に推測することができる。
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また別の法人類学の嚆矢にやはり、19世紀の中ごろにトー テミズムの理論を最初に提唱したジョン・ファーガソン・マクレナンをあげることができる。トー テミズムはスコットランドの法学者マクレナン(John Ferguson McLennan, 1827-1881)が19世紀の中ごろに、進化主義の立場から結婚の原理を人類学的に説明するための概念として、はじめて定式化した。マクレナンの議論 は、法的な権力が親族を中心に生まれ、それ(=親族の表象)がトーテミズムの配置への変換されていることを示唆した点であった。マクレナンによると、自分が崇拝している同じトーテムを崇拝する人間は、同じ集団の人間であり、そこから結婚 の相手を選ぶことができない。このような特定の事物であるトーテム崇拝——事物にこだわるから、それはフェティシズム(呪物崇拝)とよばれる——が、社会 のなかに登場したことで、それまで人びとが、結婚相手を特定の集団から選ぶ規則すなわち内婚(エンドガミー,endogamy)からとき放たれて、より進 んだ制度である外婚制へと発達したと考えたのである。
Source: John Ferguson McLennan, 1827-1881
さて、ヘンリー・メインのような考え方(=「近代社会とは異なる社会的紐帯の様式がある」)で対比させた人た ちには、フェルディナンド・テンニエス(→コミュニティ)、やエミール・デュルケーム(1858-1917)などがあげられる。
フェルディナンド・テンニエスは、親族や家族などの先天的に与えられる親密さの紐帯にもとづくゲマインシャフ ト、そして、これまた後天的な意味で契約や規約にもとづいて参入すること社会つまりゲゼルシャフトに分けられる。デュルケーム(1892/93)は、緊密 で比較的狭量な組織原理で成員がむすびつけられる〈機械的連帯〉と、多様な個人が多様に役割を演じることによって結びつく〈有機的連帯〉という2つの秩序の組織的原理を峻別することの意味につい て考えた。
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解説は以上です! →より詳し詳しく調べた い方はこちらへ【法人類学入門】
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【注意!】
法人類学(法の人類学)とよく間違えられる分野に司法人類学(Forensic anthropology)がありますが、これはまったく別のタイプの学問です。法人類学(法の人類学) は、人間にとっての法現象を研究しようとするのに対して、司法人類学は、人類学の成果——とりわけ形質人 類学や自然人類学——を司法領域での応用につかうための学問です。例えば、事件性のある死体の司法解剖や、犯罪巻き込まれた死体や身体の形状を観察したり して、裁判過程に、その客観的資料(データ)を人類学的観点から正しく証明するための基礎学問のことを指します。
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法人類学の4つのエポック:【未開法の発見】【法
概念の相対化】【機能主義的人類学】【現代の法人類学[紛争処理過程/法多元主義/移行期正義]】
学習のための文献
研究のための文献
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(c) Mitsuho Ikeda, 1999-2015