How to integrate your knowledge that you have learned and studied
池田光穂・井上大介
知識生産学(Studies of Knowledge Production)とは、人間の知的生産に必要な情報を「資源」生産の要因を解析し、知識の生産の現場にフィードバックしてゆく学問領域です。その 研究手法は多様で、学際的、総合的であるので、ひとつの学問的ディシプリンではなく、学系のような一連の学問連なりからなる学問群のことです。
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そこで、理科系/文科系の二分法(C・P・スノー)の枠組を乗り越えるために、知識生 産に関する 諸学を「知識生産学系」として構想してみましょう。理科系と文科系という二分法が、すでに21世紀には知識生産にとって大きなネックになっていますが、多 くの人がその認識論的呪縛(=自然 発生 的認識論:G・バシュラールの用語)から逃れることができません。古い生き物を古い殻から追い出すには時間と労力がかかりますね。そのために、「知識生産 学系」という第三項の枠組を新たに構築し、それぞれの 両者 の政治的均衡を分解させるのです。これは、不況時にとかく「無用の長物」と見なされ勝ちな文科系の学問の良質な部分を救済し、無能な部分を切り離し、文科 系を活性化させ るこ とにも役立つことでしょう。
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「18世紀末から19世紀まで一世
を風靡したカント哲学は、一方で優れて理論的で体系的であることから、なかなか理解されにくかった。 この哲学に対して、マイモンやラインホルト、シュル ツェなどがそれぞれカント哲学に対して何らかの答えを探ろうとしたものの、カント哲学からフィヒテに知識学を構想させる契機を与えたが、なかなかカント哲 学が新たに示した議論(物自体、理論理性と実践理性、知的直観等)に答えうるものにはならなかった。 フィヒテが知識学の構想に至ったのは、こうしたカン ト哲学に応えようとしたことに他ならず、『あらゆる啓示批判の試み』で一躍著名になってイェナ大学へ招聘されたフィヒテにとっての仕事であった。 フィヒ テによると、カントの『純粋理性批判』においては単に理論理性が、『実践理性批判』においては単に実践理性が取り扱われており、この二つの理性が並立的に 扱われているという。 カントは、理論理性においては超感性界を決して認識することはできず一方で実践理性は我々が認識しえない超感性界に属するものであ り、端的に自由な活動をするという。我々は超感性界ではなく、現象界しか認識できない。このため、実践理性は、我々の認識を超えた自由な振る舞いとして現 すことが可能であり(これは完全に自由というのではなく客観的に見ても倫理的であるように自ら律する(=アウトノミー Autonomie)働きも同時に持つ)、現象界においてのみ働く理論理性より上位にある能力とされている。しかしフィヒテによると、カントはこの段階で 終えてしまっており、両者の連関についての統一的な体系までは構築していないという。 実践理性にしても理論理性にしても、元々は人間(換言すれば「自我 (das Ich)」)であり、フィヒテはこの二つの理性の働きの元である自我という概念から、カントの理性の働きを体系づけようと考えるに至った」知識学より) |