かならず 読んでください

工学倫理あるいは技術者倫理

コミュニケーションデザインの観点から

Engineering Ethics: An altenative introduction

池田光穂

このページは、コミュニケーションデザインの視点か らの工学倫理/技術倫理/技術者倫理(エンジニアリング/エンジニアーズ倫理)を考えるのが目的である。

それは、従来型の「〜すべし」「〜は絶対にやっちゃ ならない」という命令タイプの倫理コントロールは、職場の技術者の倫理遵守には、100%の効果をもたらさないという私の経験からきている。その代わりに 「私たちは〈〜すべし〉〈〜は絶対にやっちゃならない〉 としても8,9割方は成功しても完璧ではない」と考えてみることが重要だ。そして「どうしても不可避な1〜2割の危険性を覚悟した上で、それが発生する直 前にさまざまな防止策をみんなで考えてお互いに助けあい、しっかりと話合うことで、その1〜2割の破局的なエラーを防ぐことができる」という信念をもつほ うが重要だと考えるのである。

このような信念を私が抱くようになったのは、琉球大 学医学部に研究倫理FD研修に講師として呼ばれた経験からである(→「研究倫理ABC: 「理解する」から「実践する」へ」)

そして、近年では、技術者たちが、反倫理的なことに 手を染めるようになってきた。その実例をひとつ以下に示そう。

ヘッ ダー:スバル、全9車種で不正検査の疑い 社員20人超関与か
朝日新聞報道2018年6月16日

「出荷前の自動車の排ガスや燃費の測定をめぐり、国が定める基準を逸脱した検査をしていたスバルは15日、国内向けに生産している乗用車全9車種の検査で 不正があった疑いがあることを明らかにした。20人以上の社員が不正に関与したとみられるという。/不正な検査があったのは群馬製作所(群馬県太田市)の 2工場。排ガスや燃費のデータを測定する際、道路運送車両法の保安基準が定める速度を逸脱しても測定をやり直さず、測定値を書き換えたり有効なデータとし て処理したりしていた。測定する部屋の湿度が基準を外れても、有効な測定値としていた。3月に公表した排ガス・燃費の測定値改ざんとは別の不正で、今月5 日に発表した。/スバルは同日の記者会見で、不正があった車種は「調査中」としていた。排ガス・燃費の測定値の改ざんは乗用車全9車種に及ぶと4月に明ら かにしているが、新たな不正も全車種に及ぶ疑いが強まった。傷ついたブランド力の回復が遠のくおそれもある」。

出典:https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180616-00000017-asahi-bus_all (2018年6月16日閲覧)

ヘッダー:日産、新車の排ガス検査で不正 複数工場で測定値改ざん
朝日新聞報道2018年7月9日

「関係者によると、今回不正が発覚したのは、出荷前に車の性能をチェックする「完成検査」の中で、数百台から数千台に1台の割合で車を選んで実施する「抜 き取り検査」という工程。そこで行われる排ガス性能の測定で、思わしくない結果が出た場合、都合のいい数値に書き換える不正が国内の複数の工場で行われて いたという。今春以降に社内で発覚」(抄)

このようなことが二度と起こらないようにするには、 どうすればよいのか? それを考えるのはこのページです。

本編はこちらです:→「コミュニケーションデザイン視点の技術者倫理入門:スライド編

****

【以下、講釈・レクチャー編】

さて、ウィキ(英語)の工学倫理 (Engineering Ethics)には、こう定義してある。

"Engineering ethics is the field of applied ethics and system of moral principles that apply to the practice of engineering. The field examines and sets the obligations by engineers to society, to their clients, and to the profession. As a scholarly discipline, it is closely related to subjects such as the philosophy of science, the philosophy of engineering, and the ethics of technology." - Engineering ethics

「工学倫理とは、工学の実用化に伴う道徳的原理の体 系と応用倫理のフィールドのことである」

20世紀にはいってからの工学倫理の実例であげられ るのが1919年1月15日に発生した「ボストン糖蜜災害Boston molasses disaster, Great Molasses Flood)」である。

The American Society of Civil Engineers (ASCE [1914] (2006))、の7つの項目は最小限のものであるが傾聴に値する。

1. Engineers shall hold paramount the safety, health and welfare of the public and shall strive to comply with the principles of sustainable development in the performance of their professional duties.

2. Engineers shall perform services only in areas of their competence.

3. Engineers shall issue public statements only in an objective and truthful manner.

4. Engineers shall act in professional matters for each employer or client as faithful agents or trustees, and shall avoid conflicts of interest.

5. Engineers shall build their professional reputation on the merit of their services and shall not compete unfairly with others.

6. Engineers shall act in such a manner as to uphold and enhance the honor, integrity, and dignity of the engineering profession and shall act with zero-tolerance for bribery, fraud, and corruption.

7. Engineers shall continue their professional development throughout their careers, and shall provide opportunities for the professional development of those engineers under their supervision

工学士や技術士たちが、このような倫理教育を具体的 な事例を通して学ぶことは、大変好ましいことであるし、また教育上における必須のことであろう。

しかし問題は、これらをお題目のように唱えても倫理 は成就できない。なぜなら、倫理的態度とは、日々の実践のなかで、湧き上がってくるものでなければならないからだ。

工学倫理を、日常の倫理と切り分けてはならないとい うのが、このページでの主張である。

毎度毎度「盛り上がらない」工学倫理の講演会やシン ポジウムのことを想定してみよう。

主催者は、現場で働く工学士や技術士に対して、工学 倫理ないしは技術士倫理を、肌で感じると共に、倫理と責任のある専門家であってほしいと希求している。しかしながら、毎回の、講演会は丁重で------ --昨今の資 格要件や倫理問題の逸脱事件から必須になっているので参加者の多くは必ずしも嬉しくてその会場にやってくるわけではない-------主催者や会長は、そ のことで頭 を悩ませている。

招待された講演者は、(会長から聞かされて)質疑応 答で盛り上がらないのなら、サクラの質問でもしたらと提案する。しかしながら、倫理の講演会で、そのような「やらせ」は好ましいものだろうか?とジレンマ に陥る。

それを聞いた講演者は、次のような提案をおこなう。 みなさんの、この講演者の提案はどう考えることができるだろうか?

「ある質問者との対話をギャラリーに聞かせて、寡黙 な参加者に「自分は対話に参加できないのではないか?」という気持ちにさせます。

その後、ミニシンポの途中で「じつは、あれはサクラ だったのですが……」と聴衆の関心を喚起させ、その後に、「さて、そのようなサクラは正しいか正しくないか?正しくなくても、好ましいか好ましくない か?」と会場に質問させる。じつは、これも暗々裏に指定の回答者をあらかじめ用意しておいて、議論をつづける。

そして、最後の部分で、質問と回答者もじつは……と 種明かしする。

ポイントはこうです。講演会やシンポでの約束事は、 講演をやって、みんなの倫理的良識を喚起させることにある。みんなが「サクラなどないだろう」と信じるのは、ナイーブな善意による思い込みにすぎない。だ からこれはルール違反でもなんでもない。そもそもそのようなルールが何も事前には決められていないからです。他方で、このような仕掛けに気分を害された人 は、それは、その人本人の「ナイーブな善意による思い込み」が裏切られたからにすぎず、倫理的に正しく反感をもったわけではない。しかしながら、これは、 気分の善し悪しの問題ではなく、工業倫理や技術者倫理につながる話題である。

デ ザインや性能に惹かれて購入した購買者(子供から原発を購入できるだけの企業までの広がりがある)が、その機械の不具合で気分を害する時に同じような気持 ちになることがある。メーカーや技術者は、購買者が気に入って長く使ってもらえるように設計製作したが、思わぬことで事故が生じる。製造者の責任が問われ ないことだってある。だが、不具合に直面した購買者の不満は、そのような論理をこえた、どこにも訴えようのない(=そのような主張をする権利も見つからな い)ものかもしれない。シンポジウムの運営者は、参加者に広域な関心をもってもらうために、この企画を設計し、サクラ(やらせ)を含めた 「演出」をほどこした。それを教育的配慮と考える人は、その仕掛けをエンジョイできるが、講演やシンポの議論において作為があってならないと信じる人に は、隔靴掻痒の不快感がぬぐいきれないだろう。

しかし、冷静に考えてみよう。私の講演は聴衆のみな さんに技術者の倫理により関心をもってもらうために、さまざまな作為をおこなっている。嘘はいっさい言っていないつもりだ。だが、私の講演そのものも 100%誠実な作為なのであると。このような違和感を私たちは乗り切るためには、どんな講演でもシンポジウムでも、自分のためになるものはあるか、一生懸 命聞いて、壇上の人たちがきちんとまともな内容の話や議論をしているかをチェックすることです。そして、製品と不幸なコミュニケーション不全状態に陥っている「未来の想定外の購入者」に対して、私た ちはきちんと対話できる心の準備があるなしこそが、技術者倫理の精髄が問われることになるのだと。

ちょっと演出過剰ですが、技術者倫理とシンポジウム の作法における「破格」との関連づけがこのようなところで落ち着けば、なにか別の新しい地平がみつかるのではないでしょうか?」——以上

技術倫理の特徴

現時点で、私(池田)が理解している、技術(者)倫 理に対す る課題を列挙すると以下の、最低7つが容易にみつかる。

1.プロダ クト(製品、製造物、構築物等)に対する責任

2.技術者 集団という社会性の認識

3.職人と いうモラル

4.プロ フェッショナリズムに対する自負

5.部分的 な仕事のミスが、大きなハザードにつながるという認識の存在(これは欠点)

6.リスク 認識という近年登場した重要な概念

7.安心安全という政府主導の概念の現場における「再」導入という課題

技術士という社会のパートナー

公益社団法人「日本技術士会」というのが、今回の私 のパートナーだ。

この団体「公益社団法人日本技術士会は、技術士制度 の普及、啓発を図ることを目的とし、技術士法により明示されたわが国で唯一の技術士による社団法人です。2011年4月11日に公益社団法人となり、創立 60周年を迎えます。/技術士にはコンサルタントとして自営する方、コンサルタント企業及び各種企業に勤務している方がおり、21の技術部門に わたって、高等の専門的応用能力を必要とする事項についての計画、研究、設計、分析、試験、評価又はこれらに関する指導の業務の分野で活躍しています。 (「技術士法」 第2条)/公益社団法人日本技術士会は、技術士さらには技術者の社会的地位の向上と広く社会への貢献を目的として技術士のCPD(継続研鑚)に関する事務 の中心的機関としての役割や官公庁・地方自治体・海外業務関係機関等を主たる対象として組織的に技術士の活用促進を図るほか、技術士法に基づく文部科学大 臣の指定試験機関及び指定登録機関として国に代わって技術士試験の実施及び技術士・技術士補の登録等の業務を行っています。/また、技術士資格は、 APEC地域の14エコノミーがAPECエンジニアの登録をする制度に参加しており、本会が審査・登録機関となっています。更に、IPEA国際エンジニア 資格制度についても、その正式なメンバーとして参画しています」出典:「日本技術士会のご案内」)

技術士法」は、1957年に施行された(その 後改正がなされ、現行のものは「昭和五八年 四月二七日法律第二五号」)。技術士認定の等の所轄官庁は文部科学省(文部省→文科省)。「この法律は、技術士等の資格を定め、その業務の適正を図り、もつて科学技術の向上と国民経済の発展に資する ことを目的とする」(第1条)。

ちなみに21の技術部門(20の細分と21番目の総 合技術監理部門)は以下のように分類されるものである。ただし、技術士第二次試験の科目(https: //www.engineer.or.jp/c_topics/002/attached/attach_2255_1.pdf)に、倫理という文字な し!

技術士制度年譜(https: //www.engineer.or.jp/c_topics/000/000041.html)等を参照

技術者教育に関する分野別の到達目標の設定に関する 調査研究 http://www.f-eng.chiba-u.jp/research_study/educating_engineer/

技術資格要件

正会員:技術士登録者。準会員:技術士第一次試験に 合格した者(技術士補を含む)、日本技術者教育認定機構(JABEE)が認定した課程を修了された者及び技術士第二次試験に合格された方で技術士未登録の 者。

Accreditation(認 定)

"Accreditation is the process in which certification of competency, authority, or credibility is presented. Organizations that issue credentials or certify third parties against official standards are themselves formally accredited by accreditation bodies (such as UKAS or IAS); hence they are sometimes known as "accredited certification bodies". The accreditation process ensures that their certification practices are acceptable, typically meaning that they are competent to test and certify third parties, behave ethically and employ suitable quality assurance." - #Wiki.

◆既存の教科書の章立て閲見

■以下は島本進『工学/技術者の倫理』産業図書、 2006年の章立てである。冒頭に概論を述べて、医療倫理と比較し、法制度や倫理規定のあらましを紹介したあとで、さまざまな、工学倫理にまつわる問題を 指摘する。後半は、環境問題にシフトして、最後は歴史的相対主義について紹介している。バランスのとれた内容だが、面白みはそれほどない。

1.倫理、法、社会構造、技術の発展
2.医療倫理の歴史を振り返って
3.教育・資格の国際的認証と法律の基本
4.倫理規定および倫理課題への対応
5.科学・技術と社会を見つめて:原爆開発から冷戦へ
6.直ぐに止められなかった産業公害:有機水銀による中毒
7.専門家と経営者のくい違い:チャレンジャー号の事故
8.ビルおよびマンションの建設:供用後の補強と景観
9.事故の隠ぺいと工程変更による惨事:“もんじゅ”とJCO
10.自主点検の不正:確認のための運転を停止
11.使用して分かる設計・製作の欠陥:リコールについて
12.ごみと産業廃棄物:豊かな生活の裏に
13.化学物質の影響:“知らぬ間に”と“効くものか”と
14.地球温暖化とヒート・アイランド:温室効果ガスなど
15.変わりゆく社会、科学・技術、価値観

■次は、佐伯昇・杉本泰治編著『技術倫理:日本の事 例から学ぶ』丸善、2006年である。これは各章のタイトルが体系化されて詳述されているのではなく、この表題をもとに、さまざまなエピソードが集積され たものである。料理の仕方では、興味深い授業ができそうであるが、事例を次から次へと紹介されていっても、学生は退屈になるかもしれない。むしろ、ケー ス・スタディや、アクティブ・ラーニングの教材の素材集として考えたほうがいいかもしれない。実際に「(付録)授業と学習のガイド」に、編者の一人の佐伯 が、事例との格闘という用語で、この教科書の使い方について言及している。

1.技術倫理ことはじめ
2.3.技術者への期待(2部構成)
4.思いやり・注意義務
5.組織のなかの個人
6.技術者とコミュニティ
7.正直性・真実性・信頼性
8.有能性
9.説明責任
10.二重の立場の倫理(利益相反)
11.将来の世代のために(環境倫理)
12.職業の選択
(付録)授業と学習のガイド

■杉本は、高木と版を重ねる教科書、杉本泰治・高城 重厚『大学講義・技術者の倫理・入門(第5版)』紀伊國屋書店、2016年を出している。これは、上掲の丸善のものよりも、かなり内容がまとまっている。 著者たちの技術者倫理に対する思想や哲学が随所に込められている。また、適宜、課題がある。15章仕立てで、2単位の授業に向いていると思われる。もっと も興味深いのは、15章のむすびの「曽木発電所遺構のこと」であるが、それは各読者が実際に読んで判断されたい。僕としては、高城が歴史の当事者でありな がらその突っ込みが弱く、最終的に読者に何を訴えかけたかったがわかりにくくなっている。むしろ、冒頭のエピソードとして置いて、最終回にこれでまとめる ほうが座りがよいように思われる。

1.モラルへのとびら
2.技術者と倫理
3.組織のなかの個人の役割
4.組織上の人間関係
5.倫理実行の手法
6.技術者のアイデンティティ
7.技術者の資格
8.事故責任の法の仕組み
9.法的責任とモラル責任
10.コンプライアンスと規制行政
11.説明責任
12.警笛鳴らし(または内部告発)
13.環境と技術者
14.技術者の財産的権利
15.技術者の国際関係

■    工学倫理入門 / Roland Schinzinger, Mike W. Martin [著],丸善 , 2002/Introduction to engineering ethics / Roland Schinzinger, Mike W. Martin, McGraw Hill (2000):非常によくできた教科書である。構成も似たり寄ったりなのに、上掲の日本の教科書にはない骨太の内容である。なぜか?それは、著者たちが、 西洋の基本的な哲学や倫理学、あるいは議論の素材となる論理学についてのきちんとした「教養」があるからである。大学教育における学識の厚さの違いを見せ つけられる思いである。しかし、それをきちんと翻訳し、日本の大学における工学倫理の定着させようと努力した著者たちの努力に敬したい。

1 工学と技術者
2 道徳的推論と倫理理論
3 社会的実験としての技術
4 安全への取り組み
5 職場の責任と権利
6 世界規模の問題

++++

1 工学と技術者

工学とモラル

プロフェッションと倫理規定

企業と責任

2 道徳的推論と倫理理論

功利主義、権利の倫理、義務の倫理(→「西洋倫理学の3つの伝統」)

規則、美徳、プラグマティズム

慣習、宗教、自己利益、専門職の動機

3 社会的実験としての技術

実験としての工学技術

責任ある実験者としての技術者

チャレンジャー号事故(→「チャレンジャー号事故とファインマンさん」)

4 安全への取り組み

安全とリスク(→「リスク」)

リスク評価とリスク削減

スリーマイル島、チェルノブイリ、シティコープ・ タワー

5 職場の責任と権利

技術者の責任、守秘義務、利益関係の相反

技術者の権利

内部告発と忠誠心(→「ゴッフマンと情報公開とミートホープ事件」)

6 世界規模の問題

多国籍企業

環境倫理

兵器の開発(→「ジョナサン・モレノ『操作される脳』ファンサイト」)

■石塚正英(編)『技術者倫理を考える:持続可能な 社会をめざして』昭晃堂、2013年。福島第一原発爆発と放射能汚染事故をとりあげている点では重要だが、内容がオムニバスで雑ぱくなところが残念であ る。またすでに絶版となっており、入手不能である。

第1編 技術とエネルギー(破局的リスクの統治— フクシマ原子力発電所事故を事例として;ローカル・テクノロジー論—先端技術のリスク軽減 ほか)
第2編 技術と環境・安全(絶対安全/機能安全とリスク評価—ユッケ事件を例として;設計の機能性と安全性の相克—回転ドアを素材に ほか)
第3編 技術と心身・感性(環境因子としての人工音が心身に及ぼす感性的効果;動物の利用とその限界 ほか)
第4編 技術と社会・法(テレビ・アニメーションにおける画像・映像表現;著作権問題と技術者倫理—JASRACを例として ほか)

比屋根均(ひやごん・ひとし)『技術の知と倫理: 技術の営みの教養基礎』理工図書、2012年

比屋根均(ひやごん・ひとし)「技術者に倫理的配慮を不足させる無意識的な諸要因」『技術倫理研究』9:51- 78, 2012 の研究 https://goo.gl/5ZSQEL

***

0. 概要

1. はじめに

「技術者が、実際の認識、判断や意思決定、行動の 現場において倫理的配慮を不足させてしまう要因については無自覚であり、何も明示的に語りえていない」(比屋根 2012:54)

2.技術者の倫理的配慮を不足させる諸要因

2.1 学習生活と社会人とのギャップへの無自覚

■学習生活(=学生生活)から社会人生活への初歩 的なギャップ(8項目)

1)「ミス」の重さ

2)間違った答えがノーチェックで通っていく

3)現実の曖昧な問題をどう解釈するかから始める必要がある

4)問題は現実のなかにある「三現主義」:〈現場に行き、現物を見て、 現実を確認すること〉

5)自分ひとりでできないのが技術

6)酷いこと/問題のあること/悪いニュースを先に言え!(Bad news first!)

7)異分野の人々とコミュニケーションの必要性と難しさ

8)有限な資料と時間の中で問題解決に取り組む

2.2 判断を誤らせる科学・技術の真実性への誤 解

■判断を誤らせる科学・技術の真実性への誤解の遠 因(5項目)

1)理論が科学的な正しさを保証するという誤解

2)事実確認よりも理屈のそれらしさを優先する傾向

3)「科学的な結論」がさまざまな確からしさを持つことへの無自覚

4)専門外への専門分野への越境(がない?——引用者)

5)専門性の根拠である「正しい認識のスパイルアップ」がない


2.3 独善的態度にさせる判断の客観性への錯覚

■判断の客観性への錯覚(4項目)

1)科学と同様に、唯一の正しい判断ができるという錯覚

2)技術コードに盛り込まれた価値への無自覚

3)事実のみから合理的な判断をしているという錯覚

4)自らの主観的な立場を客観的だと勘違いする


2.4 感じ方の主観性への認識の欠落

■技術者が客観的ではいられないことの理由(3項 目)

1)知識 の違い

2)行為 による立場の違い

3)経験している世界の違い

3. 無意識な要因に気付かせる技術者倫理教育の 必要性

実質的な結論は以下のとおりである。

「倫理教育の出発点は,まず各人が自律した人格で あること,他者とは異な る存在であり,それぞれに尊重されねばならないことについて,心の底から 理解させることでなければならない.そうしなければ,他者への尊重という 基本的な倫理的態度は生まれてこない.そしてこの当然の理解を妨げている のが,科学の真実性への誤った認識である.科学の営みは,その真実性の向 上という価値に導かれた行為であり,その価値観が客観性と一体になってい る.しかしその知識を適用する技術の場における価値観は,客観的ではあり えず,その行為者とその行為を受ける側ですら一致する保証はない.またそ の違いは加害者と被害者に別れると決定的にすらなるのである」(比屋根 2012:76)。

池田コメンタリー:「心の底から 理解させることでなければならない」 という命令語法はナンセンスである。「心の底から理解する」ことが、いったいどのようなものであるかを明示していないからである。それは「他者への尊重と いう 基本的な倫理的態度」が、あらゆる人々にとって、必要だという喫緊性・重要性に鑑みるとなおさら、無謀な企てである。それよりも、上掲の錯覚や克服が困難 な事項(=「科学の真実性への誤った認識」)に対処してゆく粘り強さを主張したほうがましだったかもしれない。また、「科学の営みは,その真実性の向 上という価値に導かれた行為」という意味での真実性の向上という表現が「真理の累積的発展」と示唆しており、科学的真理を相対的真理と、科学者集団におけ るコンセンサスを優先させる科学観とは、相容れることはできないだろう。その上で(科学)「の知識を適用する技術の場における価値観は,客観的ではあり えず,その行為者とその行為を受ける側ですら一致する保証はない」という主張は、むしろ後者の相対的な真理観を表現しているように思える。その認識論的な 裂け目を比屋根が理解していることは「そ の違いは加害者と被害者に別れると決定的に」なるという表現の中にも見て取れる。私は、このような些か冷静を欠く、現場における「倫理の不全状態」への違 和感が著者の認識を曇らしているのではないかと推測する。それは、白楽ロックビル氏における科学における不正現象の取り締まり官を自ら任ずる説きに生じる ような焦燥感である。(→スライド18「悪から学ぶことの可能性と限界」研究倫理ABCよ り)

◆もっと本質的な問題があるかも?

技術者はテクノロジーについて過剰が期待があり、テ クノロジーを支配しているという意識が強すぎる一方で、他方では、できあがったテクノロジーは、自律的に作働するという「自律的なテクノロジー」=自律的 な技術(Winner 1977:16)という、相矛盾する——ラングドン・ウィナーは「アイロニー」と呼ぶ——イメージをもっていることである。このことは、冷静な技術者より も、一般の人のほうが強いかもしれない。

◆歴史的に考える:History of the Code of Ethics for Engineers(from National Society of Professional Engineers, NSPE)

◆「自然を支配する」という考え方について

「自然を支配する」という考え方は、自然に対して文 化(あるいは人工物すなわちテクノロジー)という対立項をたてて、文化=人工物=技術は、自然を制御し、制服し、そして支配下におくという発想に由来す る。

◆結果オーライの思考

明石海峡大橋は1995年1月の地震で全長が1m伸 びて3,911mになったらしいが懸垂橋の無事が報告されて世界の橋梁工学専門家は驚嘆したという。これ自体は「美談」だが、驚嘆の陰には、しかしながら 歴史的には悲劇という可能性も工学者は想定していたということだ。

◆リスクマネジメント

キーワード:工学倫理、工学者倫理、Engineering Ethics、Engineer Ethics、技術者倫理、技術倫理、工業倫理、こうがくりんり、ぎじゅつりんり

旧クレジット:工学倫理:もうひとつの入門 (Engineering Ethics: An altenative introduction)〜2017年10月30日

リンク

文献

その他の情報



_
このページのQRコード

Copyleft, CC, Mitzub'ixi Quq Chi'j, 2017-2021